魔王の弟子-1

 明朝。何時いつにも増してシーナは早くに目を覚ました。雪国ということもありまだ空は暗い。改めてここが異国の地であると実感させられる。樹海での生活ならば朝食の支度や川から水を汲んだりするところだ。

 どのように朝の時間を過ごすべきか、シーナは迷っていた。


「マグとノリアは……まだ、寝てるだろうし」


 森の中に比べると空気は湿っており、冷気が喉奥をつんと刺す。


「ふぁ……」


 欠伸をするだけで寒い。

 リンフィアから貸与された家は魔石で加熱できるコンロに加え、水を出してくれる魔道具など一式が揃っている。シーナは軽く溜め息をつくと台所へ向かい、お湯を沸かし始めた。水を張った鍋を火の上で転がす。

 昨日のうちに買い込んでおいた肉や野菜を鍋の中に放り入れる。ぐつぐつと煮込んでいると、匂いにつられてなのかマグとノリアも顔を覗かせた。まだ眠たいようで二人は目をこすりながらシーナへ挨拶。


「二人共、おはよう」

「……シーナはいつも朝が早いよな」

「まあね。慣れればこの方が楽よ?」


 そう答えながらシーナはひとつまみの塩と胡椒を鍋の中へ入れた。五分ほど煮込んだ後に匙で味つけを確認。


「ん……! 問題なさそうね」


 スープの味付けに満足気なシーナは中身を傍らのお椀へ移す。お玉で三回、三つのお椀に盛り付ける。


「二人ともできたわよ」


 厚切りのパンを一枚ずつ用意して、朝食を摂り始めた。


「……甘い?」

「シーナさん、とても美味しいよ!」


 買った野菜は異様に甘く、口元が思わず綻んでしまう。自ら料理したシーナとて野菜の甘さに驚いていた。

 会話の数は少なくなり、舌鼓を打ちながら匙を口の中へ運ぶ。


「不思議よね。どうしてこうも甘いのかしら」


 シーナは口元を押さえる。

 食事を終えると三人はリンフィアから渡された制服に袖を通す。

 厚手のブラウン生地で綺麗に仕立てられたブレザー、艶のある白い布地から作られたシャツ、そしてダークグレーのズボンとスカート。

 鏡を確認して再確認できる生地の上品さ。とても高価な部類に入ることは想像に難しくない。鏡で自分の姿を確認した三人は戦慄した。


「っ……行くわよ。二人とも」

「おう」

「うん!」


 どこか神妙な面持ちのシーナにマグ達は続く。


 学園の門前から学舎を見上げると改めて実感する。煉瓦造りの建物と舗装された道、一つ一つ異なる大きさの煉瓦が細かに並んでいると。入口を閉ざす黒色の格子には若干の赤錆が生えていた。


「ええと、編入生のシーナさん、マグさん、それにノリアさんですね。そこで少し待ってて下さい」


 門の横手の小さな部屋。モノクルをかけた壮年の男が窓の奥から顔を覗かせていた。クイッとモノクルを持ち上げると手元の名簿に印を入れる。


「──ようこそ学園へ。私たちも貴方たちを歓迎します」


 眼前の門が開く。黒い鉄格子が折り畳まれる様子はどこか歴史を感じさせられた。シーナ達は誘導されるままに学舎の中へ踏み出す。道脇には花壇があるがすっかり雪を被っており、花弁を拝むことができるのは大分先のことになりそうである。


「あそこの花壇には何が生えるんだろうか? 寒いから植えられる花も少なさそうだ」


 マグの口から思わず飛び出した。

 それこそ今まで教えを乞っていた人物が『花の精』なのだから不思議と視線が吸い寄せられてしまう。マグの一言にシーナも首を傾げるが結局、冬に咲く花については分からずじまいだった。


 ***


 教室の扉を挟んで外の廊下。三人はドアを開けること躊躇っていた。見ず知らずの者しかいない部屋の中に入るのはどうにも緊張する。背筋はピンと伸びてくれるが、両肩に巨大な岩が乗っている感覚だ。

 ──重苦しい。言葉にはせずとも三人の心境は一致していた。


「編入生を紹介します」


 内側から教諭の一声が聞こえる。あと少しで呼ばれるだろう。三人の胸中は高鳴っていく。


「それでは三人共、中に入ってください」


 女性教諭が半分ドアを開けて小声で指示を出す。示し合わせた通りに頷き返すと、三人は扉の内へ一歩踏み出した。


「シーナさん、マグさん、ノリアさん。自己紹介を」


 教諭は手のひらを順にトン、トン、トンと肩の上へ。そして一言囁いた。


「……肩の力は抜いて、ゆっくりで大丈夫ですよ」


 そっと深呼吸。三人は各々、口を開いた。


「シーナと申します。パープレア大樹海から魔法薬について学びたく、遥々こちらへやって参りました。よろしくお願い致します」


「……俺はマグといいます。魔法について沢山のことを学べたらと思っている。よろしくお願いします」


「ノリアです! 私はマグの妹で、お兄ちゃ……兄と共に礼儀についても学んでみたいです。よろしくお願いします!」


 貴族令嬢に引けを取らない丁寧な所作で挨拶を行うシーナ。言葉遣いを途中で忘れてしまったマグ。ひたすらに明るく振る舞うノリア。


 三者三葉の自己紹介に生徒たちは怪訝な表情を浮かべていた。

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