第26話-ガス灯照らすプラハの夜道
ヨゼが取り出したのは夜警の見回り当番表だった。
「何でそんなものを持ってるんですか!?」
「一応これでも警部だからね。人員管理も任されているようだ。ほら、ここを見て」
紙を開き、指さしたのはこの当番表が発行された日付で。
「1872年の4月……ところで今って西暦何年なんでしょう」
「1874年の4月。だからこの紙が刷られてから丸2年が経っている」
「奥方が失踪されたのが1年と半年前。その際夜警が共に駆け落ちしたのが事実なら、それ以降刷り直しが発生するか、名前欄に斜線程度書き込むだろう」
「この当番表が今も使われているということは、夜警の退職者は出ていないということだろうね。不手際さえなければ」
その瞬間、祈吏の脳裏で点と点が繋がった。
「さっき……靴屋の影に、誰かがいたんです。その人が何か知ってる気がします」
「ほう。それは君の直感かな?」
「い、いえ……自分は結構ツイてる方なので、そういった、アレです」
あからさまに狼狽えるその様子にヨゼはフッと笑い、警官帽を被り直す。
「じゃあ、君の幸運とやらにまた頼らせて頂こう」
「あ……っはい!こっちです、急ぎましょう!」
夜の街を走る祈吏とヨゼ。
人通り少ない道をガス灯の明かりが照らしているが、現代と比べると薄暗い。
そんな道を祈吏は内心『お化けが出そうだ』と怯えながらも走っていくと、先ほど遠ざかっていった人物の背中が見えてきた。
「ヨゼさん、あの人です!」
「そこのお前、止まりなさい!警官命令だ」
その言葉に観念したのか、人影は脚を止め、びしっとその場に硬直した。
「あれ……この人、もしかしたら」
呼び止めた人物は警官だった。
よくみるとヨゼの警官服よりこざっぱりとした恰好をしているが、防寒用のコートを着込んでいることから夜警だと伺える。
顔はハンサムで、髪はヨゼよりも落ち着いた金髪。
どこか女性に好かれそうな二枚目だ。
「何か御用ですか、上官どの」
「靴屋の奥方が行方不明になって1年が過ぎる。捜索について、今どういった状況か確認させてくれたまえ」
「そちらの件については、上官どのの方がご存じなのでは……」
「いや、君の方が知っている。なあ、祈吏くんもそう思うだろう」
「え、あ……はい」
ここで自分に話を振ってくるのか、と一瞬戸惑った祈吏だったが、目前の夜警を改めて見て確信する。
(暗くて恰好まではよく分からなかったけど、背丈は同じだ……ここはイチかバチか)
「自分たちは、さっきまで靴屋さんにいたんです。なぜ、貴方は店内を覗いていたんですか?」
「それは……靴屋の店主が最近また酒場で暴れたと聞いたからさ」
「……すみません、いまカマかけました」
「は……?」
呆気にとられた夜警に、ヨゼがにやりと笑う。
「ほう。やはり店前にいたのは君だったか。なら、わざわざ僕たちから逃げる必要もなかっただろう」
「それを出くわさないようにしたのは……後ろめたいことがあったから、じゃないですか?」
「……!」
祈吏の追及に夜警はあからさまに動揺し、肩を
「こほん。久しぶりに灯りが点った靴屋を見かけたのだ。奥方が帰られているか、気に掛けるのは当然のことでしょう。失踪中なのですから」
「酒場ではとある夜警と駆け落ちをしたと聞きました。その夜警はあなたですか?」
「なっ……だとしたら、何故僕がここにいるのか、ということになるだろう」
「靴屋の奥方は亡くなられた。率直に訊こう。君が殺した、という線はあり得ないか」
「…………なんだって」
そのヨゼの言葉に、夜警の顔色が一瞬で青ざめた。
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