第7話-失われた前世
(……前世って、あの前世だよね?)
突然のスピリチュアル発言に頭の中でぐるぐる考え始める祈吏。
祈吏の家は特別信仰している宗教はない。強いていえば先祖の墓は寺にあり、仏教の話を聞くことが法事であったくらいだ。
そういった宗教的な考えについては、特に否定的な気持ちはない。
けれどここで全肯定するのも違う気がする。
「前世の存在、ですか。あまりそういったことには疎いので、なんともですが……」
「そうか。簡単に教えてあげよう」
ヨゼは丸いクッキーを1枚掴み上げ、自身の皿の中心に置く。
「まず、このクッキーが
「『魂』と呼ばれるもの自体は、転生する度に新しいものがどんどん増えていく。核を中心に重なり、繋がって、混ざり合うようにしてね」
ヨゼが手探りで自身の皿の上から1つバウムクーヘンを触れる。
「ええと、このバウムクーヘンは何色かな?」
「え。それは普通の色……プレーン味だと思います」
「ありがとう。ならこれでいいか」
そう言い半円の白いバウムクーヘンをひとつ取ると、くぼみにクッキーが収まるように置いた。
「このクーヘンが『
「今世……現実ってことで合ってますか?」
「そう。まさに生きている今だ。今世を生きる魂は、滅多なことがなければちゃんと核と繋がり合っている」
次にチョコ色のクーヘンを手に取り、口元へ運び香りを確かめる。
目が見えないから何のフレーバーか確認したかったのだろう。
既に置かれたクーヘンと見た目が異なると分かれば、祈吏に見せつけるようにかざす。
「そして、こっちのチョコ味のクーヘンが『前世の魂』。前世で悔いがなければ、今世の魂や核と綺麗に繋がり合い、ひとつに
クッキーを中心に『前世の魂』に見立てたチョコ色のクーヘンを置く。
すると、半円同士のバウムクーヘンが2色の綺麗な輪っかになった。
「これが前世の魂が融合している人の状態だ」
「は、はあ……」
「一般的に言われる『魂』というものは、前世も今世も全ての魂を核がひとまとめにしているものを指すことが多い」
「魂がこの状態になっていると、前世の経験や学びが良い形で今世に現れる。俗に言う『魂の記憶』が作用するのだよ」
「だが前世に強い未練があるとズレが生じてしまい、魂が融合できない」
「こんな風にね」
ヨゼは今しがた置いた
すると2つのバウムクーヘンはS字になった。
「こうなると、前世の魂の未練が今世に悪い影響をもたらしてしまうのだ」
(前世の魂に、今世の魂って……)
祈吏が前世の存在について、まだ肯定はできない心境だった。
それ以前に、前世が本当に自分の夢遊病と関係しているのか、疑問だらけだ。
「それが、私の夢遊病と関係があるんてすか?」
「呑み込みがよくて助かるよ。まさにそういうこと」
「あの。お言葉ですが全て信じるのは難しいかも、です」
「ああ。それでいい。これは吾輩の見立てとして聞き流してもらっても構わない」
さも当然のような口ぶりに、祈吏の中に僅かな安堵が生まれる。
(なんだか、脱線してる気がしなくもないけど……ここ、本当にカウンセリングなんだよね?)
人を疑いたくないが、祈吏の心に一瞬疑心が通り過ぎる。
けれど邸の印象や今目の前にいるヨゼからは詐欺の気配は全くせず、むしろ大事なことを教えてくれている雰囲気さえあった。
もし、本当に前世があるのだとしたら。
「……もしそのお話が本当だったとしたら。結局自分はどうすればいいのでしょうか……」
「前世の魂と今世の魂が融合すれば、君の夢遊病は治まるだろう」
「だけど、何故だろうか。 ……君は前世の魂を持っていないのだよね」
ヨゼは説明に使った『
「祈吏くんといったね。君は何故だと思う?」
「何故だと、聞かれましても……」
前世はともかく、魂というものはなんとなくだが信じていた。
人が亡くなった後に身体が何グラムだったか、軽くなるという話を聞いたことがある。
それが魂の重さだって、どこかの研究者が発表したというニュースを見たから。
だが、魂の仕組み自体は全く分からない。むしろ目に見えない存在であるものの成り立ちを説明できる人はそうそういないだろう。少なくとも、祈吏の知り合いには存在しない。
(……ここは前世があるかも、っていう仮定で話を聞いてみよう)
「えっと、自分の前世の魂がないってことは、えーと……」
魂が前世と今世でふたつに分かれたまま、1人の中に存在することは可能なのかとか、そもそも色々と質問したいことはたくさんあった。
だがその前に、問いかけられた言葉に答えなければならない。
「混乱しているね、どうぞ。お茶でも飲んで」
「あ、ありがとうございます」
温かいダージリンティーを飲み、ふうと一息吐いたところで、祈吏はヨゼを真っすぐ見た。
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