孤高の魔王-4

「それじゃあ最初にお願いしたいんだけれど、ウラレの葉をいくつか集めて来てもらえる?」

「お、おう。わかった! わかったからその目をやめてはくれないか!!」


 涙目のランシアに迫るシーナ。


「フィーロ達が見つけられなかったらしいの、多分ここら辺には自生してないんだと思うわ」


 シーナの考察にエルフ少女二人は首をコクリ、と頷かせる。フィーロとアーレにとって植物の知識は文献で知ってはいるものの、里に生えているかどうかまでは知らなかった。


「じゃあ、お願いできるかしら」

「承知した! ウラレの葉とやらを、探して来ようじゃないか!!」


 シーナはランシアにお願いするとランシアは竜の姿へと戻り、河川を下っていった。


「せっかく乾かした生薬が台無しになってしまったのだし、ジンセの根を集め直しましょ」


 シーナが先頭立って後ろを振り返る。フィーロとアーレは逡巡していた。

 その迷いは即ち、「足でまといになっていないのだろうか」というもの。

 それを見越していたのか、シーナはふっと微笑んだ。


「二人とも、早く行くわよー」

「……うん、そうだね。フィーロ、行こ?」

「行こう、アーレ」


 ──口は笑顔で小走りに。

 二人はシーナの背中を追いかけた。


 翌日。改めてジンセの根を採取して、水洗する。それを天日に干しておよそ半日。


「はぁ、あとはこれを細かく砕いておくの」


 シーナは風の魔法で根を細切れにし、粉末に加工する。フィーロとアーレの仕事はその手伝い。シーナに倣って魔法を展開する。粉末になった生薬を袋の中に詰めて、その場を後にした。

 来た道を引き返しながらシーナは口を開く。


「はあ、渦潮の魔王といい孤高の魔王といい……確かに助かってはいるけれど、大変だわ」

「「は、はははっ」」


 大変の一言で済ませられるシーナは大物だと思うフィーロ達であった。


 ***


 空高く飛翔したのち、急降下。人の姿に変身し、いくつか街を訪れる。なるべく水の豊かな場所を探し、ジンは南方の国に狙いを定めた。


「ここはーぁ、今度こそイネが見つかりそーだな」


 街の郊外に降り立ち街を散策する。屋台の並ぶ商店街。背の低い街並みを歩き回る中でいくつか目新しいものがあった。

 ──凍らされた魚である。

 ジンの訪れた街では魚の流通が盛んなようだ。

 しかし、依然としてイネは見つからない。イネを買うために用意した金貨や財宝の数々。折角用意した物品が日の目を見なくなってしまう。


「君たち、ちょっといぃーかな?」

「「……?」」


 突然声をかけられた男女は言葉を失う。常識を外れたジンの美貌と不自然な言葉遣い。あまりにもミスマッチな様子に二人は困惑した。


「何でしょうか?」


 男が答える。


「この辺りにー、イネが買える場所はないかなーぁ?」

「イネですか? ここは港町なので、交易品で稀に見かけますけど。もしイネが買いたいなら、ここから東に向かうと稲作の盛んな街がありますよ」

「そうかー、ありがとーぅねぇ」


 有用な情報を手に入れたジンはホクホク顔で街を後にする。瞬きひとつで姿が消えた。


「は……?」


 間の抜けた音が男の口から漏れ出る。やがて男と女は互いに目を合わせ、首を傾げた。


 ジンは東の街へ向かう。

 雲の中を飛行し、雲海を抜けた先には田園が広がっていた。斜面に沿って階段状に升目ますめが並ぶ。囲いの内側には、点々と緑色の苗が見えている。

 少し離れた場所に着地し、街を目指す。舗装の不十分な道を歩いていると、ジンに声をかける者がいた。


「おや、見慣れない顔だねぇ。都会から来たのか? えらく整った顔やのぉ」

「大体、そんなものだぁーよ。イネが買えるのはここであってるかーぁな?」


 歳にして七十くらいの老婆だ。しわがれ声でジンに話しかけている。


「確かにこの街は稲作が盛んだよ。でもね、あれを見てごらん? まだ育ってはいないよ」


 老婆の指差す先には背丈の低い稲の苗。穂も当然実ってはいない。しかしジンは、絶対に買えるという謎の自信を胸に口を開く。


「ええとねーぇ。ボクはイネのコクカ? っていうものが欲しいんだぁー。たーぶん、ここで買えると思うんだけれど」

「ああ、それならウチにあるよ。種のことだろう? ウチに寄って行きな、オマケして売ってやるからさ!」

「たぶんそれだと思うよ。ありがとぉーね」


 老婆は胸に軽く手を当てて、家まで案内する。

 老婆の家へ赴く合間にも、陽は西へ傾き始めていた。

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