第8話-ちょっぴり規格外

「自分には、魂とかそういうのは見えたり感じたりしないので、分からないんですが……前世に未練がなければ、夢遊病のような悩みも出ないんですよね」


「なのに症状があって、未練があるはずの前世自体がないって……すみません。やっぱりまだ混乱してます」


「あはは、無理もないだろう。それにしても、ふむ……」


考えるふうにヨゼは頭を掻いたあと、前のめりになって膝の上で組んだ手に顎をのせた。


「もともと、君には前世があったのだろう。だが今はないのに前世の未練が夢遊病となって出てしまっている」


「そうなるとだ。考えられる線は、君の前世の魂はどこかで存在し続けている」


「君自身が誰かに渡したか、もしくは……誰かに奪われたかのどちらかだ」


「魂が、奪われる……!? そんなこと、あり得るんですか」


「全然あり得るとも! とは言え、あまり無いケースだがね。他人の魂を扱える人間自体が少ないから」


「まあ、吾輩のようにちょっぴり規格外の力を持っていれば、話は別だがね」


にこりとヨゼは笑う。

ちょっぴり規格外とヨゼは言い切ったか、祈吏にとってはかなりの規格外な内容なので、固唾を呑んだ。


「だが、その前世の魂の残滓ざんしが僅かに君の核に残ったのだろう。そしてその魂の未練が強かった」


「そのせいで、夜に絵を描いてしまう夢遊病が出た……というところだろうね」


「なるほど……」


祈吏は話半分で聞いていたが、ヨゼの言い淀むことない話し方はまるで医者が患者に病状の説明をするようで。

そのせいもあって、気づけばヨゼの言葉に耳を傾けていた。


「魂というのは不思議でね。一生一生の積み重ねで、核を中心に融けて混じり合い、形や色が変わる」


「君の今の魂は完璧に前世がない状態だ。魂の経歴……吾輩は魂歴こんれきと呼んでいるが、それがない。例えるなら何色も混ざっていない透明で、形がないのだよ」


「なのに、前世の影響が出るんですか?」


「水を張ったバスタブに、ミルクを一滴だけ垂らしても混ざっているのかどうか分からないだろう。今の君の魂の状態はそういった感じだ」


「よって、だ。今すぐに夢遊病を解消するのは難しいだろうね」


「……お話は解りました。でも……それだと困ります」


祈吏は手元のティーカップを見つめると、惨めな顔をした自分の顔が映る。

今まで堪えていた思いが、剥がれ落ちるように言葉が出た。


「この不眠のせいで、学校へいけない。バイトもできない。普通の生活ができないんです」


「なのに、前世の魂がないと治らないとか……正直、理解が追いついてないです」


「どうにか、治すことはできないんですか」


「……治るかどうかは今後の君次第なところだが、ひとつ朗報だ」


そう言い、ヨゼは閉じていた目を薄っすらと開き、妖しげに微笑む。


「前世がない人間は、吾輩の仕事を手伝える。だから即決雇用だったのだよ」


――コンコン、と再びノックの音が響く。

そして先ほどティパルと呼ばれていたメイドさんが現れた。


「失礼いたします。15時にご予約の福田さまがお見えになられました」


「おおー、ちょうどよかった。祈吏くん、このままご同席願えるかな?」


「えっ」

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