第二章 エルフの園

長命種-1

「ねぇ、アーレ。私たち、このまま死んじゃうのかな」

「そうだね、フィーロ。八十まで生きたし、満足……なんて、できないよね」


 伝染病なのだろうか。足の爛れが日に日に広がっており、熱も上がってきた。二人は死期を悟ったかのように、毛布を被り小声で話す。

 人間の八十歳とエルフの八十歳は意味合いが大きく異なる。エルフの里では結婚は百過ぎてからが多い上に、二人はまだ人間の街を見たことがなかった。


 一度でいいから、人の里を見てみたい。

 そんな夢に取り憑かれるも、足は爛れ、熱も高くなっている。


「ううぅ。寒い、寒いよ」

「こうしてれば、きっと寒くないよ」


 被る毛布を共有し、傍に密着する。


「華の精」


 二人のうちどちらかが、ふと呟いた。

 病を治すと言われている妖精。普段誰も近寄ることはない、パープレア大樹海の最奥に棲むと言われる華の精。

 その噂は長命種、エルフの里にも響いていた。

 しかし大樹海までは遠く、大樹海の麓まででも一週間はかかる。おまけに二人は満身創痍とも呼べる状態だ。二人が大樹海まで一週間で向かうのは難しいだろう。


「長老に頼んだとしても戻ってくるまでに二週間、それなら」

「うん、二人で頑張るしかないね」


 二人は羽織っていた毛布を首元に寄せ、くしゃっと握る。必要な食料と荷物だけ持って二人、里を飛び出した。


 ***


「今日はこの森で取れる薬について、少し掘り下げて教えようと思います。三人もちょうど退屈してきたところでしょう?」

「「「っ!?」」」


 シニカは辺り一面を囲う紫色の木々を見回しながら話し始める。最近教わる内容はどうにも慣れが出てきて退屈してきたところであった。見事に言い当てたシニカに三人は目をぎょっとさせる。

 こほん、と咳払いを一つ。シニカは背中を向け、移動を始めた。


「少し歩きますがついて来てください。見せたいものがあります」


 シーナ達はシニカに続く。

 森の最奥からは遠ざかり、森の外れへ向かっているのだろうか。差し込む光が眩しくなる。


「ここは?」

「見ての通り、樹海の端です。太陽の光が眩しいでしょう」

「それはそうだけど」


 シーナは困惑した。そんな心境を他所に、シニカは陽光を浴びて気持ち良さそうに伸びをする。


「どうしてここに来たのか。それもすぐに理解できますよ」


 シニカはそう言うが、光が届くに連れて自分達の見知った植物が増えていく。だからこそ、シニカの意図が余計に分からなくなる。


「そうですね。例えば、あれ……でしょうか」


 シニカの指差した先には雑草。否、雑草と言うにはややカラフルかもしれない。ベリーのような果実をつけ、地面からまっすぐに生えている。


「あの植物、シャノゲは咳止めの材料になります」

「へ、へぇー」


 まさか、と思う。シーナが昔生活していた村でもシャノゲは至る所に雑草として生えていた。咳止めの材料になると聞き、驚愕と困惑が飽和する。

 対照的に、マグとノリアは目をキラキラと輝かせていた。そんな中、突然シニカの表情が固まる。


「どなたか今、荷物を落としましたか?」

「いえ、落としてはないけど……」


 シーナの反応に残りの二人も強く頷く。シニカは確かにパサリという、妙に軽い音を耳にしたのだ。マグとノリアの手元を見ても、やはり荷物を落としてはいなかった。

 ──シニカの目が森の外へと向かう。すると、すぐに魔法を展開した。


「【探し出せfind out】」


 風を操り、周囲の状態を探る。すると、シニカは目の前のある一点を指差して指示を出す。


「あの先に誰かが倒れているかもしれません。私は移動が遅いので、シーナとマグは倒れている二人を背負ってもらえますか?」

「わかったわ」

「ああ、了解」


 シーナとマグは急ぎ足で森を走り抜ける。


 ***


「お目覚めですか。お二人共」

「「ここは……」」


 少女二人は目を覚ます。家具も何も無い部屋だ。

 辺りを見回していると、ぼやけた視界が鮮明になり、シニカの頭に咲いた花弁を見て口を開く。


「貴女が華の精さん、ですか?」

「ええ、私の名はシニカと言います」


 上体を起こそうとして、膝下に痛みが走った。二人の口元が思わず歪む。


「まだ動かない方が良いですよ。両足に雑菌が繁殖して、膿となっていますから」

「雑菌……?」

「目に見えない小さい生き物で、時に流行病はやりやまいの原因になります」


 雑菌という言葉に違和感を覚える少女二人だったが、シニカに説明されるとついに背筋が凍る。長い耳がピクピクと震えているのが目に見えて分かった。


「実際に貴女方を運んだのは、あそこでこっそり眺めているマグとシーナです。礼を言うならあちらに」

「「助けて頂き、ありがとうございました」」


 フィーロとアーレは力無く頭を下げる。痛みは全く取れていないのか、首を動かすだけでも足が痛い。辛くて辛くて涙が出る。


「私達には貴女方を助ける術があります。ただ一つばかり、お願いがあるのですが」


 シニカの言葉に二人は目を丸くする。


「……私に、血を数滴分けて頂けますか?」

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