魔王の弟子-2
周囲の反応にシーナの表情は凍る。何か不手際があったのか、どうして疑いの眼差しが集中するのか。理由は定かではない。三人が沈黙する中、女性教諭が口を開く。
「折角自己紹介をしてくれたのですから、拍手くらいしてあげなさい」
警戒も疑念も嘲笑も侮蔑も、何も含まない声色。残念なことに、教師の一声は生徒たちへ届いてはいない。
「……おかしいですね。皆さん何か気になる点がありましたか? 挙手をして構わないので理由を話してください」
すると生徒の中から一人手が挙がった。額から二本の角を生やしており、尖った先は赤みがかっている。艶のある白髪と桃色の角が特徴的な青年。
「その三人が魔王の弟子というのは事実なんでしょうか? いくら黄昏の魔王の──学園長の推薦とはいえ、パープレア大樹海から来たというのは信用なりません」
三人を信用できない、もしくは嘘つきである。生徒たちの内心はそのいずれかであった。
シーナの表情は曇るが、軽く息を吐き出すとカッと目を見開く。
「……確かに仰る通りだと思いますし、疑われてしまうのも無理はありません」
生徒の鋭い視線が突き刺さる。集中砲火に肌がピリピリと痛む。シーナは頷くともう一言二言付け足した。
「パープレア大樹海は到底、人間が生活していくには過酷な環境です。ですが皆さん、とある噂を耳にしたことはありませんか? 華の精が願いを叶えてくれるという噂を」
生徒たちの表情が一変する。瞳孔を白黒反転させて驚く者も中にはいたくらいだった。噂は北の大地まで響いていたため、シーナの発言は現実味を帯びてくる。
「私たちは華の精に──不殺の魔王に、命を救われたのです」
初対面ながらもシーナは真実を打ち明けた。その両隣ではマグとノリアが首を縦に振る。
「不殺の魔王……まさか魔王が、華の精の正体だったなんて。それなら学園長が推薦したのも頷ける」
何処からかともなく誰かの呟きが聞こえた。
三人は改めて一礼すると女性教諭に指示を仰ぐ。すると自身の片手を差し出してきた。
「私はダークエルフのシノメといいます。これからよろしくお願いしますね、三人共」
順番にシノメと手を握る。握手を終えるとシノメは教室の端、一番奥の空いた席を指差した。ちょうど三人分座ることのできる幅である。
「三人はあちらの席に座ってください。授業を始めたいと思います」
窓側から順にノリア、シーナ、マグが並ぶ。シーナの隣に座ろうとしたところで、シノメと目が合うのを感じた。首を傾げる素振りを見せると、シノメの口元が綻ぶ。
それから間もなくしてシノメは教壇に立つ。
***
授業の一コマが鐘の音とともに終わりを迎える。講義を聞きながら必死にメモをとるマグだったが次第に眠気を誘われてしまい、つむじが前を向くこととなった。授業後に目を覚ましたマグは両方の腕を持ち上げて伸びをする。
「……やっと一限が終わった。授業時間って意外と長いんだな」
すると一席またいで端の席、ノリアがシーナの影から顔を乗り出させた。
「お兄ちゃん眠ってたでしょ。最初の授業なのにー」
「うぐっ」
心臓の辺りを片手で押さえ込んで苦しむ素振りをする。マグの拙い演技も相まってか、ノリアはゴミを見るような目でマグを見下ろした。脳裏を過った台詞を喉奥に押し込めて溜め息として吐き出す。そして隣に座るシーナへ
「それにしてもシーナさん凄いよね。ずっと背筋が伸びてるもん」
「そうかしら? 普通のことじゃない?」
「ぐはっ!」
当然とばかりに正論で返すシーナ。マグの心に更なるダメージが加算される。胸の辺りを押さえながらプルプルと震えていた。曲がった背筋がその心境を代弁している。
コツコツと近づいてくる足音。咄嗟にマグは前を向く。
──炎が轟音を立てて燃えていた。静かに沸々と。
笑顔を顔面に貼り付けながら激怒するシノメの姿がそこにはあった。
「──マグさん」
「……ぇ?」
「後ほど、私のところへ来るように」
威圧を含む言葉に悪寒が全身を走る。コツコツと足音を立てながら、シノメは教室の外へ出ていった。マグが肩を落としたのは言うまでもない。
二限目が無事に終わると昼休憩の時間となった。各々昼食を摂る時間になるが、マグだけは違う。
「それじゃあ先生のところに逝ってくるわ。二人は先に飯でも食べててくれよ」
「分かったわ。でも死なないでよ? いいわね?」
念を押すシーナに力無く手を振り返す。職員室の前まで来たところで、マグは重たい扉を開けた。
「失礼します」
「はい、待っていましたよ」
すると部屋の一角で書類整理を行うシノメの姿があった。
「あなたを職員室に呼んだ理由は授業中に眠っていたからという理由ではないので、肩の力を抜いて頂いて大丈夫ですよ」
「は、はぁ……」
椅子を用意してマグを座らせる。それからシノメは本題を切り出した。
「昔、私はある国に仕えておりました。残念ながらその国は滅びてしまいましたが、王には二人の子供がおりました」
シノメの突飛な話にただ耳を傾けるマグ。妙な緊張感に冷たい汗が頬を伝う。
「まさかこのような場で再会できるとは本当に思いも寄りませんでした。マグさん……いいえ、マグ=オーバット様」
シノメはまるで母親のような表情でマグを見つめていた。
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