第2章、東雲夏目

第4話「終わりの始まり」

 

 『理解する』とは、物事を受け入れた先にある行為だと俺は思う。目の前に、『事実を理解するのに十分な情報』が散らばっていようとも、その一つ一つの情報を自らが受け入れられなければ、いくら理解力に優れた者であろうと、事実を理解することはできない。いやむしろ、情報を受け入れる力を持つ者のみが、理解力のある者となれるかもしれない。

 今、俺の前には、彼女が何者であるかを理解するには十二分の情報が散らばっている。床の扉を開く際の認証音声、階段を降りた先の部屋の中には、以前見た『ヒューマノイドの核』と思われるものがいくつか机の上に広がっている。なのに、それらの情報の先にある答えに辿り着けない。

–––––––––––否、辿り着こうとしない。俺の目には、いつの間にか涙が溢れていた。

「本当に辛い経験をしてきたんだね、君は。いや君たちは。」

先輩は俺を強く抱きしめ、耳元で優しく、そして強くそう言った。


 それから、夏目先輩は俺の目の前に拡がる「真相」について話し始めた。


 全てが始まったのは、約百年前、『新人類大戦』が起きたことから始まる。人間が戦争兵器として作り出した軍事用AIロボットは、実用段階直前で暴走、瞬く間に各地のAIとネットワークを構築し、人類に攻撃を仕掛けた。暴走AIと人間による戦争は一方的なものとなった。残った数少ない人類は移住可能な惑星へと生活の場を移すことで、地球を支配する暴走AIの手から逃れたという。今、地球には人類はほとんど残っていない。

その事実が指し示すことはつまるところ、自分たちのことを人間だと思っていた俺たちは、本来は『暴走AIによって作り出されたアンドロイド』であるということである。


「先輩は、『俺たち』ではないって事ですよね。」

先輩は静かに頷き、自分が何者であるのかを話し始めた。



–––––––––––私が地球に『やってきた』のは、5年前のことだった。約百年前、惑星に移住してきた時には千万人だった人口は、1億人を越えようとしていた。現住惑星に存在する資源は限られていて、人々の暮らしは年々貧しくなっていった。そんな中、『地球奪還論』を唱える者が現れ始めた。賛同するものが次々と続き、瞬く間に人類全体に地球奪還ムードが拡がった。それに後押しされてか、政府も地球奪還に向けた政策を発表、部隊が編成されることとなった。集まった隊員のほとんどが有志であった。もちろん私も含めて。でも、全てがそう簡単にはいかなかった。


–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––



【5年前】



「こんなにも人を地球に送り込むってのか!?ふざけるな!無駄死にさせるつもりかよ!!」

一人の男性隊員の大きな声が響き渡った。おそらく、作戦資料を渡された隊員のほとんどが思ったことだろう。

今日は地球奪還作戦の部隊編成がされて初日の会議だった。顔合わせも兼ねていたので、予定ではすぐに終わるはずだった。

「確かに人数としては多い。だが地球は広く、アンドロイドの恐怖がどこに潜んでいるかわからない。この作戦は、現在の技術で最小限かつ、最も効率的に地球の現状調査を行えるものだと判断した。」

冷静でありながら重みのある隊長の言葉に、抗議をしていた男性隊員は何も言い返せなかった。

皆も分かっていた。リスクも負わずに地球を取り戻せるわけがない、と。その日の会議は作戦の概要説明だけで終了した。



「夏目はどう思った?今回の作戦。無謀だよね、明らかに。上の奴らは何考えてんだか。」

「でも、私たちがやらなきゃ人類は保たない。私たちの手で地球を取り戻すの。春人は嫌ならやめればいい。」

「なんでそういう話になるんだ。僕は夏目が行くなら一緒に行くし、覚悟はできてる。ただ、作戦はあまり褒められたものじゃない。それとこれとは別の話なんだ。」

「じゃあどうすればいい?私たちが『あいつら』に勝つには、何が必要なの?春人はそれを用意できるの?」

「そんなの俺にできたらとっくにやってるよ、何熱くなってんのさ。」

何に苛立っているのだろうか、自分で思ってもいないことを口走る。

「そうだね、熱くなったのは私だ。頭冷やしてくるよ。」

 私は家を出て、近くの空き地のベンチに座った。私が小さい頃、よくお爺ちゃんから話を聞いていた場所だ。アンドロイドがどれだけ酷い奴らであるのか、お爺ちゃんのお爺ちゃんがどんな想いで地球から逃げてきたのか。私はうんとたくさん聞かされた。

 地球奪還と謳ってはいるが、今の人類は奴らに地球を奪われてから年月が経ちすぎた。もう誰も戦争当時の実態を知る者はいない、歴史の授業で学んだだけの史実である。だからだろう、奪還部隊の隊員たちは覚悟が足りない。あんな甘い気持ちで作戦に参加するから、無駄死にだとか無責任なことが言えるんだ。

「あぁクソっ!」

捨てられていた空き缶を思い切り蹴飛ばすと、その先にいた小学生くらいの男の子に当たってしまった。

「あっ、ごめんね!!大丈夫?痛くない?」

私は急いで駆け寄り、その子の背に合わせて屈んだ。そこそこの勢いで蹴飛ばした缶が当たったにも関わらず、彼は全く動じることなく話し始めた。

「ねぇ、アンドロイドを倒せる力が欲しい?」

「えっ?」

耳を疑うようなその言葉に、思わず声が漏れた。

「これをお姉ちゃんにあげるよ。使い方は、一緒についてるデータが教えてくれるよ。じゃあね。」

彼は私の右手にきらりと光る赤い玉を握らせると。すぐに走り去っていった。

「ちょっ、ちょっと!!」

彼は一瞬にしてその場からいなくなってしまった。



《これを受け取ったものへ。これは、人類再起に必要不可欠なものとなり、必ずや『君たち』の力になるであろう。此の名は『シヴァ』–––––––––––》



「夏目、、?」

その春人の声に、心臓が一瞬止まったようだった。気づくと右の手はポケットの中だった。

「やっぱりここだったか、ごめんね、さっきはあんな事言って。」

「は、春人!いやいいよ、私も熱くなっちゃってごめん、はは、はははー、」

春人は怪訝な顔をしながらも、ほら行くよと私の左の手を取り、私を連れて家へと帰った。




【作戦決行当日】


「はぁっ?僕と夏目の班が別だと?ずっと訓練班は一緒だったじゃないか!」

「これは決定事項だ、貴様は戦略班だ、ここに残れ。抗議は認めない。」

「班長、僕こそ、この決定を認めない。隊長に直訴しに行きます。」

「やめな、春人。」

隊長室へと向かおうとする春人の手を引く。

「夏目、なんで止めるんだ!おかしいだろこんなの。」

「春人、あなたは優秀なの。だから戦略班に任じられた。すごいことじゃん。」

「でも僕は、夏目と一緒に、、、。」

「冷静になりなさい春人。今すべきことは何か、よく考えて。」

「夏目、、、僕は。」

ずっと横で見ていた班長が、私たちの会話の間に気づき、すかさず話し始める。

「話はついたようだな、作戦準備にかかるぞ。」


 班長に連れられ大広場へ向かうと、ざわざわと隊員の声が聞こえ始めた。

「静粛に。」

隊長の声が響き渡る。隊員全員が集められ、最後の作戦確認が始まった。

「いいか、今日この作戦が、我々人類がアンドロイドから地球を取り戻すための貴重な一歩となる。全隊員、覚悟を持ち、人間としての誇りを胸に作戦に励め。」

「はっ!!」

隊長の冷静かつ重みのある言葉が、その場にいる全員の気を引き締める。すると、戦略班の班長が壇上へと上がった。

「それでは、作戦の最終確認をする。調査班は、十八の班に別れ、担当する各地域を中心に地球に現住するアンドロイドの実態を調査せよ。現状、奴らに関する情報は多くはない。したがって、惑星に残る戦略班と連絡をとりつつ、状況に応じた作戦を速やかに立案し、実行していく。

この作戦では、戦略班との情報交換が何より不可欠である。惑星基準時刻で七時、十三時、二十一時の3回は必ず通信を行うように。十八班それぞれの情報を戦略班に集め、作戦をより効率的に進めていく。

そして最も大事なことだ、、、。自分の命を大事にしろ。アンドロイドとの接触は極力避けろ。無意味な戦闘に意味はない。」

戦略班の班長が話し終えると、隊長が一歩前に出る。胸に拳を当て、大きく深呼吸をする。

「必ず生きて帰ってこい!」

「うぉぉぉぉぉぉぉおおおお!!!」

いつも冷静なはずの隊長のその雄叫びにも似た一言は、そこにいる全ての人の心を奮い立たせるには十分すぎるほどであった。


いよいよ出発の時が来た。自分の手が震えているのが、手を見なくてもわかる。

「夏目、必ず帰ってきてね。」

「うん、わかってるよ。春人の作戦次第なんだから、しっかりしてよね。」

「はは、分かってるよ。僕が夏目を、人類を守るから。いってらっしゃい、姉さん。」

「うん、いってきます。」

春人に手を振り、そして背を向けた。私は、私のやるべきことを考える。小さい頃から積み重ねてきた、絶対に地球を取り戻すという想い。お爺ちゃんやそのまたお爺ちゃんたちの憎しみ。チャンスなんだ、望んできたことをかなえるチャンス。それが今、目の前に転がっている。いつの間にか、手の震えは止まっていた。

「アルファ隊、発艦準備完了、いつでも飛べます。」



「よし。アルファ隊、発艦!」



私の復讐が始まった。



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