第3話 舞い降りる天使(3)

 イルキア基地でレオの乗る高性能機アンゲロスに撃墜され撤退したシャレティ・アニクウェスは基地へと帰還していた。


「無事だったか、アニクウェス中尉。」


 戦闘機のような脱出ブロックのガラス製のキャノピーを開けると中年の整備兵が手を差し出してくれる。


「ありがとうございます。ただ機体の方はすみません。」


 彼の手を握ると立ち上がり機体から降りる。


「いや、今回に関しては仕方が無い。なんせイルキア基地を攻撃した部隊が全滅したからな。」

「全滅ですか!?」


 整備兵の言葉に思わず大声を出してしまう。


「あぁ。聞いた話だとどうやらたった一機の新型のデヴァイン・アームにやられたらしい。」

「もしかして……。」


 自分がやられたときの機体が頭に浮かぶ。


「アニクウェス中尉もその機体と戦ったのか?」

「はい。戦闘データも残っているかと思いますが。」


 整備兵はその答えに考えるような仕草を見せる。


「そうか。だとしたらかなり貴重なデータになるな。それなら中尉もすぐさまイルキア基地に再出撃かもな。」

「というのは?」

「どうやら上層部も今回のことはかなり重く見ているようでな。どうやら戦艦をも組み込んだ空母打撃群をイルキア基地へ送り込むらしい。」


 それは共和国としてかつて類を見ないほどの大戦力を一つの場所に集めることに他ならなかった。


「ということはイルキア基地を焼き払うと?」

「そうだな。恐らく新型機の技術も欲しいだろうとは思うが、それ以上に脅威だと感じたんだろうな。」


 ここまでこの整備兵が知っているということは数時間後には再度出撃かとシャレティは嘆息した。



「レベッカ・ラッツ中尉。お久しぶりです。」


 司令室に呼ばれたレオ・ミュラーは扉の前に立っていた女性士官に声をかける。


「ミュラー少尉。久しぶり。」


 レベッカは振り向くと少しだけ微笑む。その笑顔が相変わらず綺麗だなと思う。ただ彼女の自慢であろうミルキーブロンドの髪の手入れがあまりしっかりされていないのと表情が少し暗いことが気になった。


「久しぶりね、ミュラー少尉。こうして話すのは前の飲み会のとき以来かしら。」

「そうですね。そうなります。」


 ただ彼女の声は以前会ったときと同じように凛としていた。


「今回は凄い成果を上げたわね。」

「ありがとうございます。」


 その問いかけに今度は彼の顔が曇る。

 レオからしてみたら今回勝てたのは機体性能のお陰であり、自分じゃなく他の人が乗っていても勝てたのだと思っていた。


 だから自分の成果ではないという思いがあった。


「それにしても話ってなんなのでしょうね?」


 そんな彼の雰囲気を察したのかレベッカは話を変える。


「中尉もですか?」

「じゃなきゃここに来ないわよ。とりあえず中に入りましょうか。」

「はい。」


 彼女は扉の前にあるインターホンのような端末を操作する。


「第三中隊所属レベッカ・ラッツ中尉です。レオ・ミュラー少尉も一緒にいます。」

『中に入ってくれ。』


 自動扉が開く。


「失礼します。」

「失礼します。」


 レベッカがお辞儀するのに合わせてレオもお辞儀する。


「二人とも同時に来てくれたのなら丁度いい。まずはミュラー少尉。今回の働きは見事だった。」

「ありがとうございます。」

「あの機体があるのならば、今後も帝国は安泰だろうな。」


 そこに憂いがあるのに気づく。仕草などはどこにも不自然なところはなんとなく雰囲気から歓迎されていないことは分かった。

 だからといってそれをレオはここで指摘する気にはなれなかった。


「それで本題に入らせてもらおう。まずアンゲロスだがあの機体は一旦パイロットを認めると変更することはできない。だからあの機体は貴官に預ける。」

「ありがとうございます。」

「だが分かっているとは思うがあの機体を通常の部隊に組み込めない。かといって一人ではキツイだろう。そこで戦場でのサポートは彼女に任せることにする。」

「サポートですか?」


 レオはレベッカの顔をチラリと目で確認する。


「あぁ。あの機体は稼働時間が30分程度だからな。なにかあったときには色々と手間がかかるだろう。そのためラッツ中尉にはサポートに入ってもらいたい。これについては寧ろ栄転と思ってくれ。私達としては君の能力はしっかりと評価をしているつもりだからな。そのための新型機も用意してある。」

「ありがとうございます。」


 レベッカはそう返すものの、その声はあまり嬉しそうなものではなかった。


「話は以上だ。」

「ありがとうございます。失礼します。」

「失礼します。」


 入室時と同じように彼女の後を追って部屋から出る。ただ彼女の雰囲気は明らかに入る前と違っていた。

 だから彼女が振り向いたときに思わず緊張をしてしまう。


「これからよろしくね、ミュラー少尉。」


 その言葉に彼は頷く以外無かった。



「それで今後についてだけど、部屋も私の隣の部屋に移動とのことよ。」


 レベッカはレオと一緒にイルキア基地の廊下を歩きながら今後の流れを説明していた。


「そこまで徹底的なんですか。」

「みたいね。上の方もあの新型機にはかなり力を入れているみたいだし。」


 一体どれだけの期待を上はしているのだろうかと気になってしまう。


「それにしてもあの機体ってそんなに凄かったの?」

「一言で言えば圧倒的でした。」

「圧倒的?」


 他になにか言葉は無いのだろうかと気になってしまう。


「はい。ライフルだけでも並の機体であれば撃破できる威力です。それに加えて音速を優に超える速度、そしてそれを一瞬で達する加速力、敵と切り結んでも一方的に切り落とすパワー。どれをとっても圧倒的です。」


 そこまで聞くと圧倒的という言葉は適しているなと思う。


「そうなんだ。」


 ただそれだけの機体を一人しか使えないというのはどういうことなのだろうかと彼女は思う。ただこれについてはレオに聞くよりももっと上の方に聞いたほうがいいのだろうなと思う。


 そこまで考えたあとにふとレオが入ってきた時期を思い出す。そしてこの一年半基地では戦闘が無かったことを思い出す。


「あれ? そういえば少尉って今回初めて敵を撃墜した?」

「はい。」

「というか初陣だっけ?」

「そうなります。」

「そっか。それじゃ今晩空いてたりする?」


 この基地の伝統である初出撃や初めて敵を撃墜したときには先輩がそのパイロットを労うというものがある。

 そしてこの場合その役目は彼女以外にできるものはいなかった。


「はい。空いています。」

「ならそのまま空けておいて。」

「分かりました。」

「じゃあまた時間になったら呼ぶから、それまで部屋で休むなり寝るなりしていてもいいわよ。」

「ありがとうございます。」


 彼はそう言うと、自分の部屋に疲れた足取りで入っていく。


「隊長の役目も教える役目も私なんだろうなぁ。」


 どうやってやろうかなぁと彼女は考えながらも自分の部屋に戻った。



『今回の目標は敵新型機の破壊だ。それを忘れるな。全機攻撃開始!』


 シャレティ・アニクウェスは母艦からの攻撃指示に従いイルキア基地への攻撃を行う。その攻撃は今朝行ったものとは異なり様々な砲弾による攻撃であったため一瞬で基地は火の海になる。

 彼もまた共和国の主力量産機であるクー・ド・ヴァンに乗って基地への攻撃をしていた。


「今度はあの機体を破壊してみせる。」



「ようやく寝れる。」


 夜勤明けからの戦闘に続き色々なことをしていたためいつの間にか時刻は夕方になっていた。

 自室の布団の温もりがいつもより優しいなと思いながら目を閉じる。


 その瞬間再び基地内にサイレンが鳴り響く。


「またかよ!」


 慌てて飛び起きるとアンゲロスがある格納庫へ走るため廊下に出る。

 すると同じようにレベッカも外に出ていた。


「中尉!」


 レオは彼女の元へ走り寄る。その瞬間大きな爆発音と衝撃が走る。

 その揺れに耐えきれず彼はその場に座り込んでしまう。

 そしてすぐ後ろを見ると、彼の部屋は火の海になっていた。


 このときになって彼は初めてこれは戦争なのだという実感を得る。モニター越しではなく肉眼で見るのに加えて臭い、周囲の温度から恐怖を覚える。


「少尉、大丈夫? 怪我とかしてない?」

「すみません。少し腰が抜けちゃって。すぐに戻りますので……。」

「そんな時間は無い。」


 彼女はそう言うとレオの首根っこを掴み走り出す。


「走れるようになったら言って。手を離すから。」

「すみません……。あ、走れそうです。」


 足の筋肉が動きそうな感覚があったのでそう言うとすぐに手を離される。


 同時にレオは立ち上がると彼女を追いかけて走る。


 何回か障害に阻まれながらも格納庫につくとアンゲロスと見たことのないもう一機のデヴァイン・アームがあった。レベッカはその機体に乗り込むのであれが彼女の機体かと納得しながらも彼も自分の機体に飛び乗った。


《起動シーケンスは完了しています。》

『ミュラー少尉、そっちはいけそう?』

「はい。問題なく。」

『よし。じゃあまず外に出て戦況の確認を』

《その必要はありません。先程の敵部隊による攻撃で基地の能力は失われました。司令官も戦死しています。ここはイレスコ基地への撤退を進言します。》


 レベッカの言葉を遮ってアンゲロスが喋りだす。


「そんなことあるわけ無いだろ!」


 それをレオは否定した。


『いや、その可能性は高いわ。』


 しかし彼女は冷静にその判断を受け入れた。


『ミュラー少尉、イレスコ基地に行きましょう。』

「ですが、あそこにはまだ味方が!」

『無理よ。例えあなたが全機倒したところでもう防衛能力は無いのよ。結局は何回も攻め込まれて終わるだけ。』

「それは……。」


 レベッカの言うことは最もであった。しかしまだ仲間がいるという思いもあった。


「ですが、それでもまだ!」

『周りを見なさい!』


 レベッカの大声に身体が一瞬強ばる。そして周りを見る。既にイルキア基地は炎に包まれており、友軍も、通信すら一つもなかった。


「すみません……。」


 そのときコックピットにアラームが鳴り響く。それを上空に浮き上がり回避する。


 そしてレベッカの機体の後ろにつくとイレスコ基地へと進路を進める。


 彼は後方で燃え盛るイルキア基地を見ながらも再びここに戻ってくることを決意して機体を進めた。

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