第5話「『彼ら』」

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 先輩から聞く『人間』の物語に出てくる夏目先輩が、今すぐそばにいる女性と同一人物だとは到底思えなかった。物語に出てくる『彼女』は、憎しみに溢れていて、勝気な少女に感じられた。しかし一方で、そこにいる彼女はどこか悲しげで、何かに迷い葛藤している、そんな風に感じられた。

 俺は、自分が何者であるかよりも、彼女が気になって仕方がなかった。

そして彼女は、なぜ今の彼女となったのか、ゆっくりと話し始めた。


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 私たちは、目的地付近の着陸地点から北へと大幅に座標がずれ、どこかの山奥に着陸してしまった。

「部隊長、どうしますか?ここがどこだかさっぱりわかりませんが。」

「通信機も繋がらないみたいです。電波が悪いんでしょうか。」

隊員が不安そうに話す。確かに、どこであるかもわからないままでは行動計画も立てようがない。

「ひとまず、この森を抜けよう。どこかの街にでも出れば、戦略班との通信もできると思う。」

この作戦自体が出たとこ勝負なため、簡単にいくわけはないと分かってはいたが、お世辞にも幸先が良いとは言えない状況だ。誰もがそう思う中、重苦しい空気で山道を進んだ。

「東雲部隊長!少し、、休みませんか、、、。」

男性隊員が息を荒げ、両手を膝に突きながら苦しそうにこちらを見上げそう言う。他の隊員を見ると、みな疲れているようだ。

「そうだね、少し休もう。」

ちょうど近くに川があったので、その近くで野営することにした。


 私は、『アルファ部隊』の隊長としてこの作戦に参加しているが、年齢は部隊でも最年少だ。最初は荷が重かったが、全部隊のトップである隊長が、私の覚悟を買ってくれたらしい。今は、それを誇りに感じている。

「夏目ちゃん、どんどん先に進んじゃうから、皆疲れちゃったみたいだねぇ。」

「こら近衛さん、部隊長には敬語ですよ。」

部隊内の最年長の近衛さんに対して、私の2つ年上の美桜が突っ込みを入れる。

「美桜ちゃんは規則に厳しいねぇ、さすが座学トップの真面目ちゃんだぁ。」

「それ馬鹿にしてます??してますよね??」

そんなやりとりに思わず笑みが溢れる。作戦の出鼻を挫かれ、無自覚に焦っていたが、少し落ち着いた。そう、やるべきことを見失わず、進むだけだ。時間はある。

「大丈夫ですよ近衛さん、気遣わず喋ってください。美桜も、タメ口でいいんだからね。」

「さすが、器がでかいなぁ夏目ちゃん!」

「もうー夏目さん、近衛さんを調子に乗らせないで下さいね。」

呆れた声で美桜が呟く。

「善処するよ。」

特に何も考えずそう返事をした。そうしていると、日も落ちてしばらく経ったので、今日はこの辺りで寝ることにした。



 翌朝、聞いたことのない音に無理やり起こされるかたちで目が覚めた。

「おおーーー見てくださいよ夏目部隊長!これ、鳥です。鳥!」

朝から美桜の声はきつい、、、と思いながらも、ふと彼女が指差す方を見上げると、小さな生物が木の枝に止まっていた。

「鳥はですね、自分の力で飛ぶことができる生き物なんですよ、、初めて見ました。すごいなぁ。何ていう種類の鳥なんだろう。」

そういえば、そんな生き物が地球にいると授業で習ったことがある。なるほど確かに、こう見るとかわいい生き物だ。

「写真、撮ってもいいですか?夏目部隊長!」

「美桜ちゃん、それはアンドロイドの調査記録用のカメラだろう?規則違反じゃないのぉ?」

横から近衛さんが嬉しそうに突っ込みを入れてくる。

「近衛さんに言われたくないですぅ!そもそも、これは地球の調査の一環です。そう考えれば、これは規則の範囲内、うん。」

少し無理がある気がしたが、その嬉しそうな美桜の顔を見ていると、こちらまで口元が緩む。

「まぁ、いいんじゃない、撮っても。」

「さーっすが部隊長!器が大きい!」

嬉しそうにパシャパシャと撮り続ける美桜を見ていると、横から荒い息が聞こえてきた。

「東雲部隊長!」

周囲の調査に向かっていた隊員が帰ってきたようだ。

「どうした。通信はできた?」

「いえ、、、通信は未だできない状況ですが、私が向かった先に、アンドロイドの住処と思われる建物が1軒あったのですが、、、。」

「あったのだが、、、なに?」

「説明するのが難しいんですが、ご自分の目でご確認いただいた方が理解に易いかと。」

「そう、、、じゃあさっそく向かおっか。」


 野営地点を少し下ったところに、例の建物があった。レンガでできたその建物は、不自然なくらいに普通の家で、アンドロイドがいるとは考えづらかった。

「部隊長、どうします?突入しますか?」

「いや、待とう。アンドロイドとの不要な接触は避ける。戦闘もね。まずは中にアンドロイドがいるかを身を隠しつつ確認しよう。いなければ、周囲の監視と、中に入って調査する2班に分かれる。いい?みんな。」

「了解です。部隊長。」

「夏目ちゃんりょーかい!」

「わかりました!部隊長!」


 建物に一つだけある窓を通して遠くから覗いたが、特に何かがいるようには見えなかった。

「もう少し近くで見てみましょうか?」

「そうだね、そうしよう。」

先ほどよりも数メートル建物に近づき、中を覗いても、やはりそこには何もいなかった。

「どうしますか?侵入しますか?」

「そうしようか。美桜と近衛さんは私に付いてきて。侵入しよう。それ以外のみんなは周囲を警戒、全方位を固めておいて。三十分以内にここを去ろう。」

「了解です。」

「それじゃ、近衛さん、美桜、行きましょうか。」


 入り口のドアの横に張り付き、銃を構え、ひとつ、大きな深呼吸をした。私は2人に合図を送り、勢いよくドアを開け、中へと侵入した。

「誰も、、、いないですね、、、。」

美桜が確認をとるように呟く。私たち3人は、右目の先に銃を構え、部屋中を見渡した。比較的大きな音を立てて建物内に侵入したような気がするが、何の反応もない。

「いないみたいだね、調査に入ろうか。近衛さんは、いつでも迎撃できるように構えておいてくれますか?」

「はいはーい。お任せあれぇ。」


 私たちは建物内の調査を始めた。まず知りたいのはここがどこであるのか。あわよくば、今のアンドロイドがどのような形で存在しているのか。

しかし、始めて十分ほど経ち、急に寒気がするような違和感を覚え始めた。

「夏目部隊長、これって、、、。」

いやむしろ、違和感が無さすぎた。それがおかしなことであると気づくのに、十分もの時間を費やしてしまった。

「うん、これは人間の生活そのものだね、美桜。」

「これは驚いたなぁ。」

その建物には、テーブルがあり、椅子があり、キッチンがあり、花が飾ってある。そして、家族写真のようなものも。そこが『私たちと異なる存在』が暮らす場所だと理解することは到底できそうもなかった。

私たちが困惑していると、急に奥から物音がした。

「なんだ!」

腰につけた銃に手を伸ばし、いつでも迎撃できるよう備える。鼓動が速くなっていくのを感じた。


 その光景に、私はただ立ち尽くすことしかできなかった。目の前にいるのは、紛れもなく『私たち』だった。その『人』は、短髪で、目と鼻がくっきりした端正な顔立ちの男性だった。

「えぇっと、、、あの、、、どちらさま、、、ですか?」

『彼』が話し始める。私は呆然としているだけで、何も返事ができない。すると、近衛さんが気を利かせて話し始めた。

「すみません、この山を越えようとして、歩いてきたんですけども、道に迷ってしまいまして。そしたら、こんなところに建物が見えるもんですから、ここがどこだか教えていただけないかと思い、伺った次第です。身勝手に上がり込んでしまったことについては、お詫び申し上げます。」

『彼』が不思議そうに私たちを見つめる。それはそうだろう、起きたら家の中に他人がいるとか、普通は不思議どころじゃ済まない。

「夏目ちゃん、ひとまずは僕に合わせて。」

近衛さんが私にひそひそと告げる。こういう時に気が利く近衛さんは本当に頼りになる。

「迷い込んでしまいましたか。ここの山ではよくあることですね。私が麓まで案内しましょう。まずは少しゆっくりしていって下さい。」

どうやらひとまずは信じてもらえたようだ。『彼』はお茶を淹れてくるとキッチンに向かい、私たちは3人掛けのソファに横並びに座った。

「夏目部隊長、私が隙を見て、周囲を警戒している隊員を他の場所で待機させましょうか?麓まで行く時に大勢見られたら怪しいでしょうし、、。」

美桜が小さな声で耳打ちしてくる。

「わかった。残りの隊員には通信環境の確保の任をお願いしようかな。伝達、頼んでもいいかな。」

「了解です。」


 『彼』がお茶を3つお盆に乗せて持ってきた。

「(部隊長、これって飲んでも大丈夫なんですかね?)」

「(大丈夫でしょぉ、美桜ちゃん心配性すぎ。)」

「(普通の緑茶に見えるけど、、、。)」

そんなことをこそこそと喋っていると、『彼』は心配そうにこちらを見つめた。

「あのう、緑茶は好みではないでしょうか?」

その言葉に、私たち3人は声を揃えてすぐに返答した。

「いいえ!好物であります!」


 熱いお茶をひと口飲み、よく知っている味だと感動していると、『彼』は自身について語り始めた。小さな頃から、『彼』はキャンプが好きで、両親によく連れていってもらったという。いつか大自然の中で暮らすのが夢だったようで、結婚してからは、こことは別の山奥に引っ越し、ゆったりと過ごしていたそうだ。男の子が生まれ、女の子が生まれ、4人家族で幸せに暮らしていた。しかしある日、『彼』が不在の時、家が土砂崩れに巻き込まれたことで、3人の家族を失ってしまったのだという。それ以来、『彼』はこの家に1人で、『4人が暮らせる空間』で生活している。


 『彼』が話を終えると、そろそろ行きましょうかと、出発の準備を始めた。美桜はその隙に、周囲を固める隊員に、不自然のないように私たちが向かう先まで付いてくるよう伝えた。『彼』は麓までの道すがら、麓にある街についてたくさん教えてくれた。そこに住む知人や、学校、美味しいお店、絶景スポットまで。その話を聞けば聞くほど、尋ねてみたくなった。


––––––––––––彼らは人間なのではないか––––––––––––


『彼』が穏やかな表情で語るその人生は、私たちのそれと同じだった。

実は地球には人類がまだ生き残っていて、アンドロイドから人類を取り戻し、また人間の星となっているのではないか。そしたら、皆また地球で暮らせるかもしれない。


「あの、ひとつ聞いてもいいですか?」

「はい、どうぞ。」


「あの、、、あなたは人間、、、ですか、、、?」


一瞬その場が凍りついた。一瞬と言ったが、私には永遠に感じるような時間だった。

「ちょっっと!夏目ちゃん!?」

「部隊長!?何を聞いてるんですか!」

これはあまりにもリスクのある行為だと、当然分かっていた。人間かどうかを確認するということは、仮に彼らがアンドロイドだった場合、自分たちが『アンドロイドではない』と明かしているようなものである。こんなことを尋ねてしまった自分を後悔し、責めた。しかし、帰ってきた返事は意外なのか当然なのか、どちらにせよあっさりした返事だった。

「はい、、、人間ですけど、、、。どういう意味でしょうか?」

『彼』はかなり困惑していた。それも当然のことである。どこからどう見ても人間なのに、『人間ですか?』なんて、人をバカにしているとしか思えない。気まずい空気が流れるなか、心配そうな『彼』は、もう一言付け加えた。

「アンドロイドかなにかにでも見えますか?」

私たち3人の背筋が一気に凍りついた。

「いえ!そんなそんな!こんなにも人に似たアンドロイドなんて、いるはずありませんから!!」

すかさず美桜がフォローをする。焦っているからかいつもよりずっと声が高い。もちろんアンドロイドは人間に似せて作られるものだと分かっているが、ここまでだとは考えづらい。

「さ、冗談はさておき、行きましょうかね。」

近衞さんが話題を逸らし、なんとか気まずい空気を元に戻そうとする。

「そうですね、向かいましょうか。」


 さっきまでとは打って変わり、ほとんど会話をしないまま麓までの道を歩いた。私は自分の言ったことを後悔しながらも、ずっと考え事をしていた。

もし『彼』が本当に人間であれば、惑星人類にも大きな希望がもてる。ただ、『彼』はアンドロイドと疑われて、怯えたり、怒ったりしなかった。それはなぜなのだろう。一度人類はアンドロイドによって地球を支配されたはずである。仮に今、地球が再び人類のものとなっていたとしても、自分達に脅威をもたらした者としてアンドロイドの存在を認識しないなんてことがあるのだろうか。


 一体、『彼ら』は、何を知っているのだろうか。


「夏目部隊長!部隊長!」

美桜の声で、現実に引き戻される。しばらく考え事に夢中になっていたようだ。

「見てください夏目部隊長!すごぉい!」

山道を抜け街の高台に出ると、目の前には活気ある街の美しい眺めが広がっていた。

「こりゃたまげたなぁ、地球の街並みってのはすごいなぁ。」

近衞さんも目を丸くしてその光景に驚く。

「あの、、、お腹、、空きませんか?」

美桜が細い声で言う。確かに、歩き始めてから何も食べずにここまできてしまった。

「そうだな、どこかで食事にしようか。」

「わーい!」

「それなら、私の知り合いがやっているレストランがあるので、そこで食べましょうか。」

『彼』の言葉に甘えて、そのレストランで夕食を食べることにした。レストランの道には様々な人がいた。はしゃぐ子供、いちゃつく恋人たち、酔っ払う人たち。

その光景に、少し心が安らいだ。きっと美桜も近衞さんも同じ気持ちなのだろう、表情が柔らかい。周囲の光景を楽しんでいると、レストランの前に着いた。少し古びてはいるが、木造で雰囲気のあるお店だ。すると、中から店主と思われる人が出てきた。

「お!古田、お久しぶり。今日はお仲間いっぱいじゃん!」

「お久しぶりです、久坂さん。彼らこの街が初めてのようで、お腹を空かせているみたいなので、ここを紹介したんですよ。」

「そうかそうか!とりあえず上がりな!」

そう言って、店主である久坂さんは私たちを歓迎し、席まで案内してくれた。そう、そういえば、『彼』の名は古田というらしい。名前を聞きそびれていたことにも今頃気がついた。

「んじゃ、すぐいつもの作ってくるから、少し待ってろよ。」

久坂さんは厨房へと向かっていった。少し沈黙が流れたが、古田さんが沈黙を破るかたちで話し始めた。

「あの、皆さんは、どこから来られたのですか?かなり街並みを見て驚いていたようですし。」

至極普通の質問ではあったが、これに対する回答を用意していなかった。そもそも、この地に人間がいるなんて思ってもみなかったので、まともな会話をする想定なんて最初からしていない。少し焦っていると、それ以上に焦っている美桜が水分の足りないカラカラの声で答え始めた。

「えーーっとですね、凄く遠いところ?から飛ばされてきちゃったんですよ。」

確かにその答えは間違ってはいないが、答えになっていない。古田さんも怪訝そうな顔を浮かべていると、お決まりの展開で近衞さんがフォローし始めた。

「私たちは、ずっと孤島で暮らしてきたのですよ。外部の人々との交流をすることなくね。私たちはそれに限界を感じて飛び出してきたのですが、如何せん外のことを何も知らないわけですから、ここがどこなのかとか、私たちがどこから来たのかとか、正確なことは分からずといったところです。申し訳ございません。」

「なるほど、過酷な道のりだったでしょう。それは私を人間かどうかと疑っても無理はないですね。」

古田さんは冗談まじりに微笑みながらそう返した。

「それでもさっきの発言は無礼でした。お詫びします。」

私はこの雰囲気に乗じて謝罪した。


 しばらく談笑していると、久坂さんがお盆を持ってこちらへ向かってきた。

「できたぞーう、お待たせ!」

出てきたのは、ジェル状のスープ?のようなものだ。これまで見た事がないような料理だが、古田さんの反応を見るに今の地球では普通の食事みたいだ。

「いただきます!」

3人で声を揃えて言うと、スプーンでそれをすくって頬張った。


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「先輩?夏目先輩!大丈夫ですか!」

夏目先輩が急に吐き気に襲われるように苦しんだ。俺が彼女の背中をさすると、体温が上がっているのが明らかに分かった。

「大丈夫、ケイ。大丈夫だから。」

きっと、夏目先輩にとって最も苦しい記憶で、辛い道のりが始まった瞬間なのだと、その表情から読み取れた。

「ごめんね、大丈夫。真実を伝えるって決めたから。話、続けるね。それを口にした時私は––––––––––––。」


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 その料理を口にした瞬間私は、口の中のそれをすぐに戻してしまうところだった。


なんだこれは。

絶対に口にしてはいけないようなものを口にしたような感覚。

金属を食べたような気分。

頭が真っ白になった。

周囲を見ると、美桜も近衞さんも同じような顔をしている。

何が起きたのかわかっていない顔だ。

あぁ、なぜ口にする時もっと用心しなかったんだろう。

浮かれていた。

彼らが同じ人間だと、安心しきっていた。

いや、信じ込もうとしていたんだ。

そうであってほしいと、それがこんな結果を生んだ。

やはり彼らは、、、、。


 意識が朦朧としていた。多分、そう感じている時には既に夢の中だったんだと思う。どうしてか、幸せな夢を見ていたような気がする。みんな人間で、地球で暮らしている。何かを憎むことなく、それぞれが自分の人生を、それぞれの夢を追いかけて生きている。そんな夢だったかもしれない。


 私が目覚めると、知らない天井の電気が眩しく私を照らしていた。身体中の肌に違和感があった。私は自身の胸部に目をやると、無数の電極とコードが取り付けられていた。

なんだこれは。

いや、思い出せ、考えるんだ。私たちはあのレストランでゼリー状の何かを食べ意識を失った。知らない天井、、、無数の電極、、、彼らの正体、、、。

全身に寒気がした。すぐさま自分の置かれている状況を理解するために、私は辺りを見回した。何かカプセルのようなものに入っているようだ。天井の灯りに手を伸ばすと、腕が伸び切る寸前でガラス面に触れた。どうやら本当にカプセルの中みたいだ。

きっとこれは彼ら=アンドロイドがエネルギーを充電(と呼ぶのかは分からないが)する装置であろう。しかし、私が電極に繋がれているのはなぜだ。

私は、電極につながる多くのコードが束ねられている部分をつかみ、全ての電極を身体から勢いよく剥がした。カプセル中のガラスを拳で叩き、脱出を試みたが、全く出られそうになかった。苛立ちながらさらにガラス面を叩いた瞬間、急にカプセルが開いた。

「あの、、、大丈夫ですか?」

そこには古田がいた。ふと周りを見ると、彼の家であることがわかった。

「大丈夫とはなんだ!お前は、、、お前たちは、、、!」

その時私にあった感情は、焦りか、苛立ちか、あるいは憎しみか。いずれにしても、負の感情で溢れていることは確かであった。


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「ごめんね、この直後の記憶があんまりないの。きっと何にも余裕がなかったんだと思う。その時の私は、アンドロイドである彼らが、人間を騙っていることが許せなかった。」

そう先輩は言ったが、本意がそれとは異なることは、表情を見ればすぐにわかった。

「ううん、違うよね。ケイも分かってるか、、。私は、少しでも彼らを信じた自分を呪った。希望を持った自分を恥じた。きっと彼らにものすごい罵声を浴びせたんだと思う。でも、私の目には彼らが映っていなかったんだ。自分への怒りを、ただ彼らにぶつけていた。」

とても哀しい表情をしている。きっとそれは、俺なんかが想像もできないような苦しみを経験してきたからなんだろう。俺もかなり酷い経験をしてきた方だとは思うが、それでも彼女の表情は今まで見たこともないものだった。

「先輩、少し休憩しましょうか?」

「ううん、話させてほしい。気遣ってくれてありがと、ケイ。」

その彼女の表情を見れば、首を横に振ることなどできなかった。


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 古田は私の突然浴びせられる罵声に驚きを隠せなかったのか、怯えたような表情で固まっている。私はいつの間にか銃を構えていた。

「東雲、、さん、、?私たちは何か気に障るようなことをしましたでしょうか、、、。」

困惑し、震えた声で古田は言ったが、私の怒りはさらに大きくなっていった。

「私の名前を軽々しく呼ぶな!バカにしているのか?アンドロイド!私たちを騙して殺そうとした、、!このカプセルの中で!」

「そんな!私はただ、あなた方が急に倒れるもんですから、回復するまでベッドで寝ていてもらっただけです。」

ベッド?このカプセルがか?と考えながらも、古田の『あなた方』という言葉に身体がピクリと反応した。

「おい、美桜と近衛さんはどこにいる!」

「お二人は別のベッドで寝ております。大丈夫です、もうじき起きるでしょう。」

「目的はなんだ?」

「目的ですか、、、あなたが今私に何を思っているのか存じ上げませんが、私はただあなた方が心配で、、、。」

「アンドロイドのお前がか?」

「私は人間です。」

古田の目は、真っ直ぐに私を見ていた。その瞳は、人間が何かを訴えかける時のそれで、偽りのないように感じた。

だから、だからこそ、私は目の前の彼に対する憎しみの感情をなおさら抑えることができなかった。

「嘘を吐くな!お前が、、、お前たちが、、、お前たちの祖先が何をしてきたか、、、分かっているのか?人々を殺め、住む場所を奪い、今度は自分たちが人間です、、だと?ふざけるな。お前たちさえいなければ、お前さえいなければ、、、!」

私は泣きながら叫んでいた。抑えられぬ負の感情に、指先まで力が入る。


 私は引き金を引いていた。


 時が止まったかのように二人は静止した状態だった。銃弾は古田の肩を掠め、電球に当たり電気が消えた。暗くて周りが見えない。私は膝から崩れ落ち泣き崩れた。

私の手を知らない両手が包み込んでいた。

「あなたは、とても悲しそうです。私とあなた方は、一緒にいてはいけないのかもしれませんね。アンドロイド、、、ですか。本当に申し訳ありません。今、目の前で苦しそうにしているあなたを理解してあげられない、力になってあげられない。もしかしたらその苦しみは私のせいかもしれないというのに、何もできない。本当に不甲斐ないです。」

彼の手は温かった。

ああ、彼は本当に自分が人間であると信じているのか、、、。もしかしたら、この世界に存在する全てのアンドロイドが、自分を人間だと思っているのかもしれない。だとしたら、私たちはどうすればいい?こんなに手の温かい彼らをどう憎めばいい?これまでの憎しみと、怒りと哀しみを、どこに向かわせればいいんだろうか。

私は声も出さずに泣き続けた。


 

––––––––––––そして私は、調査隊をやめた。



 私を突き動かしていた「憎しみ」という原動力は、こんなにも容易くゼロになった。私が憎んでいたアンドロイドは、もっと人間を見下している者たちだった。『自分たちが人間より上位の存在である、地球を奪い返せるもんなら奪い返してみろ』と。

だが蓋を開けてみればなんだ。彼らは人間の真似事をし、自分たちが犯してきた罪まで忘れ、ついには追い出したはずの人間を助ける、なんて。

「は、ははは、はははは、、、。」

渇いた笑いが溢れる。そういえばここ数日何も食べていないな。あぁ、このまま死ぬのかな、なんて。どうせ死ぬ勇気なんてないのに。

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