第6話-盲目の男の娘先生

ソファに腰をおろし、ローテーブルを挟んで『先生』と呼ばれた人物と向き合う。


対面してみると先生の背は小さく……祈吏の目には小学校高学年程度に映った。

その上、体躯たいく髪型かみがた、声の高さ、全てにおいて少年少女どちらか判別がつかない。

凛々しい顔立ちからは男の子と言われればそうな気もするし、サングラス越しに透ける長いまつ毛や丸い輪郭りんかくは女の子と言われても納得できる。


服装はまず、真っ白な白衣が一番目立つ。

そのうちにはフリルの付いた深緋色こきひいろのシャツにリボンタイ。

重ね合わせたチャコールカラーのスーツベストは男性らしさがあるが、下はハーフパンツだ。


(どう見ても、子供にしか見えない。……けど、何か事情があるのかもしれないし、気にしないでおこう)


ひとまず年齢・性別について考えるのはやめ、口調と態度からどちらかというと男の子らしい印象なので、間をとり男の娘おとこのこなんだろうと自分の中で落ち着かせた。

従業員さんにメイド服をOKする寛大かんだいさから察するに、もう何でもありだ。


わたしはこのカウンセリングの室長、世前ヨゼと申します。どうぞよろしく。眼が見えないもので、室内だがサングラスをかけて失礼するよ」

「とんでもないです。遠橋祈吏とおはしいのりです。本日はよろしくお願いいたします」

「それで、本題だけど。君を採用することにしたよ」

「えっ」


想定していなかった言葉に祈吏は声をあげる。

脳裏を駆け巡ったのは『バイト募集の張り紙』と『受付での違和感』だった。


「すみません、自分はバイトの応募者じゃないです。今日はカウンセリングをしていただきたくて来ました」

「なんと!?それは大変失礼した。受付の時に手違いがあったのかもしれない」


コンコン、とノックの音が響き、先ほどのメイドさんが室内に入って来た。


「失礼します。お茶をお持ちしました」

「ティパル、この方はカウンセリングご希望の方だったよ」

「あら!それは大変失礼しました。てっきりアルバイト応募の方かと」

「カウンセリングの方には、事前にお茶の好みをお伺いする決まりだったのですが……すぐに取り替えてまいります!」

「とんでもないです!こちらで全然大丈夫です、むしろお気遣いありがとうございます」

「そうですか?……申し訳ございません。それでは、私の方で決めたものになりますが。よろしければお召し上がりください」


出されたのはダージリンの紅茶と、焼き菓子が数種類、それはクッキーやバウムクーヘンと焼き菓子の盛り合わせだった。


「先生、今日のお茶菓子はシュクレ・アムールのものですよ」

「おお!頼んでいたものかね!それはうれしい」


ヨゼと名乗った先生は、目の前に茶菓子が置かれた途端『わーい』と歓声を上げ、手探りでクッキーを1枚摘まむ。

その見た目相応な振る舞いに祈吏は一瞬呆気にとられた。


「ここの店の焼き菓子はどれも最高でね。 君も遠慮なく食べたまえ』

「えっ!あ、はい。ありがとうございます。いただきます」


(目が見えていないはずなのに、気配で察せられたのかな……)


そんなことを考えながら、祈吏はジャムがのったクッキーを口へ運んでみる。

さっくりとした生地は香ばしく、中心の赤いジャムは苺の自然な甘みを感じる。


「わあ。すっごく美味しいですね……!」

「だろう。吾輩わがはいお気に入りの焼き菓子店のものだ」


ふふん、と誇らしげにする様子が可愛らしい。

そんなヨゼの姿を見て、祈吏の緊張はいつの間にかほどけ始めていたが。


「それで、君のご相談内容だけど……不眠症、もしくはおかしな夢遊病に悩まされている、といったところかな?」

「えっ」


何故分かったのか、とドキリとする。この前広告をくれた人から聞いたのだろうか、と思ったが、夢遊病までは話していなかった。


「あの、はい。就寝中に勝手に起きて、絵を描いているようで……その時の記憶は一切ないんです。眠った気もしないので、日常生活に支障が出て」

「心療内科にも行って睡眠薬をもらったのですが、全く効いた感じがしませんでした」

「なるほど……」


ヨゼがもう1枚クッキーを口に運び、咀嚼そしゃくをしてゆっくり飲み込む。

そして充分な時間をかけてから、にっこり微笑んだ。


「祈吏くん、と言ったね。君は前世の存在を信じるかい」

「……はい?」

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