長命種-2
「血を?」
「ええ、私はこれから五つまで貴女方に質問をします。そうですね、では血を五滴ほど頂けますか?」
シニカは手の平を上に向け二人の手元へ差し出す。続けて「その分、貴女たちの病はしっかりと治しますから」シニカは言う。
シニカの真摯な眼差しに、エルフの少女二人は首を縦に振った。フィーロとアーレは人差し指の先を口の中に入れ、力強く噛む。血の滲んだ人差し指からシニカの根へ血の雫が落下した。併せて十滴の鮮血がシニカの根の上で踊る。
「取引成立ですね。さて、第一の質問です」
シニカはまず、二人をじっと観察した。足先から脛の辺りが赤く爛れている。次に目に入ったのは傷口の位置だ。脛の内側よりも寧ろ外側、ふくらはぎ周辺に傷が多い。エルフの里といえば、生活形態が人の生活から切り離されているという話も少なくない。シニカは生活する場に問題があるかもしれないと考えた。
「……貴女たちの集落について。というよりも生活で怪我をする可能性のある場所について、教えてください」
「ええと、私たちの故郷は……水が豊富な地形で、湖で水浴びをすることが多いです。衣服も脱ぐので怪我があるなら湖くらいだと思います」
フィーロの言葉に、シニカの双眸が鋭く光る。
「では、次の質問です。湖の底に尖った場所はありますか?」
「ええと、分からないです。目に見えて怪我をするような場所はないと思います」
シニカは尖った場所で怪我をしたのではないかと考えた。しかし、その質問の回答にシニカの表情が曇る。
「水浴びの時に身体が痛む……しみる感覚はありませんか?」
「いいえ。毎日の日課なので、そういった事はないです」
またさらに表情が曇った。顎の辺りに手を当てて、思考に耽る。おまけに水浴びをできるくらいには、水は鮮明ということになる。
「これは確認の質問になります。湖の水は濁ってはいませんよね?」
「はい」
湖の水が汚れていないことをシニカは再度確認した。少女の回答に水の濁りがないとなれば、傷口の原因となる場所は水の中ではないだろう。
「最後の質問です。貴女方、エルフという種族は普段……靴を履きますか?」
「どうして当たり前の質問を……? 裸足で移動しなければ獲物を捕まえられないです」
シニカの眼が見開かれる。バチリ、と脳に電気が走ったような感覚に襲われる。全ての情報が一直線に繋がったのだ。
「貴女方が今苦しんでいる原因が分かりました」
「まさか、靴……とでも言うのですか?」
「ええ、その通りです」
シニカは静かに頷く。するとシニカは火と水の属性陣を展開し、緻密な操作でエルフの少女二人の足元を洗い流していく。
温かい水が傷口にしみる。少女二人は思わず目を瞑った。次にシニカはいくつかの薬草を取って来て、それを火で
「これを温かいうちに飲んでください」
カップに入った「お茶」はいかにも苦そうである。少女二人の視線が上下左右に揺らぐ。
やがて覚悟を決めたのか、フィーロは右手でカップを受け取りアーレは左手で柄を握る。目を見開いて、二人は一気に飲み干した。
「あとはこの軟膏を毎日塗っておけば、時間が解決してくれます」
シニカはどこからかともなく、壺に充填された軟膏を取り出す。壺の中身は、褐色と緑が混ざったような色だ。
「それともう一つ、提案があります。これから貴女たちの故郷、エルフの里へ案内して頂けませんか?」
「「「ええっ!?」」」
聞き耳を立てていたシーナ達が声高に反応する。
「そこに隠れている三人をエルフの里へ連れていってもらえませんか? あの中の誰かが、里の問題を解決してくれることでしょう」
後ろを振り向き、シニカはウインクした。まばたきに込められた意味はすなわち、「三人共頑張って」というものだ。
突如与えられた
***
「シニカさん! どうして急にあんなことを!?」
「そうだよ。どうして俺達を試すような……」
「ええ、勿論。私は皆を試しています」
シーナとマグから困惑の声が飛ぶ。シニカは二人の視線を意に介さず、シーナやマグ、ノリアと一人ずつ目を合わせていく。
「私が貴方達に魔法や多くの知識を与えていったのはどうしてか覚えていますか?」
「それは、まあ……生きていくためだろ?」
マグがぶっきらぼうに答えた。
「その通りです。でもその知識は自分だけが生き残るために使われるものでもありません」
シニカは「皆が生きていなければつまらない」と言う。シニカの考えを聞いて、シーナの双眸が見開かれる。昔を思い出してか、握る手に力が入っていた。
「私は遠くから眺めているので、三人共。頑張って下さいね」
シニカはそのように締めくくると、手を二回ほど叩く。それから三人とエルフ少女二人組が大樹海を飛び出したのは、翌日になってからのことだった。
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