学ぶべきもの
スッキリした日射しと草の息吹香る明朝。シーナは鼻歌とともに朝食を運ぶ。部屋のドアをノックして返答を待つ。
「はい、どうぞー」
「朝ごはんを持ってきたわよ。入るわね」
シーナが扉を開けるよりも前に扉は開く。マグはシーナを部屋の中へ招き入れた。
「昨日はありがとな。おかげでまた命を拾えたよ」
「二度も心配をかけたんだから、見返りは高くつくわよ?」
望むところだと言わんばかりの真摯な表情で頷き返すマグ。シーナは思わず見蕩れていた。
「ハッ! まだやるべき事が残ってたわ! それじゃあそろそろお暇するわね」
何かを思い出した様子で早口にまくし立てると、シーナは部屋を出ていった。扉を閉めたのち、壁に背中を預ける。
「…………ッ!!」
身体が熱い。というよりも顔が火照っている。何とも言えない気恥ずかしさに、シーナは顔を両手で覆っていた。
マグは無事に回復し、リンフィアは里を去った。
シニカからの課題をやり終えたシーナ達はもう時期帰路につかなければならない。フィーロとアーレに助けられっぱなしだったとシーナは反省する。
「まだ沢山、学ぶべきことがありそうね」
そう、誰にとでもなく独りごつ。シーナはエルノほど人生の経験が深い訳でもなく、フィーロ達ほど仲間意識が強い訳でもなかった。思考回路はどちらかと言うとシニカに近い。シニカみたく、物事の優劣を天秤にかけてしまう癖がシーナにはあった。
「帰ったらシニカさんに聞いてみよう」
シーナの目元が期待に膨らむ。
今回の課題で思い至った事。これから出来ることをシニカに話したい気持ちでいっぱいだった。
***
「もう帰っちゃうの? シーナ」
別れの日。悲しみの眼差しを向けるアーレ。先程から延々と同じ台詞を吐いては同じ目を向けているアーレにシーナほ苦笑せざるを得ない。
「ええ、そろそろ戻らないと」
「そっか、残念。でもまた会えるよね!」
「きっとね。せめて二人がおばあちゃんになる前に会いに行くわ」
「「逆! 逆だよシーナ!!」」
シーナのジョークにツッコミを入れるフィーロとアーレの二人。涙ぐみながらも失笑している。
「……やだよ。いなくならないでよぉ」
目元に溜まっていた涙は遂に決壊してしまう。頬を伝い、顎の先から雫は落ちる。肩は震えており、とても寒そうであった。
「ほら、お姉ちゃんなんだから最後くらいしっかりしてよ。三人を見送るんでしょ?」
「うん……」
フィーロがアーレを諭す中、シーナ達三人の表情が凍る。宥めるのは良いが、問題なのは言葉の中身。三人はフィーロが姉だと思っていたために、突如判明した事実に驚きを隠せない。
「「「おねえちゃんんんッ!?」」」
空に響いた素っ頓狂な声。
「うん。私はお姉ちゃんなんだから、しっかりと見送らないと」
双子のやり取りにマグは内心一言思うも、それを言葉にはしなかった。言葉にしようものなら
「それじゃあまたね! 三人とも!!」
「いつでも里に来ていいからね! 歓迎するから!」
背中を向けた三人に対して大きく手を振るフィーロとアーレ。三人の影が徐々に小さくなっていく。
そして、遠く離れた位置から大声が返ってきた。
「みんな、またね! また今度、私も会いに行くわ!!」
するとシーナは涙を零す。傍で見ていたマグはどこからともなくハンカチを取りだしてシーナへ手渡した。
「涙拭けよ」
「うん……ぐすっ」
渡された布切れで目元を拭う。するとシーナはそのままハンカチをポッケの中にしまい込んだ。
やがてシーナ達三人は帰路に着く。
「三人とも、ボクを忘れてはいなーいかぃ?」
突然、現れた気配。背筋に悪寒が走る。
「「「うわっ!?」」」
咄嗟に振り向けば、目前には寂しがり屋の魔王様。気配の正体、『孤高の魔王』ことジンは不満げにシーナを睨んでいた。
「マグが助かったみたーいだけど、まだ話は終わっていないーんだよぉ?」
「ええ。も、勿論分かってるわ。マグのことよね?」
話が早いと言わんばかりにジンは頷く。隣でマグがガクガクと震えているが、彼を一瞥するとすぐにジンへ視線を戻す。
「その話なんだけどジン、私達と一緒に来ない?」
「一緒に来るって? それはどういうことなーんだぃ?」
「そのままの意味よ。その方が退屈しないと思うわ」
シーナの意図を理解出来ていないようで首を傾げるジン。そんなジンの様子にシーナは言葉を付け足した。
「ジン、貴方は誰よりも孤独を嫌っている。だから一緒に来ないって聞いているの」
ジンは目を丸くする。孤独を嫌うジンにとって、シーナの提案はとても魅力的だったのだ。
「シーナ、なんとなく君は魔王たらしなんじゃなーいかなぁ?」
「魔王たらしって何よ」
不満をぶちまけるシーナにジンは思わず吹き出してしまった。
「さあ、ボクの背中に乗ってーくれなーいか? 樹海までひとっ飛びさー」
褐色肌の美形から白鯨に姿を変え、ヒレでつんつんと背中を指し示す。シーナ達は鯨の背に乗り、空の中を泳いでいった。
──目指す先は、パープレア大樹海。
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