閑話7石鹸 改

閑話7


 石鹸を持ち帰った義父に聞いてみる。

 それが欲しいんですか?と。


「そりゃあな、汚れがあのように素早く落ちるなら、誰だって欲しいだろう?」


 そう言われて、ハタと気が付いた。

 そう言えばこの世界排水は全部下水に流しているんだよな。

 それはどうなっているんだろう、と。

 話しが取っちらかってるように思えて、アルは至極真面目である。


 ようは汚れを落としたは良いが、石鹸水を流して大丈夫なのか?という事なのだ。

 土壌汚染が心配だった。

 どうだろう、大丈夫だろうかと考えて、伯爵に次の質問が飛び出した。


「汚水処理ってどうなってます?」


 当然伯爵は首を傾げる。

 だってそうだろう、今までそんなこと気にしたことも無かったはずの少年が、当然気になるとばかりに至極真面目に聞いてくるのだから。

 何故気になると問われれば、それを使って手洗いをすれば、恐らくは水が汚れるので、というのだ。

 成程、だから汚水処理について聞いたのかと納得する。


 伯爵はじゃあ汚水処理について教えた方がいいだろうと思い、こっちだと連れて行くようにした。


 トイレの位置からして、下水処理は一階の下――地下にあるようだ。

 位置関係的に当然の位置だが、地下があると思っていなかったため、驚いてしまった。

 この世界で地下、あるんだあとアルが驚いていると、こっちだと伯爵は奥へと案内する。


「汚水処理はここで行っている」


「奥に居るあれ、何ですか?」


「下水処理のスライムだ。生ごみなんかも食べるぞ」


「へえええええ」


 うねうねとしている汚れを専門で食べるスライムを見せられ、アルは驚嘆した。

 これが水を綺麗にして流していると言われれば、なら安心かとばかりに頷いて見せた。


「納得したか?」


「はい!では、上に戻って商品を取り寄せましょう。私も垢スリだけじゃ嫌だったんです」


「?」


 垢スリと言われても通じないが、要はこの世界、靴ベラのようなもので全身から垢をこそげ落とすのだが、それについてアルは言っているのだ。

 だが伯爵はアルだから話しが通じなくとも気にしなかった。

 スキルの関係もあり、普通の子ではないと考えていたからだ。


「子爵ではないか」


「お邪魔しております、伯爵」


「う?」


 何でいるんだろうと言いたくなって、思わず口を手で閉じる。

 すると子爵はにんまりと笑みを深めてこう言った。


「何です?何か言いたげですねえ」


「何でも、ありませんよ?」


「して、どのような用件ですかな?」


「いえ、彼の方の様子を見て来いとのことでしたので」


 まあ、特に何も変わった様子もないと言ったところでしょうか?と、アルを睥睨して言う言葉に、アルはなんだかむかついた。



*****



 うぞうぞと地下室に居たイキモノが蠢くさまを見てきた。

 その為、これを使うのも今は怖くない、怖くないんだと、洗濯場にて洗い物に突っ込んだ石鹸を見て思う。

 俺は悪いことをしていない、していないんだ!と。


 一応この世界、石鹸はあるのだが、灰と獣油を使ったとても臭い匂いのするものである。

 そのためあまり人体に使ってほしくはないのと、当然だが洗い場の洗濯物に使うだけになっている。

 なんせこの石鹸、肌荒れが凄いのだ。

 しかもあまり色落ちがしないのである。

 何とも言えない決まりの悪さを覚えるものだった。


 ノールの以前着ていた服――生成りの白を洗いまくる。

 シトラスミントの香りがする石鹸だ。

 良い匂いだろう?と言えば、伯爵も子爵もなんとも心地よさげな顔をして見せた。

 ごしごしとこすっていると、生成りの白はベージュと言っても良い色をしていたのが、今では真っ白になっている。

 これは素晴らしいと彼らは言うのだ。


「これが私の知っている石鹸です。こちらの自由貿易で手に入るものですから、お義父様の持ってきたものを使ってもいいですし、私の使ってる物を新たに使っていただいてもいいです。ただ、これは手や身体を洗うものであり、洗髪するものではありませんので、ご注意を」


「洗髪用ではない? では、洗髪するとどうなるね。試してみようか」


「止めた方がいいです。凄く髪がきしきしとして、傷みます。どうせなら洗髪用のシャンプーとトリートメントを出しますから、そちらを使ってください」


 どうせだからと湯殿に誘い、三名で風呂に入った。

 瓶のボトルに入った物を用意する。

 一つはシャンプーアンドリンスで、もう一つは傷んだ髪の補修材となる、トリートメントだった。

 瓶の色違いで出て来ているので、間違えないようにと伝えてまず自分で使って見せた。

 すると今までお湯で濯ぐだけだったため、よく見れば分かるが、基本は見えない油汚れがびっしりと溜まっていたのだろう。

 シャンプーアンドリンスで洗えば凄まじく爽快感があった。

 さっぱりしたああああああああああ!

 アルは思わず叫んだ。


「そんなにですか?へえ………早速使ってみましょう」


「あ、そんな使わなくてもいいんですけど、まず手のひらに乗るくらいにしてください。それを次に頭に持って行って………目に入ると石鹸ですから痛いですよ。気を付けてください。希少ですからね!それ!勿体無い使い方しないでくださ………ああああああああああ」


「たっぷりと使った方がいいかと思いまして」


 えへへと子爵が笑いながら言われれば、アルは殺意が湧いた。

 何かわい子ぶってるんだろうこの人。


「希少って言ったじゃないですか!他所で売ってないんですよ!?しかも中銅貨1枚ですよそれで!」


 頭くると言ってやれば、ガラガラガラ――何やら背後から音がするので振り返れば、そこには何故か公爵が居た。


「ほほう、何やら聞こえたが、俺を呼ばずになにをしているんだ貴様ら」


 俺が来たと言うのに誰も迎えにも来ないでと、ブツブツ文句を言う公爵。


「おお、アーレンゾ卿ではないか。共に湯に浸かろうではないか」


「伯爵殿、宜しいですか?いやあ、嬉しいですね。婿殿は誘っても下さらないと言うのに」


「ええ!?あ……公爵閣下、どうぞ」


「今度から言われる前に誘うと良いぞ」


「はい………」


 居ると知らなかったんだから納得いかないですう。



 皆の背中を流して回るアルは、とても居心地が悪かった。

 けれどアーレンゾ公爵もそうだが、伯爵も子爵もとても上機嫌だ。

 それはその筈、髪がつややかになったからである。

 パサついていただけでなく、ごわつく髪は、綺麗な髪に嫉妬する――そんな状態の髪をしていた三人は、アルの幼い真っ直ぐな髪質に嫉妬するほどの感情を抱こうと思えば抱ける程に、ひどい髪質をしていたのだ。

 それが年齢を重ねると言う事だとは分かっていても、辛かったのだろう。

 それが髪を洗い流した途端、ツルスベになったのだから、皆上機嫌にもなろうというもの。


「髪がつるつるしてるって良いな」


「はい、閣下。これは素晴らしいモノですね」


「アーレンゾ卿。これはどれほどそちらに卸すべきかな?」


「それは………アルよ。これをこちらにも融通してほしいが、どれほどそれを出せる?」


 ん?と聞かれれば、なんだか背筋がピシッと伸びるというもので。


「一つの瓶が中銅貨一枚から二枚ですから、それ相応にお金がかかりますよ?卸すのは私の商会からにしてください」


「こやつめ、言うようになったな。では、幾らで俺に卸す気だ?」


「そうですね、貴族向けでしょうから、これは小銀貨一枚にします」


 元の値段が中銅貨一枚だけれど、貴族向けは高くしたいと言うのだ。

 フローラには花の香りを付けたものを持って行きますから、閣下の分だけ購入になりそうですね。

 何となくフローラにだけは渡したくて何気なくポツリと言ってみたところ、公爵に聞かれていたためいつもの通りに頭を掴まれたのだった。


「いぎゃあああああ!」


「何で俺は販売されてるので、フローラだけ献上されてるんだよ!俺は御前の義父になるんだよ、分かってるのかお前という奴、は!」


「いちゃいです、いちゃ………あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 後日フローラにだけボトルを持参していったところ、矢張り公爵にそれが即座にばれてゴッドハンドのお召となったのだった。

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