黄昏の魔王-3

「シーナ、散歩に行かない?」

「どうしたの突然に?」


 空気の澄んだ綺麗な朝。フィーロはシーナを誘う。突然の提案に怪訝な表情で返す。すると、フィーロ達が散歩に誘った理由を答えた。


「なるほど。それでさっきから二人共、ソワソワしていたのね」

「「あ、あはは……」」

「すぐに準備するから、ちょっと待ってて」


 理由を聞いてみると確かに納得できる部分があった。今の自分には休息が必要であると。シーナは薬湯の入った鍋を火からおろし、コップ一杯に移し入れるとマグの部屋へ運ぶ。朝食前の薬をマグへ飲ませると、シーナは二人のもとへ向かった。


「お待たせ、二人共」

「それじゃあ行こっか!」


 アーレが先導する。目的地はすでに決まっているようだ。二人の様子にシーナの口元は緩む。


「どこに連れていってくれるの?」

「内緒」


 シーナが尋ねるも、二人は首を横に振るだけで行き先を答えてはくれない。

 散歩とはいえ流石に里の外には出ないとシーナは思うも、現在地から予想するに向かう先は里の外または端の方になるだろう。気分転換になる場所でもあるのだろうか、シーナには分からない。

 端の方まで来たら今度は里の内周を巡り出した。その途中、水遊びをする姿や木の実を収穫するエルフが数人目に飛び込む。

 新たなエルフの一面を目撃してシーナの口元は緩む。変に張られた緊張の糸が解けた様子に、アーレは笑顔を浮かべていた。


 結局、里をあちらこちらと周った後に帰った。その頃には太陽が頂上から西へ傾きつつあり、夕暮れも近い。

 椅子に腰掛けシーナは考える。

 このままリンフィアの助力を借りるのも一つの手段であることは違いないだろう。しかし、対価として自分が差し出せるものがない。シニカも協力してくれた上、このまま流されるのは悔しかった。


「まだ十八なのに何を悩んでるんだか。シーナ、打てる手を全て打ったらどうなの?」


 アーレはため息をつく。そして「まだ十八なんだから」だと付け足した。


「……それは、二人も人間に換算したら同じくらいでしょう!?」

「なっ! だ、だって! 出来ること全部に縋れた方がいいじゃん! 後で見返すつもりで頑張ったらいいんじゃないの!?」


 まさか反論されるとは思わず、アーレは口をあんぐりと開ける。しかし直ぐに反論。ふつふつと抱いていた心の声をアーレはぶちまけた。


「っ!?」


 言葉を失うシーナ。あまりにも単純明快な答えにすっと肩の力が抜ける。まだ迷ってしまう自分自身がいるのは否めないが、シーナの中で概ね答えは決まっていた。


「ありがとうアーレ。とりあえず考え、纏まったみたいだわ」


 重たい腰を持ち上げて礼を述べる。

 アーレの視界には、シーナの強気な笑みだけが映り込んでいた。




 黄昏時。空は黄金色に染まり、朱い陽光が目を焼きつける。『黄昏の魔王』リンフィア=アンカーは散々里を巡った後、丘の上でひとりの人物を待ち続けていた。


「待たせたわね。リンフィアさん」

「そろそろ来ると思っとったよ」


 シーナを予期していたかのように背後を振り向く。リンフィアは手のひらに魔法薬の瓶を乗せ、選択をシーナに委ねる。シーナは瓶を受け取ると深々とお辞儀をした。


「ほな、受け取るんや。マグとやらに飲ませてやれ」

「ありがとうございます」


 改めて持つと分かる。この瓶はやけに重たい。

 中身の液体なのか、ガラス瓶が重たいのかは不明だ。怪訝そうなシーナに対してリンフィアは口を開く。


「その魔法薬は自ら人を選ぶんや。シーナの身体は今、その薬を必要としていないっちゅう証拠やな」

「…………」


 魔法薬もそうだが、一部の魔道具は人を選別すると言われている。もしも手元の薬がその類ならば、当然価格のほうも数倍となるだろう。

 今更ながらシーナの顔面は蒼白だった。


「ほな、あては寄るところがある。シニカによろしゅうな」

「は、はい……!」


 そう言って赤のマフラーを首に巻くと姿は一変。リンフィアは西の空へ飛び立って行った。


 ***


 星の光る、静かな夜。マグの部屋にシーナはいた。リンフィアからもらった魔法薬を、早速マグに飲ませようと手渡す。


「マグ、これを飲んで」

「んぅ? なんだ、これ?」

「魔法薬よ。優しい魔王から頂いたの」


 一瞬マグの表情が硬直するも、高熱といい止まらない咳といい、物事を考える余力はほとんど残っていなかった。


「……軽いな、本当に中身が入っているのか?」

「ぇ、ええ。入ってるわよ」


 マグの一言で、リンフィアの言葉が事実であると理解する。

 ──この魔法薬は人を選ぶと。

 マグは瓶に口をつけ、一度に飲み干した。ゴクゴクと喉仏が動いている。


 効果は直ぐに現れた。

 緑色の淡い光がマグの全身を包み込み、失った体力から病まで全てを治癒させた。


「すごい……!」


 シーナが感嘆の声を漏らす中、マグは上半身を起こす。


「助けてくれてありがとうな。それと悪いんだけど、無性に腹が空いた」

「ふっ、ふふ。何か作ってあげるわ、少しそこで待ってなさい」


 笑い声とともに涙が溢れる。回復してからの第一声は感謝と食欲であった。

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