長命種-3
エルフの少女二人──フィーロとアーレの体力はあっという間に回復し、シーナ達を連れて故郷へ戻ることとなった。
「はっ! あ、そこも!!」
「やっぱりエルフって聴覚が鋭いのね。野鳥がいとも簡単に倒せるなんて驚きだわ」
「そうだよな。樹海なら足音立てることは厳禁だし、呼吸するだけで気づかれることもあるし」
シーナの呟きにマグが零す。常人ならば、野鳥を仕留めるのは至難の業だ。それをポンポンと狩っていくのだから、マグは溜息をつくほかない。
「お兄ちゃんは緊張すると息上がるもん、仕方ないよ」
「なッ!?」
ノリアの言葉がマグに突き刺さる。まるでフォローになっていない、とマグは顔を真っ赤にした。
真横でそのような会話が繰り広げられる中、シーナはエルフの聴力──そして、弓の実力に感嘆していた。
「やっぱりすごいのね、エルフって」
「ええと、どうだろう。私たちはまだ若輩者で、里の皆のほうが全然弓が上手いんだよ」
話しながらフィーロは空を見上げる。すると、若輩者という言葉に反応したのかマグが一言。
「……若輩者って、フィーロとアーレは何歳なんだ?」
「そういうことは聞かないものよ」
マグの頭に軽くチョップを入れるシーナ。ジトリ、とした視線がマグを刺す。
「いいよいいよ。私たちまだ八十歳だし!」
「「「は、八十歳!?」」」
アーレが年齢を暴露してしまうと、数字に三人は驚愕した。
もしもアーレ達が人間とさほど寿命が変わらなかったら、進む足は速くない上に足腰は曲がっていたかもしれない。エルフという種族との価値観の差にシーナは目を輝かせた。
「シーナはこういうのに興味があるの?」
マグが質問した。
「ええ、そうよ。私は昔ね、恋人を亡くしたの。彼の死に際に引き合わせてくれたのがシニカさんだったのよ」
「そ、そうだったのか」
シーナの口から飛び出した、重い話にマグの表情が固まる。マグの反応に気づくこともなく、シーナは話を続けた。
「その時にね、私はシニカさんの見ているものと、私自身の見ているものが違うことに気づいたの」
その正体が価値観だと、シーナは言う。
フィーロとアーレが先行して野鳥を狩り、後ろを続くシーナとマグとノリア。
日が暮れ始めると、五人は野営の準備に取り掛かることとなった。
夜、澄んだ空気が木々の隙間を吹き抜ける。シーナ達にとっては初の遠出だ。そんな理由もあってか、瞼が重たい。
「先に寝てもいいけど、番が回って来たらしっかり起きてね。私たちが最初、火を見てるよ」
「ありがとう、二人とも」
フィーロとアーレはにっこりとはにかんだ。そのままシーナの意識は闇の中に落ちていく。口元が緩み、呼気とともに胸が上下する。エルフの少女二人の瞳の中には揺らめく炎が映り込んでいた。
日が昇り始めて翌日。
大樹海とは大きく異なり、差し込む光が暖かい。太陽の光で目が覚めるという感覚。合間に火の番をしていたとはいえ、久々に気持ち良く起床したとシーナは思った。
今まで僅かな光しか届かない森の中だったために、起床には魔法陣を使っていたくらいである。具体的に言うなれば、大きな音を鳴らしていた。
「ふわぁ……。おはようみんな」
マグとノリアは既に起きており、火消しを行っている。フィーロとアーレの方へ視線を移せば、すうすうと寝息を立てていた。
「マグ、ノリア。二人ともお疲れ様。あとは私がやっておくから、もう一度仮眠をとったらどうかしら?」
「……ありがとう。じゃあ後の作業はシーナにお願いしてもいいか?」
「ええ。勿論よ」
今は焚き火の上に砂がかけられている状態だ。まだ熱を持っているために、シーナは残骸の様子を眺める。魔法陣から水を取り出すと、消えた火の中へ。
朝食の用意を一人で済ませ、準備が整った頃。
「皆、起きなさーい」
声高に叫ぶ。大声に驚いたのか目を擦り、皆が上体を起こした。朝食を摂り、水浴びを個々に行う。着替え、支度を済ませ出発の準備に取り掛かる。
「みんな準備はいい? 私たちの里はまだまだ遠いよ!」
アーレが愉快に話す。しかし内容は全く愉快ではない。流石に遠すぎる、とシーナ達は思った。
***
道が遠い、遠すぎる。いつからそう考えていたのかも曖昧で、ひたすら長い道のりを歩む。もう、どこを歩いていたのかも分からない。木々の葉が地面のくぼみを映している。
太陽が眩しい。シーナは汗の滲む額を拭い、
「はぁ、はぁ。もう……何日経過したのよ。フィーロ、あとどれくらいなの?」
「ええと、そうですね。もう一日あれば私たちの里に到着すると思います」
フィーロの口調は軽やかだ。数日前まで病人だったとは到底思えない。シーナは細目でエルフ少女二人をじっと睨む。しばらく進んでいると、シーナ達は足先が下へ引っ張られるような感覚に襲われた。
「「「っ!?」」」
「三人とも大丈夫?」
様子を窺ったのは、アーレだ。
三人は今置かれている状況を、シニカの知識から知っていた。所謂、肉離れ。
「……私たちの歩幅もかなり速かったし、一旦休もうよ。いいよね、フィーロ」
「うん、大丈夫。この近くに川があるから、そこまで移動しよっか」
フィーロの提案に、一同は首を縦に振った。
河岸近くの砂利場。疲れきった足を流水の中に浸けた。どちらかといえば熱の籠った足が冷水でピリピリする。背中を走っていた緊張も
「裸足に冷たい水、やっぱり気持ちいいわね」
「そうだなー。ノリアはどうだ?」
「うん、私もすーってする。頭の中が軽くなる感じ」
三者一様と言える反応にフィーロとアーレは目を合わせて失笑した。
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