第3話 改
掃除がなされていない汚い部屋に文句を言えればいいのだが、いかんせん私はまだお喋りが出来ない。
ノールの言う言葉を徐々に覚えて来ているけれど、と言ったところだ。
半分近くは分かるようになった私は、控えめに言って天才ではなかろうかと思う。
どうかねノール君?
そんなノールはというと、ただいま二歳児の抱っこに忙しいらしい。
エリミヤ――母親はエリミヤというらしい。
美しい顔立ちをしており、貴族の愛人にならないかと声がかかったこともあるというが、その頃ちょうど足に大きなけがをしたとかで、その話も流れたらしいと聞く。
と言っても、近所のおばちゃんの話とエリミヤ自身の話しをくっ付けて見て、総合的に見ての判断だが。
にしても赤ん坊は泣くか食べる(ミルクを飲む)かしかないため、暇である。
工作を駆使して、近所の井戸の足元にあった床石を一つ、形状変化させ遊ぶ。
ノール程の大きさのモノは出来ないかもしれないが、私だって、小さいものくらいなら幾らでも変化させられるのだ。
くにゃりと手のひらに伝わる魔力の熱を帯びた石材が変化をしていくのを見れば、段々と自分でも笑み崩れていくのが分かる。
面白い、人に騒がれてもみくちゃにされる人生ならば、引きこもって誰からも相手にされない位でちょうどいいと、引きこもり仕様の錬金(工房で引きこもってる人が多いと言われた)、工作(同様)、農業(一人で畑仕事している人が多いと言われた)を選択したが、良い感じではないかと思うのだ。
赤ん坊の手のひらサイズの完全な球体が出来上がると、あっぶーと叫び、エリミヤにそれを渡した。
「あらあら、丸い石ころを見つけたの?良かったわねえ」
お洗濯をしているエリミヤは、足を引きずっているがその美貌は損なわれていない。
美しい母の顔を見て、アルは嬉しそうに笑うのだった。
――そんな日々が1年続いたある日のことだった。
それまでと同様の生活を繰り返していたある日のこと、お座りも行儀よくこなしていると、ノールになんだこれはと言われる。
はて、なんぞ?
と思ったが、ノールは私の手元を凝視しているのだ。
私はスキル検証をするために色々と試していた――と言ってもまだ錬金は工房を手に入れてないため出来るわけもなく、聖域は分からないため放置するしかなく、かといってお金がないため自由貿易も出来ず、力が無いため農業も出来ないのだが。
よって出来ることと言えば、工作のスキルだけ。
ノールが驚愕の表情で言う。
「小さな、馬がいる」
「あい!」
褒められたと思った私は、手元の馬の出来立てほやほやのフィギュアを手に取り、ノールに手渡した。
最近ではハイハイしたての頃に比べれば進歩したもので、躍動感溢れる馬や、野兎、獅子などを作っていた。
するとノールは手元にやってきた彫像をしげしげと見ては、涙を浮かべ――そして、最後にうおおおおおと雄たけびを上げたのだ。
「なんだこの精巧な作品は!!どこからこんなところに!?」
「えぅ?」
何故騒ぐと私はそこできょとんとしてしまった。
やれ出来がいい、これは最高級の代物だと騒ぐ騒ぐ。
ああ、子供の作った物にしては出来がいいという事かと一人納得すれば、ノールは問うのだ。
「これは、アルが作ったのか?」
と。
酷く驚いている彼に、私はそうだと答える。
「おとしゃん程じゃないでしゅが、ちいしゃいのを毎日作ってましゅた」
えっへん。
顎が落ちそうな程に驚きを示すノールのその表情を見れば、私は何かやらかしたか?と首を傾げた。
「これは、アルが、作ったんだな?」
「あい!」
再度尋ねられて、何をと思えば、ノールは言うのだ、お父さんは違うんだと。
「これは、アル、スキルで作った物だろう?」
どういう意味、だろうか?
小首をかしげてみると、ノールは被りを振ってあああああ違うんだよというのだ。
何が違うというのか、分からなかった。
「おとしゃんもスキル持ってるでしょー?」
「違うんだ、アル、お父さんはスキルは持っていないんだよ?」
お父さんはあの浴場を作った時、じゃあ何で作ったって言うんだろうと問えば、設計士だからね、お父さんは作ったけれど作ったって言わないだろう?という。
ああまあ確かにそうだねと頷く。
だがそうじゃないと言われる。
一体何が言いたいのか?
するとノールは真面目腐った顔で言うのだ。
「――アル、実はスキルというものは、持っていると貴族の子飼いになるしかないんだ。平民はスキルを持っていてはいけないんだよ。この地域(国)では少なくともそうなっている
「え、ぅ・・・・・」
ええ?????
どういうことだよ、そんなの聞いてないぞと内心仰天していると、再度父親は訊ねた。
「アル、お前は、スキルを持っているね?」
と。
それは親子の別れを示すという事なのかと思い、私は口を噤んで沈黙に耐えた。
1歳半となった今、ノールにもエリミヤにも、慣れてきた自分がいる。
それを、今更貴族なんてものが出張ってきて、自分の生活に侵食してくるだなんて思いもしなかったのだ。
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