孤高の魔王-3

 ──瞬間、轟音。霧の中から姿を現したのは水竜ウォータードラゴン。轟く咆哮が荒波となり、フィーロ達に迫った。

 バシャリと、水の叩き付けられた音。フィーロとアーレの二人はびしょ濡れだ。両肩を守るように手で囲い、足は震えている。二人は水竜へキツイ視線を向けていた。


「──ああ、すまないすまない! これは! 大変申し訳ないことをした!! 【人化metamorphose】!」


 渦潮が舞う。渦は竜の身体を覆いつくして、中から出てきたのは青髪の少女。


「ここにシーナがいると耳にしたのだが。お主ら……何か知りはしないか?」

「ええ、まあ……」


 フィーロが頷く。眼前の存在モノは噂で知っている。『渦潮の魔王』として知られる水竜。その中でも上位種へ上り詰めた魔王。

 少女はシーナの名前を口にした。フィーロの長耳は絶対に聞き間違いをしない。脳裏にシーナがはにかむ姿が映し出されるも、その笑顔が今だけは怖かった。

 すなわち、「交友関係どうなっているの?」と。


「それはありがたい! 早速! シーナのもとへ案内してもらおうか!!」


 喉の奥で嫌な音が鳴るのを感じる。エルフ少女二人は恐怖心に身を任せるように、首を縦に振った。

 渦潮の魔王を案内することになったフィーロとアーレだが、里の中とはいえシーナのいる場所はやや遠い。目の前の川を上流へ遡る必要があった。川を遡るということは同時に勾配の急な坂を上らなければならないことを意味する。話を聞いていた少女は親指を自身へと向けて、目をギラリと輝かせた。金色の眼がフィーロとアーレの視線をぎゅっと握る。


「そうか! 話は理解した! お主ら、我に乗るが良い!!」

「「えぇっ!?」」


 渦潮の魔王の思わぬ提案に二人の長い耳はピクリと動いた。


「瞬きひとつの間にシーナのもとまで会いに行こうじゃないか!!」


 少女は咆哮をあげながら水竜へ変身する。背に乗れと言わんばかりに首を後ろへ捻り、合図を送った。恐る恐る水竜の身体によじ登り、鱗で覆われた背中に跨る。


「自己紹介がまだだったな! 気がついていると思うが!! 我の名は『渦潮の魔王』ランシア=トラクだ! よろしく頼むぞ!!」


 火魔法を連続で放つが如く、ランシアは名乗りをあげた。水面に身体が浸るまで潜り、水竜ランシアは一気に加速する。


 ***


 川岸に布を広げ、陽の光にさらす。ぶつ切りされた根っこが寝転がり、断面が色白に反射する。長いこと日を浴びた薬のもと、干からびたのを確認したシーナは布の端と端をつまむ。風呂敷を包む要領で布を結んだ。


「ふぅー、これでジンセの根の準備はひと段落ね」


 シーナは額の汗を腕で拭い、大きく息を吐いた。袋の中に包み込んだ材料を持ち上げて川岸に背を向ける。シーナは家の方角へ足を一歩踏み出したその瞬間、轟音──。

 飛沫を巻き上げながら巨大な影が迫った。影は金色の瞳をシーナへと向ける。


「のう、久しぶりだな!! シーナ! んんっ、どうしたのだ!? ずぶ濡れじゃないか!!」

「全部アンタのせいでしょう!! ランシアッ!」


 シーナは火の属性陣を展開。火球を一発ぶつける。そしてもう二発ぶつけた。


「痛いぞ! 何をするんだ!! 痛い痛い!!」

「ランシアのせいでせっかくの薬が台無しよ!! どうしてくれるのよ!」


 シーナは声高に叫ぶ。

 あまりの怒声にランシアは魔王らしからぬ、おろおろとした反応を見せた。


「そ、それは本当に申し訳ない! 我はシーナに用事があったのだ。とにかくまずはこれを受け取ってくれないか」


 するとランシアは人の姿へ変身し、懐から小さな包みを取り出す。人間の手の中にすっぽりと入る大きさの、小さな袋だ。

 シーナは袋の中身を確認した。


「これは……!」

「イネの穀果だ。シニカに渡してこいと言われてな」


 ランシアの一言に苦笑する。

 この一帯にイネは生えていない。シニカはそれを見越していたのだろう。思いがけない援護射撃だとシーナは笑みを浮かべる。


「さっき孤高の魔王が来て、イネを探してくるようにお願いしたのだけれど、ちょうど重なってしまったわね」


 シーナの口から思わずこぼれた。


「何、ジンがここに来たのか?」

「ええ、マグが欲しいからって言ってイネを探しに行ったわ」

「それは……ちと不味いかもしれないな。場合によっては沢山の人が攫われてしまう」


 ランシアの目が光る。


「ジンは孤高の魔王と恐れられているが、本当は極度の寂しがり屋なんだ。数十年に一度、ともに暮らす仲間を求めて人を攫っていくんだよ、あいつは」


 ランシアはジンについて知る限りのことを話す。


「そうなのね。教えてくれてありがとう、ランシアさん。樹海に戻ったらシニカさんにもありがとうって伝えるわ!」

「おお、そうか! それでは我もお暇するとしよう」


 竜の姿に戻ろうと魔法を唱え始めたその瞬間。


「──待って。待ちなさい、ランシア」

「っ!?」


 有無を言わさない圧力と眼力。シーナがランシアを静止する。


「まだ話は終わっていないわ」

「ええと、シーナ? どうしたんだ? 我、何か悪いことでもしたか?」

「私の服を見てそんなことが言えるのかしら?」


 シーナの衣服はびしょ濡れだ。おまけにその目は座っている。


「手伝いなさい」

「り、了解……」


 ランシアは言われるがままに、敬礼のポーズをとった。

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