閑話26クレアとトゥエリ
閑話26
≪クレア視点≫
クレアはその日、いつもの如く新市街地で炊き出しをしていた。
三重の防壁を作る彼らをねぎらうためだ。
いつもの如く食事を作り、そしてこれもいつもの如く労働に従事している者達の労を労った。
「精が出ますね。こちらを食べて午後も頑張ってください」
「ありがとうごぜえます、クレア様」
「有難う御座いますクレア様」
クレアはあれからと言うもの、アルの事を考えない時は無かった。
自分を助けてくれた彼に、どう礼を尽くしたらいいのか分からない。
それに、少なからず自分が年下の彼に惹かれているのもまた事実。
だけど、彼にはもう婚約者がいる。
しかも自分にはもう後ろ盾となる家がないのだ。
だから諦めるより無いとそう思っていた。
すると、アルの第二夫人にどうか、とそうした提案を受けたのである。
それも公爵からである。
どういう事かと思い訊ねてみれば、今までのことも有るし、あなたには後ろ盾は必要ないだろうと言うのである。
まあ、名前の方が売れているとは思っているけれど、本当に?と疑ってしまう。
だけれど公爵は言うのだ、第二夫人となって、フローラとアルを助けてやってくれと。
表に出るときは顔を隠して貰わなければならないだろうし、それは屈辱的な事だろうが、それでも第二夫人だ、奥向きの事をして貰いたいというのである。
願ってもない事だから二つ返事で受けたのだが――アルもフローラもまだ知らない事だからと言われてしまい、その後大いに悩んだ。
でも一度受けてしまったし………
仕方ないとクレアは自らを奮い立たせるのであった。
*****
≪トゥエリ視点≫
何であたしがこんな目に遭っているのだろう?
あたしは今、台に固定されて、墨を入れられている。
犯罪奴隷になると言われた。
何で?どうして?
奴隷って怠惰な奴隷でしょ!?
私は違うって叫ぶけれど、何を言ってるか分からないと殴られる。
魔法は身体強化だけだけれど、脅威だからと言われて、封じ込められたままだ。
腹が立つ、腹が立つよ。
エリミヤ母さんが悪い、そして全部全部アルが悪いんだ!!
アルがあたしの居場所を取った。
アルさえいなければあたしはあの伯爵家の跡取りだった!!
男爵家で聞かされたのは、アルはあの家の跡取りだと言うこと。
そして聞かせられた言葉通りなら、あたしはアルを害したことで引き離されたってことだった。
だけど、アルが悪いんじゃない。
何も出来ないくせにあたしより弱いのに、あたしが腕を握りつぶせるような力しかないくせに。
一度目の犯罪と言うことで、首の墨は小さいモノになったらしい。
犯罪奴隷として、半年間服役せよと言われた。
どこで?と聞いたら答えてくれない。
何と喋っているか分からないと言われて笑われた。
何だか恥ずかしくて顔を赤くする。
どうしてあたしばっかりこんな目に合うの?
あたし、あたし、ずっとずっと頑張ってきたのに。
でも最近こうも思うのだ。
喉が潰されて痛い目に遭ってるのはあたしのせい――?
男爵が悪いだけで、あたしだって悪かったかもしれないじゃないかと、そう思う事も増えてきた。
でも、でもでも、アルが悪い。
だってそうじゃなかったら、あたしはなんでこんな目に遭っているの?
半年間街の清掃をするようにと言われ、騎士爵と言われる男は言った。
それ以降は君のような薄汚い汚らしい声のものは飼いたくもないねと。
どういう意味かしばらく考えて分かった時、あたしは凄く自分が見っともないと思われてると分かり、悲しくなった。
半年間安い賃金で働かせられて、ようやくたまった金で公衆浴場に行くと、皆があたしを避けて通る。
何で、あたしが何したって言うのよ。
身体を綺麗にしたところ、直ぐにも男が飛びついてきた。
何コイツ、綺麗って言われたけれど、だからなに?
あのエリミヤ母さんの子何だから当然じゃない。
あたしは声を出すことをもうこの時にはすっかりと忘れていて。
腕を引かれるままに男に無理矢理連れて行かされたんだ。
そしてその後その男の女にされた。
ああ、ああそう言う事か。
だからエリミヤ母さんは綺麗な服を買って貰えて綺麗な服を着て過ごせていた。
だからだったんだと思った。
あの男爵の女になったんだ。
男はあたしを丁寧に抱き上げると、丁寧に壊れモノを扱うように優しく毎日してくれた。
でも、エリミヤ母さん、あんたの事は絶対に忘れない。
あんたがあたしを、ノール父さんを、アルを裏切ったことは絶対に忘れないから。
その後あたしは身籠る前にと、何とか文字を使って男に知らせた、伯爵家に今、自分の家族が居ることを、男爵家のエリミヤ母さんはもう、家族じゃないから要らない。
だけどノール父さんとアルにはきちんと御免なさいと言いたかった。
アルはたぶんあたしの知らない努力をしていて、そしてあたしはその努力を怠っていた。
だって平民から貴族になったことを書いて伝えた所、男が言うのだ。
「それなら君は君の家族は大変だっただろう。お金を大量に用意しなければ貴族には戻れないし。そして貴族のマナーを覚えなければならない。それは大変な事だよ。良く我慢したね」
そう言われたのだ。
足を蹴飛ばされて足が曲がってしまったけれど、今は男に大事にされて要る。
だから分かった、アルは恐らくだけれどあの家できちんと学んで後継者として頑張ってきたのだ。
けれど、あたしは魔法の特訓しかしていない。
きっとそう言った事からすれ違っていたんだ、あたしたちは。
だから男に、伯爵領に行きたいと伝えて、あたしは伯爵領に向かった。
「どの伯爵領だろう?」
この国は広いからねと言われて説明をしたところ、海のあるところと言ったら通じたため、二人でこの領地を出ていくことにしたのだった。
目指すはゼーレン伯爵領。
二人に謝罪するために、トゥエリは前を向いた。
その瞳にはもう、悪意はどこにも感じられなかった。
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