第25話-打ち明けられる秘密
「え……」
静かながら和やかだった空気は一変し、夜のゾッとする冷気が漂う。
返答は噂通り夜警と駆け落ちした、もしくは実家に帰った等を祈吏は想像していた。
けれど明かされた『フーゴの認識』は、想像よりも遥かに重いものだった。
「嫁が出て行ったのは1年と半年ほど前だ。……死んだのを知ったのは半年前だ」
そう言い、フーゴは手元のスプーンを握りしめ、下唇を噛む。
その様子から激情がこみ上げているのだと分かり、祈吏は言葉を呑み込んだ。
「何故、奥様がお亡くなりになられたと知られたのですか」
言葉が出ない祈吏を察して、ヨゼが会話を続けた。
フーゴはそれに対して、絞り出すように答える。
「手紙だ。手紙が、来たんだ……。嫁は……ラミシャはもう死んだと」
「だが、俺は……っ」
崩れかけた堰を抑え込むように、フーゴは黙り俯いた。
これ以上の問いかけはフーゴを精神的に追い詰めてしまうだろう。
そう察した2人は妻に関する質問を控えようとアイコンタクトをする。
「お、お話しにくいこと聞いてしまい、すみませんでした」
(一体どうして亡くなられただなんて……)
『死んだ』というワードから不穏な胸騒ぎを感じた祈吏は俯く本人を目の前に、パーソナルスペースであるカウンターの奥をそおっと覗く。
そこは仕事場なのか、作業台に作りかけの靴と、壁には額縁に入った女性の肖像画が掛けられている。恐らくその人物が妻なのだろうか。亜麻色の髪をした女性だ。
棚には使いこまれた食器が2セットずつ置かれている。子供がいる気配はない。
「……せっかくご馳走してもらったのに、辛気臭い話をしてすまなかったね」
フーゴが顔を上げる。それと同時に祈吏も意識をテーブルに戻した。
「とんでもないです! こちらこそ、急だったところありがとうございました」
「……この件に関して警官さんに伝え漏れていた件は悪かった。以降は嫁の行方を追わなくていい」
「そうですか……承知しました」
「ところで、何故こんなに俺に親切にするんだ?……嫁の一件はあったとしても、ここまでする義理はないだろう」
「市民の心の平和を守るのも、警察の役目ですから」
「はは、そんな警官もいるんだな……」
――そんな話をしながら、食事の席は続く。
フーゴは食堂の人々が言っていた通り、言葉数は少ないが性根は明るく優しい人物だった。
グラーシュを食べつつ『嫁は隠し味にショウガを入れていたらしいが、俺は気付けなかった』と。大切な思い出を分け与えるように語る優しい眼差しに、嘘偽りは感じられない。
祈吏が店内の靴を熱心に見ているのを察して、一足プレゼントするとまで言った。
だが丁重にお断りし、代金を支払って『革製の編み上げ靴』を購入し、祈吏はその場で履き替えた。
「――それでは、夜分にお邪魔しました」
「鍋は今度、食堂へ返しに行っておくから気にしなくていい。おやすみ」
「お言葉に甘えさせていただきます!おやすみなさい」
(その時、ジョンさんと和解してもらえるといいな……)
2人は店を出て、夜の冷たい外気を吸い込む。
その時、靴屋の影から何者かが遠ざかっていく気配に気付いたのは祈吏だった。
(あれ、あの人……こんな夜に慌ててどうしたんだろう)
「さて、祈吏くん。お疲れだろうが、もう一仕事こなせるかな」
ヨゼがおもむろに懐から折り畳まれた紙を取り出す。
「奥方が今ここにいないのは間違いない。そして酒場で聞いた『夜警と奥方が駆け落ちした』という噂が本当であれば……ひとつ矛盾があることに気が付いた」
「どうやらその夜警はまだこの街にいる」
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