長命種-4

 休息をしっかりととり、遂に見えたエルフの里。里の入口、その手前。


「何もないわね。本当にここが入口なの?」


 シーナは問う。その質問にフィーロ達は実物を見せる形で解を示した。人差し指で宙に円を描き、くるくると何度か左右に回す。すると目の前の空間、その一部がくりぬかれ風が吹き込んだ。


「っ⁉ 本当に……ここがエルフの、里?」


 マグの口から困惑の言葉が漏れる。ノリアは周囲をきょろきょろと見回し、里の外観を観察していた。オレンジ色の果実や真っ赤な実をつけた木が丘の上に見える。風に身を靡かせる草花の中には、青く光るものがあったりと様々だ。

 そしてシーナはというと、


「な、な、な! なんで、どうして……」


 思わず言葉を失ってしまう。

 現在地は間違いなくエルフの里だ。しかし、彼らの想像する里ではなかった。

 エルフの里──魔法の技術のみ発展したために、生活の全てを魔法で賄おうとする集落。つまるところ家は簡素で道の舗装すらない、人間との交流を完全に閉じた集落であった。

 この場にシニカがいればきっと「足から雑菌が入り込んで当然」と思っただろう。シーナは容易に想像できた。


「やはり皆、靴を履いてはいないようね」


 里で生活するエルフ達を眺めてみると、だ。マグも住民の泥だらけの足元を見て、目を細めてしまう。靴下も履いていないために、ゴツゴツした岩の上では痛みが走りそうだ。


 観察を続けていると、目の前でエルフの一人が前のめりに倒れた。


「「「っ!?」」」


 シーナとマグはエルフが倒れた場所へ駆け寄る。足先をよく見るとやはりパンパンに腫れていた。

 転倒するしないにしても、住民それぞれの足先にしっかりと着目すれば、顔色に比べてやや赤くなった皮膚。


「お兄ちゃん、これ実際……どう思う?」


 ノリアが問う。しかしながら、マグは無言のままだ。彼ら彼女らの足をどう守るか、どこから靴の素材を見繕うべきなのか。マグは考えを煮詰める。


「シーナはどう考える? 俺はまず靴を作ることが最優先だと思うんだ」

「そうね、私はまず最初に薬を用意するべきだと思うわ」


 師匠シニカの助言が無いからなのか、理由は定かではない。珍しいことにシーナとマグ、両者の意見は対立した。


「それならどうするんだよシーナ」

「こういうのはどうかしら? 多くのエルフを助けられた方が勝ちというのは」

「なんだ、勝負でもする気か?」

「勿論、折角シニカさんのいない場所で頑張るんだもの。勝負を楽しみましょ」

「いいぜ。勝った方は負けた方に……そうだな、一つ命令できるという条件も付け足そうか」


 シーナは無言で頷く。マグの前髪の奥──双眸が鋭く見開かれる。傍で眺めていたノリアは、バチバチと稲妻の音を鳴らす二人にため息をこぼした。その心を一言で表すなら、きっとこのようになるだろう。


「二人とも、素直じゃないな」


 ──と。


 ***


 シーナは昔、疫病にかかったことがある。いわゆる性病というもので、恋人を失った。ぽっかりと空いた穴をシニカ達が埋めてくれるうちに最近、どうにも心が小波さざなみ立つことが多い。


 ──シーナはその答えを既に持ち合わせていた。


「物足りない」


 何かが物足りないのだ。今の生活に不足はないが、満足しているとは言い難い。シニカ達、皆との生活は満たされるという感覚が欠如していた。

 ──それに加えて、自分が成長しているという感覚も。


「どちらが多く救えるか勝負よ、マグ!」




 シーナは現在、里で見繕える薬の材料を探していた。マグとノリアはペアを組み、靴の材料を探す。反対に薬を用意するべく、シーナはフィーロ達と行動を共にする。

 里の中を歩いていると、何かに気づくシーナ。


「この植物の根は……使えるわね」


 シーナの眼が鋭く光る。

 ダーオの根。一言で表せば下剤の素だが、創傷の治癒に用いることができる。エルフの里でダーオが自生しているのなら、作れる薬はかなり幅広くなるだろう。


「あとこれも」


 一見すると大葉しそのような植物。しかし茎や根の色味が黄色い。シーナは茎の付け根を掘り出して、根を探す。


「二人とも、これらの根っこを集めてきてくれない?」

「「分かったよ!」」

「これでよし。あとあれが生えていれば──」


 シーナの求める植物はオレンという背の低い多年草。しかし、オレンと思わしき植物は辺りを見回しても見つからない。


「樹海の中なら、色々あったんだろうけど」

「シーナ、大丈夫?」

「ええ、私は大丈夫」


 シーナは里の中を回っては草木を観察した。それでも目的の草は見つからない。

 シーナはふと思案する。オレンの薬について関連する情報を師匠シニカは何か零していなかったのか。

 代用できる草木は無いのか。


「あ、そうか……」


 吹く風が前髪を煽り、シーナの双眸が煌めく。考えをまとめ直し、フィーロとアーレに指示を出した。


「二人とも、キダハってここに生えていたりしない?」

「うん、見た事あるよ」


 アーレが意図が分からずに目を丸くして答える。シーナはすぐに「どこに生えているの? 案内してくれる?」と頼む。


「ええと、あそこのミカン畑の近くだよ」

「ありがとう、二人とも!!」


 シーナ達三人は、ミカン畑の方へ一直線に走っていった。

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