第2話 改

 ここまで決めたら次をと言って男が改めて名乗った。


「私の名は、▽×●§と申します」


「えっと………なんだって?」


「ああ、聞き取れなくて普通なんです。生前の記憶が少々残ってる方には聞き取れないんですよ。だからそれでいいんです。ではあなたに最後に聖域の使い方、自由貿易の使い方、工作、錬金、農業の使い方を教えてからあちらに転生をさせます。いいですか?」


「ああ、分かりました。有難うございます」


「まずステータスと唱えてください、時々間違う方が居ますが、ステイタスではなくステータスです。どうぞ?」


「ステータス………」




ステータス


体力:100

魔力:15000

素早さ:22

攻撃力:25

防御力:51

器用さ:175


属性 光 闇


称号:転生者


******


ユニークスキル 聖域 自由貿易


スキル 工作 錬金 農業


「この属性は何ですか?」


「属性は魔力の属性になります。光と闇の両方は珍しいですね」


 ふむふむと手元に何かを書き記していく。

 男の手元にはいつの間にやらタブレットが握られていた。

 記していたのではなく、よくよく見れば画面をタプタプと軽い音をさせつつ叩きつけていた。


「なにを?」


「いえね、私が今後も担当するわけじゃないので、後任のためにです」


「はあ………」


 スキルの使い方をその後教わり、簡単な錬金術を教わった。


 回復薬の作り方と、簡単な蘇生薬などの作り方を教わった。

 蘇生薬ってなんだと思ったが、教えてはくれなかった。


「善行度が高いため、ユニークスキル三つにならないようにこちらも大変なんですよ」


 と何やら訳ありげに言われてしまえばもう言い返せなかった。



******



「――最後に、聖域の説明をします」


「はい」


 ワクワクとした時間の終わりを感じ取り、少し悲しくなった。

 けれど新しい生になることを予感させられ、それもまた恐ろしかった。


「では聖域ですが、これは善行を積むごとに、成長していく、成長型のユニークスキルです」


「はい、成長するのですね?」


 何が、などとは聞かない。


 ただ、それを開いて見ろと言われ、聖域を開こうとすると――


「ああ、時間ですね。ユニークスキルが二つのために、やはり説明に時間がかかりましたね。残りは実地でやってみてください」


 それではね――と手を振られ、俺はそのまま背中から暗闇に落され、意識が焼失した。


「あ、いけない。記憶消去をすべきでしたのに、しませんでした。行けませんねえ………幾ら急いでいたからと言って、きちんと仕事をしていないのは。ですがこれは………どうしようもないですね、生まれてしまっていますから」


 仕方ないと言って男は手元のタブレットの画面を閉じた。


 彼の行く末が輝かしいことを祈る、そう言って、にまりと笑みを浮かべた男は、何処かその作り物めいた笑みとは異なり、楽し気だった。


******



 赤ん坊からやり直すとかシャレにもなりませんが!

 が!!


 そりゃあ新しい生と言われているのだから、当然そうなるのは分かってはいたが、それでもだ、記憶があって赤子になっているのはまた別問題だと思う。


 アル――と呼ばれることになったが、それがまだ名前と思えず何とも気まずい思いをしている。

 親に呼ばれるも返事が出来ないのだ。

 それは私の名前ではない、とまでは言わないけれど、その名前を呼ばれても返事を出来ないでいる。

 抵抗してしまうわけでもないが、妙に感じるのだ。

 やっぱり日本人だったから、だろうか?

 和名であるわけではないために、違和感を抱くのか?と思うが、今更行っても詮無き事であろう。


「あぶ、あぶうううう」


 どうやらこのセカイは、石造りの家屋が普通なのか、家の外に出ても中に居ても、天井は石材であった。

 窓はあろうが、それは木枠に木の扉のようなもので、小さな閂のようなものをして扉を閉める。

 妙に頑丈なつくりだなと思いながらも、ハイハイまで出来るようになり、活動域が広がった私は、周囲を確認しては落胆するのだった。


「ああああああああああああああっぶううううううううううううううううう」


 地面はじゃりだらけ、それが室内。

 そして窓にはカーテンがあるわけもなく、吹き晒しである。

 木の戸を締めなければ開けっ放しでガラス戸があるわけもなくだ。

 ただし湯殿があるという。

 大衆浴場があると聞いてウキウキだった。

 ただし床の砂利、おめーは許さねえ。

 ギルティと唱えていると、オムツを取り換えられたのだ。

 水洗式の下水管理がされているらしいと聞けば、歓喜したものである。


 ハレルヤ!


「おお、何だ、アル。嬉しそうだな!父さんも嬉しいぞ!!」


「っきゃああああああああああああ」


 嬉しくてあまりに嬉しくて、小躍りをしていれば――実際には腕を振り上げるだけではあるが――父親である、ノールが嬉しそうに相好を崩してこれまた嬉しそうにしている。

 ノールは深い青――群青とまでは言わないけれど――な髪色をしている好青年と言った所。

 彼は俺を第二子だと喜んでくれているのだ。

 第一子とはまだ会ったことはない、なぜなら子供はまだ二つということで、力加減が出来ないからだ、などと言っていた。

 ナニソレ怖い。


 どうやら今の時代は穏やかな時代らしく、子連れでの大衆浴場への入浴に周囲の者達は穏やかな顔を浮かべていた。

 どの顔も笑顔だ。

 生前の苦し気な表情を沢山思い浮かべてしまうのは、その落差を見たからだろうか?


『先生、俺明日は生きてますかね?』


 そんなことを問われた日もあった。

 初めての手術の日は眠れなくなった。


 医者という職業柄、体調不良の浮腫みがおなどは良く見たものだ。

 戦地にて医療をと言われた事はないが、それでも医療の届かない僻地に連れて行ってもらったこともある医者だった。

 だから分かる、ここは良い国だ。

 皆笑っている。

 不満は大小あれど、それでも笑っていられるのだから素晴らしい。


 ここは、良い国、なのだろう。


「あぶ」


「アル、ここが大衆浴場だぞ?父さんが作った浴場だ。どうだ?」


「あぶ」


 返事何て面白くもない赤ちゃん言葉に何を思ったか、そうだろうと胸を張るノール。

 もしや工作を彼も持っているのだろうか?

 そして石材を変形させ、これを作った?


 ふむ、成程。


 因みに私の将来の夢は引きこもりだ。

 ユニークスキルが二つという時点で相当な稀な存在であると彼にも言われていることだし。


 だからここで父親の工作を見ることが出来て良かったと言えよう。

 工作とは――物の変形、物質に造形を加えるスキルの事を言うらしい。

 人によってはそこに魔法付与が出来るとのことで、私はここまでスキルを勉強していた。

 その段階で私は素晴らしい手際であると言われたことを思い出す。

 ――が、しかしだ、


「あぶあぶー」


 先輩よろしくお願いしますと、ハイハイが出来るようになったばかりで、重い頭だと理解したその可愛らしい小さな頭をこてんと下げると、父親ににぱーっと笑顔を向ける。

 先輩をリスペクトするって大事。



『ええと、済みません、今宜しいですか?』


「あぶ?」


 なんだ!?あの時の男性の声じゃないかと驚きに目を見張ると、あの時の男は声だけでこういうのだ。


『実は記憶を消滅させてから送り込む必要があったのに、それをせずに転生をさせてしまったんですね、そのためあなたを私が今後サポートします』


「あっぶうう!?」


 記憶消去?消滅?どういうことですかと問えば、男は言うのだ、それが普通なのだと。

 だがしかしそれでは覚えたての錬金などのスキルはどうしたらいいのかと問えば、それは普通の人よりも出来が良く覚えが早いになるという。

 ああ成程、では私は最初から教わるまでもなく出来るのだから、おかしいとなるわけか、とここで遠い目をしてしまった。

 目立たず生きていければいいのかなと、今生ではゆっくりとした日々を送りたいので、そんなことを思っていれば、無理じゃないかなーなどと言われる始末。

 何故だよ。


『まあ、気にせずにいらしてください』


「?」





 ずりばいで薄汚れた身体を丁寧に洗って貰えれば、俺はノールに感謝をささげた。

 今なら嫌いな頬を摺り寄せる行為もokしてやろうというモノだ。

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