ランス動く

 時は少し遡り――アル9歳の折、王都にやってきた。

 本来ならば活気あふれる場所であるはずのそこは、人気もまばらで、嘘でも活気があるとは到底言えなかった。

 しかも路地裏には孤児が溢れかえり、沢山の生活困窮者を生み出している。

 何故なら王都は最も重税が課せられた都市だからである。

 他の地域もそうだが、伯爵の領地や公爵の領地は、魔獣の住む森だから減税されているという側面がある。

 その為王家直轄領こそが最も重税にあえぐ土地なのである。


 そんな王都にやってきたアルと公爵とノールは、とある商会の会頭に会うために来ていた。

 それは、この国の無辜の民を救うためにどうしても必要なことであった。


 姿を隠してやってきたわけではない。

 勿論堂々と王都入りを果たしている。

 いよいよ王都にやってきたかと感慨深いものがある。


 ヒリエイェロー商会、こちらに用がある。

 公爵は中に入ると、アルを従者の一人として振る舞わせた。

 ノールはその右腕と言ったポジショニングである。


 袖の長い服を着ているが、色粉を使って染はしているものの、着古した感じがする衣装。

 髪は適当に結っている者が多いイメージだ。

 アルはここは、当たりだろうと踏んだ。

 そして実際にノールからもGOが出た。

 問題なしと言う事だろう。

 公爵と頷き合うと、中に入っていき会頭を呼びつける。

 すると会頭が会ってくれるという。


「どのような商談ですかな?」


「ええ、こちらでずっと貧困者向けに炊き出しをしていると聞いてですね。来させていただきました。私は誰だかお判りですか?」


「は?……ええと、どちらさまでございましょうか?」


「私はアーレンゾ公爵。こちらに支援を申し入れに来たものです」


「アーレンゾ………それは、また、大物が出てまいりましたな。ですが急すぎて何が何やらです」


 公爵はノールに調べさせたが、ここの地域は王族に搾取されるだけで辛いものが多いのだろうという。

 だから我々の元へ来ないか?と声を掛けたのだ。


「商会の基盤そのものを捨てろと言ってるに等しいのは百も承知しているが、早晩この地域では潰されるのがおちだ。そうだろう?君も分かっているはずだ」


「ですが、そうなれば餓死者が出ます」


「ならば彼らごと受け入れると言えば?」


「……願っても無い事ですが、それではあなた方には何ら利益がないはず。何故引き受けて下さるのですか?我々ごと彼らを」


「彼ら全てを引き受ける――我々も、王族には散々煮え湯を飲まされている。同じと言う事だ」


「王族には向かうつもりですか?なればこそ難しいのでは?我々は、今を生きております。ですから無理です」


「なにを聞けばついてきてくださいますか?尽きぬ食料?それとも金貨の山?それとも……」


「なにをと言われましても――そうですね、では尽きぬ金貨の山をまず見せてくださいませ。そして皆が住める土地を見せてくださいませ」


「では行こう」


「ええ、連れて行きます。サンクチュアリ――」


 聖域内に連れ込まれた会頭は、改めて名を名乗った。

 ヒリエイェローは家名らしく、ランスと名乗った。


「ではランス。何から見るかね?」


「では尽きぬほどの金貨を」


「では行こうか。こっちだ」


 アル主導で作った金貨の山が金鉱山のふもとにある。

 聖域内部に住んでいる元奴隷たちは、そこに行っても金貨を使うわけでもないので、数枚とってきて眺めている程度だそうだ。

 最終的にここから出たら金貨を配るからと言ってあるため、特に不自由している暮らしと言う事もないため、奪うという発想が無いらしい。


 そんな金鉱山だが、ちょうど今朝のトロッコが戻ってきた様子。

 金貨の山を見せた後、金鉱山を見せてみる。

 是こそが尽きぬ金貨の山である。


「まさか、このような事があるなどと……」


「次は尽きぬ食料をお見せします。こちらへ」


 まずは人魚の街に出向いて見ると、人間はあまり居ないが、どこもかしこも、清潔感溢れる土地で、食料も特に問題なくあるらしい。

 何故なら家畜が山ほど居るからだ。

 これならば問題なかろうと思っていれば、あれは家畜ではないという。


「ここは神から齎された土地。聖域なのです。ですからあれは神の牛や豚や鶏。つまりあれを全て世話することで、肉も卵も手に入るのです」


 世話をすれば牛の乳も手に入るため、何も困らないだろうと言う公爵。

 肉類は困らないですから、後は野菜畑ですねと村へ案内する。

 そこには広大な畑があり、皆で少しずつ摘んでは火を熾して炒めたりして食べていた。

 今は昼食の時間であるからその様子も見ることが出来た。



『勿論、牛や豚、鶏に悪さをしたり、建物を壊したりするようであれば、あなたがここから放り出すのではなく、私が放り出すことになります。危険ですからね。でも忘れないでください。そうならないようにきちんと躾けておくべきなのですからね?』


「分かりました」


 アルは男神から聞いた言葉を真摯に受け止める。

 そうか、ならば自警団を作らせる形が一番いいのではないかと思った。

 ここを聖域として成り立たせるには、まず人が足りないわけではなく、多く増えた人に対処する人が、足りないのだから。


 アルは自警団となってくれないかと言う事を持ちかけてみるのはどうでしょうかと言う。

 商会丸ごとかねごと全て失踪でいいから来てしまえというのだ。

 そして商会の人が自警団を纏めて欲しいという。

 そして孤児たちにも仕事を与えて暮らせるようにしてやってほしいというのだ。


「聖域の中での仕事と言うと、牛、豚、鶏の世話がある。増え続けるからと言うわけではないが、基本は世話が必要だな。寿命が来れば弔ってくれればいい。牛は牛乳も取れていい仕事だぞ」


「ええ、それくらいですか?」


「他には中で商売をしてもいいんだ。別に。 ただ移動するのに君たちを安全に連れて行くために馬車からここ聖域に着てもらう。一か月の道程だろう?必要となるはずだ。孤児たちをきちんと無事に運ぶためにも。 どうだろう?来てくれるか?安全にアーレンゾ領まで来てくれれば、土地と仕事を提供しよう。なんせあそこは今、開拓中だ。人手は全く足りていない。どうだね?」


「独立を目指しているのです。我々は。王家からの搾取が続けば皆死にます。ですから皆で税金の安いアーレンゾ公国に移動してほしいのです。生きているうちに」


 生きているうちに――重い言葉であった。

 それを受けてランスは動くことを決めた様子だった。

 行きます、そう言ってくれたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る