黄昏の魔王-2

 シーナを探すべく里を見て回る。リンフィアは周囲の雑踏に気を配り「シーナ」という名が聞こえるのをただひたすらに待つ。あるいは「病人」「マグ」「大丈夫」といった単語が耳に入れば探し出せる。

 リンフィア自身の感覚で最も信頼できるのは大烏の嗅覚と聴覚なのだから。

 金の匂いと人々の喧騒に耳聡いのもあり、シーナの話題を察知するのにそれほど時間はかからなかった。


「ちょいとすまんな、そこのお二人さん。シーナという少女の居場所について何か知っておらんか?」

「「っ!?」」


 エルフの中では比較的若い二人組に声をかける。少女たちは突然割って入ったリンフィアに怪訝な目を向けた。

 エルフの里には場違いな十二単に漆黒の髪。なにより背中側の襟からはみ出した小さな翼がエルフではないことを証明している。「シーナの知り合いだろうか」と少女は思うも、わざわざ居場所を聞こうとするあたり怪しかった。


「ど、どちら様ですか?」

「ああ、名乗るのを忘れていたの。あては『黄昏の魔王』リンフィア=アンカーというもんや。シーナという少女にちょっくら用事があってな……どうしても居場所を知りたいんや」

「……魔王? って、また魔王!?」

「シーナさんって魔王たらしなのかな……」


 少女は素っ頓狂な声を発する。その横でもう一人が口を押さえていた。魔王とお近づきになるタイミングはほぼ無いと言っても過言ではない。


「さて、どこにいるかは知っているんやな? 教えてはくれんかの?」

「わ、わかりました! では私、フィーロが丁重に案内を……」

「畏まらんでよいよい。もっとフランク……と言うべきなのか? 楽にしてよい」

「「…………」」


 エルフの少女二人──フィーロとアーレの口元はぽかんと空いたままであった。

 何がともあれ、フィーロたちはリンフィアをシーナのもとへ案内する。今頃、小屋で薬を調合している頃合だろうかとフィーロは目星をつけた。


 予想通りシーナは小屋で作業していた。


「シーナさんお客さんだよー」


 アーレの声かけにピクリと反応するシーナ。


「あんたがシーナかいな? あてはリンフィアというもんや」

「っ!?」


 リンフィアの問いにシーナはなにやら驚愕の表情を浮かべている。


 ──威厳のある声で理解した。この女性は魔王である。シーナが言葉を失っているのを他所よそにリンフィアは胸元から小瓶を取り出した。


「ほれ、これをマグとやらに使ってみるんや。魔法薬やから効く目はすんごく良いはずやで?」

「っ!? でもこれは……」


 エメラルドグリーンに輝く瓶の中身とガラス装飾。見るからに高価な代物であり、どこで入手したものなのか。シーナには見当もつかない。


「さあ、こいつを飲ませてあげるんや。時間は限られておるぞ」

「あ、ああ……ええと」


 逡巡するシーナを傍目にリンフィアは催促した。

 しかし、どうしてよいのか分からず頭が真っ白になる。故にシーナは意味の無い言葉を羅列するだけであった。


「少し考えてもいいですか?」


 一度魔法薬をリンフィアに返して、やっとのことで飛び出た返答。

 突然現れた魔王に窮地を救ってもらえら可能性がある。しかしシーナは納得できない部分もあり、迷いは積もっていた。


 すなわち、今までの努力が水の泡と消えてしまう。


 シーナはそんな心境もあり、リンフィアの提案を受けるかどうか迷っていたのである。そんなシーナを見透かしてなのか、リンフィアは「なるべく早めに頼むわ」と快諾するも、その目は笑ってはいなかった。

 結局は自分自身の問題だと理解している。しかしシーナは気待ちの落とし所を見つけることができないでいた。


「良い返答を期待しとるよ。しばらくは里巡りでもする予定やから、決まったら声かけてな」


 去り際に軽く手を振るリンフィア。

 手を振り返すことも出来ずに、シーナはただ唖然としていた。




 リンフィアが場を離れた直後、シーナは地面に腰を落とす。へなへなと力なく、姿勢は丸く。緊張の糸がちぎれたのもそうだが、精神的ダメージが大きかった。


「私は、私は……どうしたらいいの」


 自問自答。

 リンフィアを連れてきたエルフ二人も、自分達の努力を塵芥にされたことに対してやや思うところがあるようであった。

 喉から手が出るほど欲しかったはずの薬は、リンフィアの手によって簡単に満たされてしまったのだから。


「…………」


 自分を失ったようにシーナは蹲る。顔を隠しながら嗚咽をこぼしていた。




 翌日。未だ迷うシーナのことが脳裏を過ぎる。フィーロはこれからどうするかを思案していた。

 そして、名案とばかりに手を軽く叩く。


「アーレ、散歩に行こう!」

「え?」


 フィーロはアーレ含め、シーナを散歩に誘おうと決心する。シーナも気分転換が必要な上、自分達も一度はリフレッシュするべきだとフィーロは考えていた。


「里の外は流石に出れないけど、里を見て回るでも全然良いんじゃないかな?」

「……確かに、そうだね。シーナも誘ってみよっか!」


 思い立ったが吉日。

 エルフ二人はシーナのもとへ駆け出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る