ワタシヤセテマス-2

「それではまず一つ目の質問になります。貴方はどこから来ましたか?」


 シニカの問いに男は口を開いた。


「私はここより北の国から来ました。ですがある日、原因不明の病を患い、華の精を探していたんです」

「そうですか。それは災難でしたね」


 一つ目に得られた情報は北の大地で病ということだろう。


「では、貴方の国の風土について知っていることを教えていただけますか」


 二つ目の質問。住む地域に根差した伝染病の類かもしれないと、その可能性を否定するための質問だ。


「まず、寒いので鍋料理が有名です。レンガ造りの建物が並んでいて、寒さを好む動物がたくさん住んでいます。……って、これがどのような役に立つんです?」

「大丈夫ですから、そのまま続けて下さい」


 シニカはそっと手の平を上に、指先を男へ向ける。男はそのまま話を進めた。


「毛並みのある動物がたくさん住み着いているんです。昔から偶然見かけたキツネたちとよく戯れていましたよ」

「そうですか。貴方を取り巻く状況は良く分かりました」


 シニカの眼が鋭く光る。まだ二つしか質問をしていないが、それでも確証が得られたのだろう。シニカは改めて口を開く。


「これは確認の質問になりますが……貴方と同じ病気を患っている人はいますか?」

「……いる。いたと思います。私は北と南の物品をあきなっているのですが、同業のつたいで耳にしたことがありました」

「その方は北の国出身でしたか?」


 シニカの質問に男は右上を見上げて、やがて溜め息をついた。


「商人ギルドで耳にしたので恐らく、北国出身だとは思うのですが……分からないです」


 四度目の回答にシニカは「やはり」と頷いている。

 そして最後の質問。


「では、キツネに触ったのは前ですか?」

「覚えている限りだと、半年くらい前ですね」


 男は半年前に戯れたきり、キツネには触れていないと言う。


「原因不明と言っていましたが、原因は間違い無いかと思います。貴方の病の原因はズバリ、キツネです」

「キツネが原因……ですか?」

「ええ。厳密には……キツネの体内に潜む、小さな小さな虫が貴方のお腹の中で大きく育った。これが真相です」

「小さな、虫。原因は寄生虫だったのか」


 虫、虫、虫と。シニカの言葉を男は反芻はんすうする。男はどこか安堵した様子で、ベッドから起き上がった。


「華の精の噂は、本当だったんですね」

「私は魔王ですが、貴方を救えたのは事実です」


 腹が元に戻った男の容姿は決して小太りではない。むしろ体幹のすらっとした長身の男であった。柔らかな笑顔をシニカへと向けて礼を口にする。それから男は故郷の国へ旅立っていったのだった。

 その背中を眺めていたシーナ、マグ、ノリアは改めて、その膨大な知識量に尊敬の念を抱いていた。


 ***


 それから華の精の噂は大きく広がることとなる。

 ──パープレア大樹海には、病を治す妖精がいる、と。


「シニカさん、今日のお水よ」

「ええ、ありがとうございます」


 僅かな日が差し込む、からりと澄んだ朝。

 花に水やりではないが、同じ要領で地面に張り巡る根に冷たいシャワーを浴びさせるシーナ。シニカは気持ち良さそうに伸びをした。

 マグとノリアは皆の朝食を家の中で作り、フルーツや穀物の香りが漂う。


「朝食できましたよ、お二人とも」


 ノリアが扉の外で、シニカ達に大きく手を振ると二人は顔を見合わせた。


「それじゃあご飯を食べに行きましょうかシーナ。今日はやることが山積みです。当然、教えることも多いですよ?」

「べ、勉強……」


 表情が若干曇る。シニカはその反応さえもニマニマと笑みを浮かべて眺めていた。「やはり魔王だ」と言わんばかりに、ジト目で睨むシーナ。


「早くしなければ、ご飯が冷めてしまいますよ? シーナ」

「はい!」


 二人は家の中へ入っていく。

 バタンと閉まるドアの音で、鳥が数匹飛び去ったのは言うまでもない。

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