第二部
第一章 大烏の都
魔王の望み-1
シニカの待つ樹海へ帰ってきた。
「この色も変わらないわねー」
「お、おう。そうだな」
パープレア大樹海は依然として紫色の木々が鬱蒼と茂っている。その最奥でシニカは腕を組み待ち構えていた。シニカは若干頬を膨らませており不満げである。
「まったく心配しましたよ。それにしても無事で何よりです、三人共」
「心配と不安で一杯だった」などと口にすれば皆に驚かれるに違いないとシニカは思う。しかし普段通りの言い回しでありながら、声は若干うわずさっていた。
「もしかして、泣いてる?」
と、マグの一言。
シニカは直ぐに否定したが、目元が潤んでいるのは一目瞭然だった。
「ありがとう、シニカさん」
「ええ、三人共よく頑張りましたね」
感謝の言葉に涙が頬を伝う。シニカは号泣していた。
「それにしても孤高の魔王まで垂らし込むとは。シーナ、貴女という子は……それに帰り道」
「シニカさん見てたの!?」
シーナが素っ頓狂な声をもらす。その後ろでは、口に含んだ水で噎せるマグの姿があった。さらに両手で頬を押さえ赤面するノリアの姿も。
「ええ勿論。貴女がキスをするところまでバッチリと」
「い、いやぁぁぁぁぁぁ!! 恥ずかしい!」
虚空に絶叫するシーナ。
悶える様子を嬉々として眺める
「お兄ちゃんしっかりして」
くらりとよろけたマグをノリアが支えるもこの状況で正気を保つのは困難である。
「ああ無理」
マグが即答するのも無理のない話だった。
ただでさえ病み上がりの状態のマグだったが突然の眩暈に転倒してしまう。土の上に倒れたマグの姿に呆れ顔のノリア。
心配そうなシーナだったが、シニカの「自業自得」という視線にがくりと項垂れた。
***
件の出来事は帰り道、白鯨の背に乗った際のこと。
シーナ、マグ、ノリアの順に白鯨の背をまたがっていた。泳ぐスピードが余りにも速いために吹き抜ける風はとても強い。
後ろを振り向きながらシーナは話題を振る。
「やっぱり、魔法薬についても知識を深めた方が良いかもしれないわね」
「そうなのか? 別にシーナはそのままでも十分だと思うけど」
「言っておくけど、薬と魔法は別物なのよ? 互いに出来る出来ないがあるんだから」
正直なところマグにとってシーナは今でも十分すぎるのではないかと考えていた。しかし、シーナの返答でようやく理解が及ぶ。
素直な反応に「当たり前のことを言わせないでよ」と言わんばかりのシーナ。
「……ねぇマグ、私決めたわ。魔法についてもっと知識を深めたい!」
「そっか、シーナならきっと出来るよ」
どこか他力本願にも感じる一言にシーナの目は鋭くなる。シーナにとっては根拠の無い信頼を言われても困るのだ。
「マグ、貴方も来るのよ」
「俺も?」
「当たり前じゃない。はぁ」
容赦のない一言に困惑した表情のマグ。
シーナは一度息を吐き出すと、自身の唇をマグの唇に押し当てた。
「むっ!?」
「なっ!」
驚愕に目を見開くマグと真後ろで赤面するノリア。シーナのしているそれは所謂ディープな方だったのである。ノリアは手で視界を覆い隠していたにも関わらず、指の隙間からガッツリとその瞬間を凝視。
マグの背筋は硬直と弛緩を繰り返し、やがてダウンしてしまった。
「もうすぐで到着すーるよぉー」
頭上の出来事を知る由もないジンは現在地をアナウンスする。ジンの一声で息を吹き返したマグはすっとシーナを睨みつけた。
しかし先程のことを思い出すだけで顔が火照ってしまう。シーナもやや頬を染めてはいたものの、満足気な表情で口を開く。
「さあ、帰るわよ! 二人とも」
何とも言えない気恥ずかしさの中、シーナはふんと胸を張る。
***
パープレア大樹海に帰還して数日後。
両腕を組みながら三人を目の前に集めた。シニカの表情は至って真面目。これからどのような話をされるのかと背筋を伸ばすシーナ達。
しんと静まった空気の中、シニカはようやく口を開いた。
「キスの件は兎も角、何か話したいことがあるんでしたね?」
「……う、それも見てたの?」
シニカは無言で頷く。
「勿論、魔王ですから。貴方達の様子は常に把握できるように務めてます」
「「「…………」」」
シニカの口から発せられたストーカーまがいのセリフに三人は困惑する。
実の所、マグの病状の悪化を見過ごしてしまった失敗から、常に網を張っているのだが三人には知る由もない。
「それで、何を学びたいのですか?」
シニカは質問する。そして真摯な目で三人を順番に見つめた。
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