閑話10弱腰ですわお父様! 続


 結局無茶ぶりを通されて、アルはあまおうの苗を数個だけ自由貿易で購入し、ヒューズに高値で売りつけた。

 苗一つにつき他の面々には、銀貨1枚で売ったのだが、ヒューズには「希少品種である」ことをちらつかせて、小金貨1枚と大銀貨2枚を支払わせることに成功した。

 苗に実が付いているモノを選んで取り寄せたので、「現在栽培している最中で、皆の手塩にかけた甘い王です。それをヒューズ殿下のために取ってまいりました」と、こう説明してのお渡しである。

 因みに自由貿易で購入した苗の金額は、既に花まで咲いていたのでとてもお安かったとだけ言っておこう。



『もう収穫間近なのに酷いです、とは言い過ぎでは?』


 男の言う通り、収穫間際で掻っ攫う何て酷いと言って罪悪感を煽りに煽った――――公爵とアルと子爵とで。

 お陰でヒューズはひと苗を買うのに金貨を出さざるを得なかったのである。


「公爵閣下のお金になるんだから別にいいよ。それよりもまた後で供物を捧げますね。何がいいでしょうか?」


「しばらくは止めておけ、殿下がおわす」


「それも困りものですよね。野蛮だと言いながらも、何故このような場所に居続けたがるのか。王宮の方が余程手入れが行き届いていていいでしょうに」


 ここだけの話だが、公爵なんて王都では野蛮人扱いだ。

 何故か――そりゃあ当然だ。

 魔獣の出入りを禁ずるために、日夜公爵自ら戦う公爵領では、騎士の数が多いのだ。

王都では武器を持って戦うなどと蛮族のすることと言ってあまり褒められたものではないとされている。

 魔法を使って戦う事が雅とされるのだ。


 ――だが、普通に考えて貴族の数よりも平民の数が多いのだから、平民から騎士や兵士を擁立し、魔獣の駆逐を考えるのは当然かと思われるのだ。

 アルにはだが。

 王都の考え方を知れば公爵は皆のために戦わなければならないことがいっそ哀れと思えるほど。


「そう嫌味を言うなアル」


「ですが………」


「こちらもそろそろ腹に据えかねては居るんだ。だが、親戚という事もあって、甘えているんだろうが………こちらが怒鳴りつけても分からない奴らなんだ」


「それは、」


「ああ、何ていうか怒りをぶつけても分かってないとなるとどうしようもないですよね」


 公爵から引き立てられて、文官を行っている子爵からすればそれは当然のように行われる爪弾き。

 だが、公爵曰く違うかもしれないと言う。


「分かってないフリの可能性もある。事実あれの姉は理解している風で、こちらに優位をくれてやるくらいのことをしてくる。だがアルのこともある。そろそろ黙っているのもそうだが、我慢の限界だ」


 三人で神妙な面持ちをしていれば、ヒューズがやってきて言う。

 何の話をしているのだと。

 三人とも端に行ってしまってはつまらんから、こちらで持て成せと言われ、公爵は額に青筋が立ちそうなレベルだったが、顔面筋を総動員して平静を装っている――ように見えた。



*****



 夜明けを迎えてアルは言うのだ。

 本当に王族に付き合うのは大変だと。


 時計の時刻を見れば、夜中の三時まで彼――ヒューズは騒いでいた。

 あまおうもそうだが、他のものまでフローラがどうせだからと自慢してくれたものだから、種を渡すことになった。

 種から栽培するとなると、どうせ実が結実するまでには3年くらいかかりそうなものまである。

 それを渡されてヒューズは「これがなればあの甘い桃なる果実が食べられるのだな!」とご満悦であったが、桃栗三年柿八年という話を彼は存じ上げない様子。

 いやまあ、この世界にも桃はあるし栗もあるから言っているのだが、アルは騙しているような感じがして少しの居心地の悪さを感じていた。


 ヒューズは本当に種ならば金を払わずにいいのだなと言う、それに対してアルは勿論ですと頷いて見せた。

 その代わり育てられなくてもこちらに責はないと確約くださいと伝え、それを皆で了承させたのだった。

 勿論、証文も存在する。




 それからひと月のこと、水をやり過ぎてどうやら種が何をやったのか腐ったか何かして、流れてしまったらしく、土壌のどこを探しても種が見つからないのだそうだ。

 王宮で育てた種が全て行方不明とは情けないというものだろう。


 残っているのは桃の種とパイナップルの葉の部分だけらしい。

 だがそれも水を上げ過ぎてしまっても、良いかと言えばそうでも無いし、難しい話しではある。


『農業スキルがあるあなたであれば、適当にやってもきちんと実りますが、そう言ったこともない一般人であればなにをやっても実りませんよ?』


「でも、公爵閣下を馬鹿にしてばかりなのでしょう?だったら私はあまり、協力をしたいと思えなかったんです」


「アル、お前………」


『まあ、確かにそうですね。馬鹿にされているようではありましたからね。気分は悪かったです』


「でしょー。だから種をどうこうするのは向こうの仕事。私は何も手伝わないよ」


「アールー……お前は良い奴だなあ!」


 がっと放り投げられるようにして空を舞うアル。

 アルを公爵が掴んで放り投げたようだった。

 思わず喉奥からうひゃあと声が飛び出してきた。

 それをすかさず公爵が抱きしめて、嬉しいと声を大にして言うのだった。


「それはいいとして、公爵閣下、何でしたらフローラにあまり敵を煽らないようにと言った方がいいのではないでしょうか? 今後もこう続くと、王都にフローラを私が連れて行くことになるでしょう?そのぅ………貴族学校ですけれど。そこで昨晩のような真似をされれば私は立ち回りがかなり難しい状況に陥る事でしょう。きちんと説明をしてやっておいてくださいませんか? どうせですから伯爵領と公爵領だけを、王都よりも余程目立つ流行の発信地にして、見返してやりたいですが、その前に流行を先に掻っ攫うようにされれば、今まで温めてきたものが全て水の泡です」


『確かにそうですね。難儀そうですが………宜しいのですか?フローラ様が聞いておりますよ』


「フローラ、聞いていたんだね」


「ええ、勿論ですわ!」


 フローラがむっとした様子でアルの元にやってくる。

 アルは若干年齢よりも成長が遅いため、小さいのである。

 そんなアルを公爵のがたいの良さで抱きしめればアルの全身は宙に浮いたようになっていて――フローラはアルの足をぽかぽかと殴った。


「私は私なりに考えがあったのですわ!アル様の事を考えてのことです!」


「一体何をどう考えればあんなマネが出来るのですか?公爵領と伯爵領の有益な飯の種をどうしてあんな簡単に教えてしまうのです」


「それは………ありましたけれども、ですがアル様が用意してくださった食の祭典や祭壇の供物はあまりにも素晴らしかったのです。あのヒューズ様はあなたを横から来て掻っ攫う人ですわ。ですけれど私の物ですから、これらも全てひっくるめて、アル様は私の物ですと告げましたのよ! 全て私から奪うなら、今後もう王家の方方に一方的に良い取引はしないと私は最後通牒を突き付けましたもの!ですから、怒られるのは筋が違いますわ。ばれないようにやるなんて公爵家の淑女たるもの、怖気づいているようで有り得ませんもの。 ですから横やりを入れられたのですから、今度は此方から喧嘩を売ってやりましたのよ。種は全て穴あきで腐った種だけ渡しましたわ!絶対に此方のものは人材も物資も何もかも、もう渡しませんことよ! それよりもお父様!!」


「なんだ?」


 ニヤニヤと公爵が笑み崩れた顔でフローラを見やる。

 余程種に仕込んだ穴の話がお気に召した様子。

 良くやったと告げていた。


「それは良いとしても!!お父様がいつまでも弱腰で居るからですわ!いっそのことこの国から独立してしまえばいいではないですか!公国となったとしても、ついていく貴族の者は近隣の者でしたら居るはずでしてよ!なのにいつまでもお父様が弱腰でいらっしゃるからっ」


 ぷりぷりと怒って公爵からアルを取り上げると、今度はフローラが人形よろしくアルを抱擁するのだった。


「決して私から奪わせませんことよ。お父様、そうでしょう?!」


「――そうだな、俺も今度からもっと強気でいくか。そうだろ、アル?」


「ええ、そうしましょう。種が流れたんですから、苗を欲するように言ってくるでしょうから、今度からはそれを断るようにしてくださいね。兎も角私が12歳になるまでがこれなるピークです。頑張りましょう!」


「ああ!」


 ここに三人は、斯くして各々の意思を確認しあったのだった。




*****




「ヘックシュ!!」


「あらあら、ヒューズったら。風邪かしら?」


 行けないわね、暖かくして休むと良いですよと告げるのは、王家の姫巫女とされる、件のアルの暫定婚約者である。

 本家本元と違い、婚約者であると約束を交わしてもいない上、当人、その恋路を邪魔する気も無ければ横やりを入れるつもりも現時点で全く無かった。

 ただし、そろそろ姫巫女が10になるころという事もあり、婚約者を設けたいと考えられてはいるため、暫定ではなく本決まりになりそうでもあるのだが――まだ良き縁談相手が居るのではないかと、当人が横やりになりそうになっていることを知り、拒否をしている状態だ。


「はあ、またやらかしてきたのね、あなた」


「何がだ姉上。 聞いてくれ、これら全て土産の供物に全てアルが関わっているのだ。素晴らしいだろう?きっとあいつのスキルで金を用意したに違いないのだ。だからこのように沢山の貢ぎ物を貰えたのだぞ?素晴らしいだろう?」


 金貨が無くなればまたあやつが居ればどうにでもなるではないかと言うヒューズに、姫巫女は困った様子だ。


「はあ………そうね、良かったわねえ。私は嬉しくないけど。それどころか金に係わってる証拠でも出たの?」


「出てはいないが用意させられたと言っていたのだ。あやつが婿入りするというのもそれが関わっているに違いないぞ。公爵家をこれ以上のさばらせてはいけないのだ」


「なぜ?そんなことになるの?公爵は魔獣の森を何とか押さえてくれている有力な貴族ではなくて?」


「そうだが、それよりも我らの生活の方が余程大事ではないかっ」



 拒否をし続けているが、果たしてそれは上手く行くのかどうか、神のみぞ知ると言った所だろう。


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