第2話 舞い降りる天使(2)
レオ・ミュラーはイルキア基地の地下道を、ペンライトの明かりを頼りに歩いていた。
地下道内に鳴り響く爆発音からまだ戦闘が終わっていないことを感じながらも、通信が切れる前に支援AIであるズーヘンが示した道を歩いていく。
「この辺か。」
曲がり角の場所を見ると鉄製の錆びついた古い扉があった。手で触れると今にもこわれそうなものだったので、強引に開けようとする。しかし扉自体がとても重く、手に錆がつくだけで開きそうも無かった。
どうしたものかと困っていると扉が自動的にゆっくりと開く。
それに違和感を感じながらも中をそっと覗き込む。すると通路が続いていた。
ゆっくりと一歩ずつ、周囲に敵や障害はないか確認をしながら進んでいく。
そうして歩いていると急に目の前が明るくなる。
敵がいると判断し、近くにあった物陰に身を潜めながら周囲を伺う。
すると目の前に一機のディヴァイン・アームが鎮座していた。
「これは……。」
周囲に敵がいないことは確認できたので物陰から出て機体をよく確認しようとする。
その瞬間まばゆいLEDの光が白い機体を照らす
その光の反射がとても眩しく、レオは目を細めた。
《ご足労いただきありがとうございます、ミュラー少尉。》
電子音声が古びた室内、いや格納庫に響く。その声は普段彼が使っているズーヘンの電子音声と同じ音であった。
「これは一体なんなんだ、ズーヘン。」
《我々AIが開発した最高傑作です。》
「最高傑作? AIが開発?」
《はい。この機体は我々が開発した次世代のディヴァイン・アームです。その性能は現在のディヴァイン・アームとは一線を画しています。》
「俺にこれに乗れと?」
《はい。この機体はあなた以外には扱いこなせないでしょう。それにあなたが生き残るにはこの機体に乗るしかありません。》
その言葉とともに目の前の機体のコックピットハッチが開く。それはまるで彼を受け入れてくれるようであった。
レオは一度だけため息を吐くと覚悟を決めるとハッチから潜り込む。
「内部は今までの機体と変わらないな。」
そう思って操作用のハンドルに手をかける。すると上からヘルメットのような半球が現れ頭を覆う。
同時に勝手にコックピットハッチが閉まり、足の間から生えるように出ているタッチパネルが光る。
《生体認証システム起動。以降本機のパイロットはレオ・ミュラー少尉が担当。》
今までのズーヘンの男性的な声から変わり女性的な声になっていた。
「起動方法は?」
《現在機体を起動しております。終了するまでこちらのマニュアルをご参照ください。》
その言葉と同時に彼の脳内に直接操作方法が現れる。それには機体の動作はスラスター類や引き金を引くとき以外は脳波で操るという説明であった。
「なんなんだ、この機体は……。」
今までには無い感覚に吐き気を覚えるもなんとか耐える。
《起動終了。続いてカタパルトハッチ開放、機体ロック解除。》
人工音声が機体内に鳴り響く。
《進路クリア。オールグリーン。射出タイミングはミュラー少尉に譲渡。》
その言葉を聞くとレオはスラスター用のペダルをゆっくり踏む。同時に機体は音速を超える速度で上昇した。
*
「あの機体は、現在開発している……。パイロットは誰だ!?」
イルキア基地の司令官であるノート・ベルクは椅子から立ち上がる。60歳に差し掛かろうとしている彼は空高く上ったその機体みてを年齢に合わない驚き方をしていた。
「レオ・ミュラー少尉です!」
オペレーターが答える。
「あの機体、アンゲロスが彼をパイロットとして認めたというのか!?」
その言葉には驚きと同時に焦りが含まれていた。
「はい。」
その一言に彼はよろけるように司令室にあった椅子に倒れ込むように座った。
*
「完全飛行している?」
レオは今まで乗っていた帝国のデヴァイン・アームであるガイアと異なり完全飛行していることに驚くと同時に満足感を得ていた。
しかしその感慨も直後に敵からロックオンされたという音とともに消える。既に彼には何機もの機体がライフルを向けていた。
「ヤバい。この機体、これだけ機動力があるということは軽いんだからあんなのまともに喰らったら……。」
そう思って回避をしようとするも既に敵からの攻撃は始まっていた。量産機であるガイアであれば一発で撃破可能な敵のライフルの弾が全弾命中する。しかし機体には損傷の表示もなく、ましてや直撃した衝撃すらも来なかった。
「当たらなかった? いやそんなことは……。」
その現象に不思議さを隠せない。ただ目の前の敵が再びライフルを撃とうとしているのが見える。
「来る。」
その瞬間機体を一気に上昇させ回避する。レオの機体を見失った敵のうちの一機に狙いを定める。
右腕に搭載されているライフルを撃つ。
銃弾は敵や味方の持っているライフルの弾と異なり、爆発的な速度で周囲に静電気による青白い光を出す。そのまま敵機の頭部から胴体を貫通し爆発する。
「まず、一機。」
初めての撃墜に対し考えることもなく次の敵へと狙いを定めると次々と撃破していく。そこに初めての撃破といった感情はなく、ただ敵を撃破していく作業であった。
*
『アニクウェス中尉。さっきからエリア42で味方部隊がやられている。恐らくあれが敵の新型だ。確認に向かってくれ。』
イルキア基地の防空システムを破壊していたシャレティ・アニクウェスは部隊長の言葉に不満そうにする。
「了解です。自分にも獲物、少しは残しておいてくださいよ。」
『分かっている。』
この答え方は絶対に残しておいてくれない残し方なんだよなぁと思いながらもレオのいるエリアに向かった。
「あの機体か。」
上空から一方的に攻撃をしているレオの機体を見つける。
「帝国も完全飛行タイプの機体を作っていたということか。だがその程度では。」
機体の高度を上げるとレオの機体をロックオンするとライフルで撃つ。しかし銃弾は装甲に当たると何事も無かったかのように跳ね返されていた。
「角度が浅くて跳ね返されたのか? 確かに曲面が多いからその可能性は高いか。」
もう一度撃とうとするが、そのときには既に視界の外にいた。
「どこに……、後ろか!」
コックピットに鳴り響くアラーム音に機体を反転させる。
そのまま敵からの攻撃を防ぐため左腕に搭載されている機体の全長ほどある大型のシールドを前に出す。
同時に敵からの銃弾がシールドに当たる。普通であれば、シールドに直撃して銃弾は弾き返されるだけであった。
しかし今回はそれとは異なっていた。青白い光を放つ銃弾が直撃しているシールドが徐々に赤熱していく。
「マズイ。」
機体の左腕を動かして物理的に敵の弾を跳ね飛ばす。
「なんなんだ、この機体……。明らかに今までの機体と動きが違う。」
形が歪んだシールドを一瞬だけ見るものの敵への意識を向ける。
そのときには西洋風のサーベルを右手に携えていた敵が目と鼻の先にいた。
「舐めた真似を!」
正面から斬りかかられるのでそれをシールドで受け止める。しかし、そのシールドにどんどんと敵の刃が入っていく。そして機体にもその斬撃が届いていたのを振動から把握する。
「クソ! ベイルアウト!」
機体の下半身が上半身から落下し形を変え飛行機のようになる。
そのままシャレティは自分の母艦の方へ逃げる。
その機体をレオは追うことはせず、すぐに次の機体へとターゲットを変えていた。
*
「これで!」
何機目か分からない敵のデヴァイン・アームをサーベルで破壊したレオは周囲を確認する。
「次の敵は……いないか。」
レオ・ミュラーは敵がいなくなったことを確認すると機体をゆっくりと地面に降ろした。
「一体、この機体はなんなんだ?」
コックピットの中で一人そう呟く。
《この機体はAN-00、機体名アンゲロスです。》
「そういう意味じゃない。」
《この機体は我々AIが従来のデヴァイン・アームを一掃するために開発した機体です。》
「従来の機体を……一掃?」
不穏な言葉にレオは思わず尋ね返してしまう。
《はい。この一機でこの世界全てのデヴァイン・アームを相手にして勝てます。この機体はそういう機体です。》
その回答はレオは絶句させるには十分であった。
《そしてミュラー少尉、あなたにはこの機体を扱うに相応しい人間です。》
「待て。この機体は全員が扱えるわけじゃないのか?」
《はい。この機体を動かすにはまず身体的な適性が必要です。次に人間性です。そしてあなたはそのどちらもクリアしこの機体に相応しいと判断しました。》
その言葉にどこか白々しさを感じる。
「なにが目的だ?」
《その回答は私のプログラムには組み込まれていません。》
「なら、お前のプログラムを作ったのは誰だ?」
《そちらはトップシークレットになっています。それよりもミュラー少尉、イルキア基地司令官のノート・ベルク大将がお呼びです。》
「ベルク大将が?」
《はい。この機体のことについてのお話だと思います。》
なんとなく嫌な予感がするなと思いながらもレオは機体をゆっくりと地面に降ろした。
*
「敵部隊、全滅しました。」
攻め込まれていたイルキア基地の司令官であるノート・ベルクは攻めてきていた敵部隊がいなくなったことにとりあえずは安堵する。
「しかしあの機体が出たということはもう対外的に隠し通すことはできないということだ。どうするべきだと思う、ナスター大佐。」
右隣にいる壮年期の副官に尋ねる。
「そうですね。一番いいのは監視役をつけることかと思います。エンゲロスの力は強大です。その気になれば国の一つや二つ簡単に占領できますし。」
「そうだな。それが一番いいか。誰か良さそうな人物はいるか?」
ナスターは顎髭を触りながら考える様子を見せる。
「ラッツ中尉はどうでしょう? 彼女はこの国への忠誠心も厚く信用できます。それにあのくらいの年代の少年を扱うのも慣れていますから。」
「よし。それでいこう。ミュラー少尉をこの場に呼んでくれ。それとラッツ中尉はナスター大佐、任せてもいいか?」
「はい。」
そうして司令室から出ていったナスターを確認するとベルクは両手を組んで祈るようなポーズで額にあてる。
「後はこれでうまく制御さえできればこの戦争は勝てるな。だがパイロットがなぁ。本来であればこの機体は皇帝陛下に献上し奉るものであったというのに……。」
ただそれだけが心残りであった。
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