魔王の望み-2

「私は……魔法薬について学びたい! ここで採れる薬も大事だけれど、魔法薬について知らなきゃ駄目だと思うから」


 シーナの発言にマグとノリアは傍で頷く。その様子にシニカは優しく微笑むと、懐から小さな瓶を取り出した。


「ちょうどここに魔法薬の瓶があります」

「え、本当!?」


 白く輝く瓶。装飾は無いにしても丁寧にカットされたガラス面は相当に手が込んでいる。

 射し込む小さな光にかざせば、宝石の如く光を反射した。


「でも、なんだか変ね」


 どこかにある違和感。良く目を凝らしてみれば、中身は空だった。


「シニカさん。これ中身……空っぽじゃない」

「ええ、その通りです。では栓を開けてみてください」


 半透明な瓶を受け取るとシーナは栓を取り外す。外からは何も見えなかったが、瓶の口から中を覗き込む。


「っ!?」


 瓶には一枚の紙切れが入っていた。

 紙にはインク文字のようなものが綴られている。思わず真横へ合図を送ると、シニカは「そのまま取り出しなさい」と指示をする。

 シーナは紙を取り出し中身を確認した。


「この手紙は……リンフィアさんから?」


 瓶の中には手紙と推薦書が三枚。差出人は『黄昏の魔王』ことリンフィア=アンカー。


「そうです。貴女たちはこれから『黄昏の魔王』の膝元まで向かってもらいます」


 シニカ曰く、『黄昏の魔王』は街を抱えており、学園を所有しているのだという。「然るべき場所で学べ」というシニカの意図がシーナには感じられた。


「わかりました。リンフィアさんの学園に、入りたいです」

「俺も行きたい!」


 マグとその横でノリアも頷いている。三人の意思は見事に一致していた。


「もう少しすれば『黄昏の魔王』が迎えに来るでしょうから、数日はここで待機です」

「わかったわ!」


 驚くことにリンフィアが直々に、三人を迎えに来るようである。

 数日後、『黄昏の魔王』リンフィアが樹海へ顔を出した。スカーフを脱ぎ捨てて、大烏から人間の姿へと変貌する。身に纏う着物は赤、黄、緑色と華やか。光沢のある布の表面を艶やかな黒髪が撫でる。


「久々……というにはまだ早いかもしれんな。元気そうで何よりや、三人とも」

「リンフィアさん、先日はありがとうございました。おかげでマグを救うことができましたし……それに、新たな目標ができました!」

「そうなんね。うむ、その心意気やよしや! 早速だが、あての都……『ヨークイン』へお招きしよう」


 『黄昏の魔王』の所有する街の名はヨークイン。シーナ達が詳細を尋ねると、その街には夜が存在しないのだという。空には常に太陽の光が灯り寒冷地であるため、雪が降ることもあるそうだ。


「雪……!? ってなんだ?」


 マグとノリアは首を傾げる。雪という言葉を生まれてこのかた一度も耳にしたことがない。


「到着したら一度、景色を眺めてみるとよい。雪は綺麗やぞ?」

「それは、ヨークインに到着するのが楽しみになってきたな。ノリアもそう思うだろう?」


 マグの同意を求める目にノリアは首を縦に頷く。雪とはどんなものなのか、どれほど華やかな光景なのか想像を膨らませる。


「シーナは雪を知っているのか?」

「ええ。昔住んでた街で偶然降った覚えがあるわ」


 過去に思いを馳せるシーナ。その横顔はどうにも複雑で、隣には表情を歪めるマグの姿があった。


「はいはい。それでは『黄昏の魔王』、三人のことをよろしくお願いしますね」

「ああ、もちろんや。この子ら、丁重にお預かりさせてもらうわ」


 リンフィアの陽気な反応にシニカは目配せで合図を送る。大烏の姿へ戻ると、三人を背中に乗せた。大きく翼を広げ、空を飛翔する。

 そして漆黒の双眸は地上にいるシニカをじっと見つめ、


「クワァーーー!!」


 大きく鳴いた後、北の方角へ飛び去っていった。


 ***


 降り積もる雪、雪、そして雪。見渡す限りに銀世界が広がっている。ヨークインに到着してからまもなく、三人は雪というものを目撃した。


「寒ッ!? これが雪、なのか?」

「そうよ」


 マグが感嘆を漏らす。どれだけ華やかなのかと想像していた兄妹だったが、実際に目に入ったのは湿っぽい、どこか寂しさを感じる景色。


「三人とも、これを飲んでみな? ここでこいつを飲むのは格別なんやで」

「これはお粥?」

「ちゃうちゃう、試しに飲んでみな?」


 手渡されたのは白い飲み物。米粒のようなものが浮いたり沈んだり。コップ越しにでも分かるくらいの熱い飲み物だ。

 コップの縁に口をつけてみる。ゆっくりと中身をすすった瞬間、シーナは目を見開いた。


「あ、甘い……!? なにこれ、とても美味しいわ!」


 シーナにとっては完全に予想外。

 シーナ曰く、お酒のような風味と、優しい甘さが見事に共存しているとのこと。凍えるような寒さも相まって、身も心も温めてくれる一品だ。


「リンフィアさん、これはなんて飲み物なんですか?」

「これは甘酒っちゅうんや。寒い地域には欠かせんよ」


 リンフィアは自分事のように愉快な笑みを浮かべた。

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