第27話-夜警の証言
「死んだ……? 一体なぜ」
「靴屋の主人がそう言っていた。事情は詳しく知らないがね」
「……違う、俺は……殺してなんかいません!!」
夜の街に咆哮に近い嘆き声が響く。
(この人が噂されていた『店前で奥さまと睦まじく話していた夜警』だとすれば……何で堂々と店前で話していたんだろう)
祈吏は靴屋の店先を思い出し『2人を結び付けた原因』を想像する。
すると、店の外装に感じた違和感と——酒場で耳にした噂が繋がった。
「では、奥方と関係があった、という夜警は君のことかね?」
「それは……」
夜警はびくりと口の端を引き攣らせたあと、視線を逸らして黙り込む。
その反応に祈吏は確信を得て、真っ直ぐと夜警を見据えた。
「靴屋が強盗に入られて、その時の対応を貴方が担当した、とかですか?」
「……どうして知っているんだ」
祈吏の言葉に夜警が驚く。 そっか……そんな流れだったんだ、と小さく溜息を吐いた。
「ご近隣の方から、靴屋さんで警察沙汰があったと聞きました」
「あとはお店の扉が他の外装と比べると、新しかったのが気になって。多分なのですが、強盗は扉を壊して店内に侵入したんじゃないでしょうか」
「……その通りだ。強盗が扉を壊し、夜半に押し入ったんだ」
「当時靴屋の旦那は仕入れの為に店を数日留守にしていた。奥方が1人だけだったから狙ったんだろう」
「そうだったんですね……」
「運良くちょうど見回りしていた俺が異変に気付けたから、事件は未遂で済んだのだがな」
「なるほど……事の顛末をちゃんと話すのであれば、上層部への告げ口は控えてやらなくもないぞ」
ヨゼの言葉に今まで強張っていた夜警の表情がふっと緩む。他にも後ろめたいことがあるのだろう。
「……分かりました。白状します」
そして苦虫を噛み潰したような表情で、事の顛末を話し始めた。
「扉は翌日すぐに新しいものが取り付けられ、鍵も頑丈になった。だが奥方があまりにも狼狽していたので、旦那が帰るまで俺が夜間に警備をすることにしたんだ」
「それは独断か?上層部の命令か?」
「……俺の独断です」
諦めを含んだ口調のどこかに、当時を口惜しむような気配を感じる。
その違和感からはこの夜警がフーゴの妻——ラミシャに対して恋慕を抱いていただろうことが伺えた。
「奥方は旦那の悩みをぽつぽつと語ってくれました。……すれ違いが絶えないってね。その上、留守の最中に強盗が入ったものだったから、精神的にだいぶ参っている様子だった」
「その間、旦那が戻ってくる間で俺と奥方は……ラミシャさんとは一線を越えてしまった」
『許されない事をした』という罪の認識があるのか、夜警は絞り出すような声で観念する。
ジョンの言っていた与太話が半ば真だった事実に、祈吏の心は人知れず乱され、口元を押さえた。
「一体どうして、そんなことに……」
「大体、旦那が悪いんだ。あんな素敵な人を家に残して数日出る方が可笑しいよ」
フッと鼻で笑った夜警をヨゼは見逃さなかった。
夜警へ一歩ゆっくりと踏み寄ったかと思うと、その襟元を目にも止まらぬ速さで片手で捻りあげる。
「告白した勇気は称えよう。他に言いたいことがあれば、言ってみなさい」
「ヒィッ! そ、その後は向こうから拒否をされて、一度も会っていない!! 本当だ!!」
夜警はヨゼの鋭い眼光から逃れたいのか、早口で答える。
そして言葉が尽きたところで、ヨゼが突き放すように夜警を放した。
「上官どの……ラミシャさんが亡くなられたというのは、本当なんですか。一体なぜ……!」
「その答えを君が知る権利はないだろう。どうしてもと言うならば、靴屋の主人から直接訊くがいい」
ヨゼは冷たく言い放ち、項垂れる夜警をその場に残し祈吏と共に立ち去った。
「あ、あの!夜警さん、放っておいていいんですか?」
「彼から聞き出せることはせいぜいこれくらいだろう。それに、何故そんな事象が起きたのか、確かめても仕方がない」
「祈吏くん。こういう時大事なのは『自身で見たものから、目に見えてないものを想像する』ことだよ」
「あ……」
確かに夜警はやたらとフーゴに対して敵意がある様子だったと、祈吏は履いている靴を見下ろして思い返す。
「それに祈吏くん、さっきあの夜警の言葉に動揺している様子だったからさ。不倫関係においては一方の声に耳を傾けても、混乱するだけだ」
「はい……確かに、そうだと思います」
(夜警さんの言葉を聞いて、一瞬奥さまを疑ってしまいそうになった……)
こればかりは一方の言葉ばかりを聞くべきではない。
そうぐるぐると思考の渦に呑み込まれそうになった時、祈吏の肩にぽんと手が置かれた。
「お疲れさま! 今日はこれくらいにして帰ろうか」
「えっ、はい。 でも、帰るってどこへ……?」
「僕の家さ」
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