第3話「憎しみの行方」


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 長かった。苦しかった。そして、何よりも憎かった。僕らがこんな思いをしなければいけないのも、全てアンドロイドたちのせいだ。ただ、僕にとって今日この日は、この数年間の日々がどんなに辛く苦しくとも、人生で最も待ち望んだ日だったのかもしれない。僕たち人類は、やっと『奴ら』に復讐できる。


 –––––––––––そう、『地球に棲む憎きアンドロイドたちへの復讐』が、今日から始まる。


「待っててね、夏目。」


 9ヶ月ほど前、僕ら人類は地球に向けて、大型無人兵器である『タイタン』を送り込んだ。目的は、『発電所に該当する施設の破壊』である。報告によると、送り込んだ23体のタイタンは、地球に存在する大規模発電所のほとんどを破壊し機能停止させたという。その際、アンドロイド側からの反撃は一切行われなかったらしい。全てのタイタンは、何一つ傷を負うことなくこちらへ帰還した。本来であれば、発電所の破壊によって、『地球に住むアンドロイドたちの生命活動を絶つ』ことが最終目標であったが、現在もアンドロイドは異常もなく暮らしている。つまり、地球上にあった発電所による電気供給は、アンドロイドの活動を維持する上で大きな役割を果たしていなかったことが確認されたのだ。

 今日、僕らはアンドロイドの活動停止への糸口を探るため、新たに開発された『搭乗型ドロイド機兵』とともに、多数の人間を直接地球へと送り込み、攻撃・調査を行う。僕はその調査部隊のメンバーとして、今日、地球へと飛び立つ。


「いよいよ始まるな、春人。お前が待ち望んだ瞬間だ。」

調査部隊は幅広い年代から構成されるが、唯一同い年であるのがこの相馬である。

「あぁ、必ず僕が夏目を取り返すよ。」

「春人はさ、アンドロイドが憎いか?」

僕の顔が殺気立っていたように見えたのだろうか。相馬は突然そんな質問を投げかけてくる。

「それはもちろん、相馬だってそうだろ?」

「あぁ、まぁな。でも、お前みたいなはっきりとした憎しみじゃない。『植え付けられた憎しみ』みたいな感じだ。ほら、俺らはこうしてこの星で暮らすのが当たり前だろ?別に幸せじゃないわけじゃないしな。」

「そうだな。僕もかつてはそうだったのかもしれない。でも、夏目が奪われて、僕自身が『被害者』になった。そしてその憎しみははっきりと僕のものになったんだ。」


 百年ほど前、地球では『新人類大戦』と呼ばれる戦争が起こった。当時、世界各国同時並行で秘密裏に行われていた「AI搭載の軍事ロボット」の開発は、最終段階まで進んでいた。しかし、突如としてロボットが暴走、そして瞬く間に世界中の軍事ロボットとネットワークを構築し、暴走AIは各地でテロを起こし続けた。人類はありとあらゆる軍事力を結集し暴走AIに立ち向かったが、繰り返される核兵器による襲撃や原子力発電所の破壊に対抗する術はなく、滅亡の危機を迎えた。そこで人類は、かねてより移住計画のあった居住可能な惑星への移住を実行した。最終的に、大戦前の人類の0・1%である約一千万人が移住に成功した。以降地球は暴走AIによって支配され、人類は地球奪還のための反撃の時をうかがっている。


「『搭乗型ドロイド機兵調査部隊』の発艦を開始する。地球の目的地点に到着後、速やかに作戦行動へと移行せよ。全兵の健闘を祈る。」

「はっ!」


 約百機にも及ぶ搭乗型ドロイド機兵が、宇宙へと飛び立った。人類の逆襲が、僕の復讐が、今、始まる。




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 タイタン襲撃から1ヶ月が経ち、俺は退院して普通の大学生活に戻っていた。奇跡的に俺たちの通う大学は破壊されず、そのままの姿で残っている。他のキャンパスへ生徒を受け入れる準備が整うまでは、しばらくは元のキャンパスに通うらしい。それにしても俺は不運だ。 シヴァの時もタイタンの時も、襲撃に巻き込まれ、病院送りだ。

 いや、幸運なのか。あまりにも多くの死傷者が出たこの襲撃で、二度も奇跡的に生還しているのだから。

 あれから、ユウナとはあまり連絡をとっていない。全く話さないというわけではない。すれ違った時は、一言二言くらいは話す。だが、彼女が考えていることを俺は考えようとするばかりで、話した内容は頭に入ってこなかった。

 ユウナは、こんなひどい目に二度もあってもサークルで研究を続けていることが納得いかないみたいだ。確かに、冷静になってみれば俺の行動が異常なことぐらいは本人でも分かる。それでも、俺は自分の心の奥から聞こえる『ドロイド研究をやめてはならない』と叫ぶ声に抗えない。俺の背後から、俺によく似た声で、『お前が生きている理由はなんだ、人生を楽しむためか?そうじゃないだろ?』と囁くのが聞こえる。

 そういえば、普通の大学生活に戻ったと言ったが、大きく変わったことが一つある。それは、サークル員が俺と夏目先輩だけになったということだ。タイタンの襲撃によって、ドロイド兵機襲撃に対する世界の認識は大きく変わった。この研究が危険なものになりうると考えた他のサークル員達は続々とサークルを抜けた。ついには大学側からサークルの解散まで打診され、それを受けてサークルとしての体裁はなくなった。気を遣ってくれた一人の教授のおかげで、元から使用していた研究室はそのまま使わせてもらえることになった。結局、研究を続けているのは俺と夏目先輩だけになり、二人で隠れて研究をしている。


 研究室に行くと、夏目先輩がいつものように顕微鏡を覗き込んでいた。そのレンズの先に夢中になった先輩には、どんな大きな声も届かないことは分かっていたから、喋りかけず俺も自分の研究の準備をした。お互い何も会話しないまま、ただただ、それぞれが自分の作業をしていた。俺にとってはこの時間が最も落ち着く時間だった。自分がしなければならないと思っていることを、無我夢中になってやっている間だけ、自分が自分でいられる気がした。

「ケイはさ、アンドロイドが憎い?」

沈黙を破ったその彼女の質問は、考えてもみなかったことだった。でも、なぜか俺はその質問にスムーズに答えていた。

「そうですね、もちろん憎いですし、許せないです。先輩は違うんですか?」

「そうだね、憎かったよ。でも今は分からなくなっちゃったんだよね。憎しみで動いていたはずなのに、その憎しみの矛先が今どこに向かっているか自分でも分かってない。もしかしたら、自分自身に、かもねー。」

彼女は微笑みながらそう言ったが、その瞳を見れば、彼女が決して冗談を言っているとは思えなかった。

「でも、分かります。俺も今は何に対して憎しみをもっているのかが分からないんです。ただ、もう一人の自分が絶対に許してくれないんです。その憎しみから逃れることを、真実を明らかにすることをやめさせてくれない。」

「なになに〜?もう一人の自分って。」

彼女はこちらに指を差し、ニヤつきながら言った。明らかに小馬鹿にしているのがわかる。

「昔からいるんですよ、少し前までですけどね。馬鹿みたいに冷静な自分がいて、俺に語りかけてくるんですよ、偉そうに。だからこんな冷めたやつになっちゃったんですけどね。でも最近は、なんか違う、もっと感情的なやつに変わっちゃったみたいで、逆に普通の俺が冷静になるくらいです。」

自分でも訳のわからないことを言っていると自覚しながらも、真面目な顔をして俺は語っていた。そう、昔からいる俺と、最近の俺。でも、今の俺もまた違う。何だか哲学みたいだ。でも、そんな大層なものではないことは分かっていた。

「何それ、全部ケイ自身じゃん!面白いね。私はケイから感情的な部分も理性的な部分もどっちも感じるし、どっちも大事にしてるんだろうなっていつも思ってるよ。よく表情に出るしね、感性と理性で葛藤してるところ!だからどっちも一人のケイだよ。私はそんなケイが好きなんだけどな〜。」

彼女は最後だけ少し声を小さくした。俺には当然最後までちゃんと聞こえている。聞こえたことにして良いのか悪いのか分からず反応に困っていたが、逸らしていた視線を戻すと、ニヤついた先輩の表情が映った。その瞬間、少しでも照れを隠せなかった自分が恥ずかしくなるのと同時に先輩が憎たらしくなった。だが、その悪気しかないニヤつきを見ていると、逆に完敗した気分でどうでも良くなった。さすがは夏目先輩、といったところだ。

「ありがとうございます先輩、なんか楽になりました。」

「お!そうかい青年よ!それは良かったっ。」

勝ち誇った顔でそう言う先輩を見て、俺も口元が緩んだ。いつも夏目先輩には救われてばかりだ。いつも俺の気持ちを汲み取って、全てわかった上で優しく包み込んでくれる。だから俺はいつも先輩に負ける。この人には勝てないみたいだ。

「俺も先輩のことが好きですよ。」

 俺だって冗談のつもりで言った。表情にもちゃんとそれっぽく出したはずだ。彼女がそうしたから、別におかしな話でもないだろう。もちろん夏目先輩のことは尊敬していて、その意味では好きというのも冗談じゃない。でもなぜか、俺の言葉を聞いた彼女の表情には、『寂しさ』が最も似合っていた。

 9割の居心地の良さと、1割の気まずさを残したまま、彼女は先に研究室を後にした。


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なんて反応して良いかなんて、分かるわけなかった。

もちろん冗談だってわかってたよ? でも。

だってその言葉を、その気持ちを聞いて、私が嬉しいなんて感じてしまったら、本当に私が何者なのか分からなくなってしまうから。

今だって何で自分がこんなことしているのか、分からなくなってしまいそうなのに。

ううん、分からなくなるなんて、曖昧な感情のフリをしているだけだ。

自分が何になろうとしているのかなんて、とっくに気づいているはずなのに。

最寄り駅までの帰り道がいつもより長く感じた。

いや、私はいつからこの道を帰り道と呼ぶようになったんだろうか。

いつから、電車に乗って、道を進んだ先に『自分の家』があると思うようになったんだろうか。

今日、彼の言葉を聞いて、その表情を見て、決心してしまった。



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 ユウナとあまり行動しなくなってから、昼食も一人で食べることが多かった。友達が全くいないわけではないが、一緒に行動するような友達は今までユウナくらいしかいなかったから、当然のことであった。一人だとわざわざ高い店に食べに行くほどの気分にもならないので、最近はほとんど学食で済ませている。

誰も座っていない6人用のテーブルで一人ご飯を食べていると、何やら知っている声がした。

「おう、久坂じゃないか。一人か?」

山城先輩がトレーを持ってやってきた。サークルが解散してからしばらく会っていなかったが、相も変わらず坊主だ。

「はい、一人っす。」

「一緒に食べようや。」

「いいっすよ。」

こうしてサークルの先輩とご飯を食べるのは初めてだった。久しぶりに会ったからというより、そもそもサークル外で山城先輩とどう話せばいいかあまり分からなかった。

黙々とお互いご飯を食べる。おそらく両方が黙っていたのは30秒もなかったが、それが俺には何分にも感じられた。

「あの、夏目先輩ってどういう人なんですか?」

かろうじて絞り出した話題は、夏目先輩の話だった。実際に気になっていることではあるが、質問が抽象的すぎただろうか。

「あぁ東雲か。実は俺もよく知らないんだ。高校時代とか、生まれのこととか、最初はみんな色々と聞いたんだが、何も答えてもらえなくてな。久坂も気をつけろよ。」

「え、そうなんですか。先輩たちもあんまり知らないんですね。」

「おう、まぁ東雲は顔も可愛いし、モテたから最初はいろんなこと聞かれてちょっと嫌そうな顔をしてたな。」

確かに、夏目先輩は可愛い。でも山城先輩はまるで他人事のように話す。この人の場合はほんとに女性に興味なさそうだけど。なんて返そうか迷っていたが、彼が言葉を付け足した。

「まぁでも、『めんどくさい』とかそういう類の表情には見えなかったな。なんというか、その、」

「『寂しい』感じですか?」

食い気味に俺が言葉を重ねる。

「そうそう!そんな感じ。また不思議な子だよな。普段は冗談言ってばっかだし。」

確かに彼女の言葉は、どこまでが本気でどこまでが冗談か分からない。あえてそうしているようにさえ感じた。まるで自分が本当に言いたいことが何かを、自分がどういう人であるかを悟らせないように。また一つ頭を悩ませながら、俺は食事を終え、午後の講義を迎えた。




 『–––––––! ユウナ!』

 またこの夢をみる。俺たちが化け物になってしまう夢。多くの人たちに憎まれ、恨まれる。俺の他にたった2人しか仲間がいない、そんな悲しい世界。

「おーいケイ!いつまで寝てんのー。」

「なっ、夏目先輩!?」

一歩間違えば唇を奪ってしまいそうな、そのくらいの近さに夏目先輩が急に現れる。いや、この状況なら奪ってしまったとしても、むしろ向こうが悪いと言い張れる。チャンスを逃した気分だと後悔しながらも、ここが講義室であることに気づき、すぐに正気に戻る。

「先輩、どうしてここに?」

「ここで授業受けてんのは知ってたからさ、あそこにいる女の子達にケイの席教えてもらったの。」

女の子達の方に視線をやると、人間ではない何かを視るような目でこちらを見ている。この視線は以前他の誰かにも向けられたような気がした。変な勘違いをしてそうだから今すぐ言い訳をしたいところだが、何を言っても逆効果になってしまう雰囲気だ。ここは、状況を悪化させないことを優先させよう。 

「それで、なんの用ですか?先輩。」

とにかく、さっさと用を聞いて普通の会話に戻そう。だが次の先輩の一言は、俺の思考を凍りつかせた。

「今日さ、この後、うち来ない?」

周囲がざわつく。先ほどまでドン引きした表情を見せていた女の子達は、コソコソと何か喋っている。

「せ、先輩??ちょっとここから一旦離れましょう。」

夏目先輩の手をとり俺は教室を出た。彼女はまたふざけている。でも『また』、先輩の手は暖かく、それでいてどこか冷静に感じられた。視界に入る横顔は、先輩が1人の時に時折見せるそれだった。

俺は、夏目先輩のことがどこまでも分からない。だが、その横顔にだけは嘘はないと、はっきり分かった。決意に満ちたその顔を目にした俺は、自分の頬を片方の拳で強く殴った。

「ケイ・・・?」

「行きましょう、夏目先輩。」

「うん・・・!」

俺は、もう片方の手で先輩の手を強く握りしめた。



 夏目先輩の家は、周囲に家もないような場所にぽつりと建っていて、最寄り駅から三十分以上は歩いたところにあった。とても遠いが、近々バイクの免許を取るから大学にはバイクでくるようになるみたいだ。

家の中に案内されると、あまりの物の少なさに驚きを隠せなかった。あるのは必要最低限の家電、椅子と机ぐらいだった。

「先輩ってミニマリストなんですか?」

「まぁ焦りなさんなって、これを見てから言いなさい!」

訳もわからないまま先輩についていくと、彼女は台所の床に手をかざし始めた。


『ユーザー認証完了。東雲夏目:第一次調査アルファ部隊隊長』


瞬く間に床に扉が出現し、先輩が開いた先には地下へと続く階段があった。 

その電子音声と光景に、俺の理解が追いつかなかった。

「ケイ、君はさ、私が何者かわかる?」

質問の意味が分からなかった。突然、彼女の家に案内され、何もない部屋かと思ったら、秘密の扉みたいなのが開いて、『私は何者でしょう。』って。

「あの、どういう意味ですか?」

「うーん。やっぱりここで話しても、だし、下に行こっか。」

「あの、先輩?」 

階段を降りようとしていた先輩の肩を掴む。彼女はゆっくりと振り向く。




「ケイ、あなたに全てを話します。ここに、この地下に全ての真相があるの。」





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