第十九話 チョコとあんこ

 俺も、ユキヤも、ハルさんも、サクラさんも、全員あんこのお菓子を食べてこの世界にやってきたのだ。

 それが、今確信に変わった。


「全員あんこのお菓子を食べてこの世界に来たなんて、偶然だとは思えないなー」


 ハルさんがそう言った。

 確かに、偶然にしてもできすぎてる気がする。何か、異世界の神的な奴がいて、

そいつが俺たちをこの世界に引き寄せているんじゃないか⁉︎


 そんな思いが胸をよぎる。


「世の中には不思議なこともあるものねぇ。……でも、元の世界に帰る方法もまだ

分からないし……困ったわね」


 サクラさんも首を傾げる。今の時点で分かっていることは、四人全員が『元の世界からこの世界にやってきた』ということのみ。


「そうだなぁ……何かしら、打開策はあるはずだし」


 俺が何気なくそう呟くと、ハルさんが膝をポンと打って言った。


「そうだ! 私、良い方法思いつきましたよ!」


 ハルさんが思い付いた、良い方法ってなんだろう。


「皆さん、あんこを食べてこの世界に来たのなら、逆のことをすればいいんじゃないでしょうか?」


 ハルさんはそう目をキラキラさせながら自信ありげに言った。


「逆って、どんな?」


 ユキヤがハルさんに聞く。


「ほら、逆にチョコを食べれば良いんですよ!」


 ハルさんが得意げにドヤ顔でそう言った。


「……あのね、ハル。だから、この世界にはチョコがないのよ」


 サクラさんが言いにくそうにハルさんに言った。


 ハルさんは、一瞬目をぱちくりさせたあと


「あ……そうだった」


 と小さく呟いた。


「ふふっ、本当にハルはおっちょこちょいね」


 サクラさんが小さく笑う。


「うわーっ! は、恥ずかしい! 今のは、忘れてください!」


 ハルさんは赤面し、あわてて顔を手で隠す。


「大丈夫大丈夫。そう考えるのは自然なことだしさ!」


 ハルさん一人に恥ずかしい思いはさせまいと俺も必死でフォローしたが、

正直慰めになっているかどうかも怪しい。


「でもさ」


 ユキヤが口を挟んだ。


「今のハルさんの考えは、元の世界に帰るためのヒントになるかも」


 ユキヤは手を顎に当てて、そう言った。


 今のハルさんの言ったことは、こうだ。全員があんこを食べる。そうすると何故か

チョコの代替品にあんこがある世界に来てしまった。それならば、逆に全員がチョコを食べたら、チョコがある世界に戻れるんじゃないか? ……ということなのだろう。


 しかしサクラさんの言った通り、問題はこの世界にチョコがないことだ。

この世界は、本来ならカカオ豆を使うはずのココアが”あんココア”なる飲み物に

変わっているし、バレンタインフェアがやっているコンビニには、チョコがあるはずなのに、チョコのチの字もなかった。その代わりにあんドーナツやらどら焼きやら、

あんこが入っているお菓子がショーケースに並んでいる始末。


 これはどうしたものかと途方に暮れ、俺の友人であるユウゴも、俺の家族でさえ

『チョコレート』という単語はおろか存在自体知らないようだった。

 唯一チョコレートという存在を知っているのは俺を含めたユキヤ、ハルさん、サクラさん、この四人のみだ。


「と言っても、仮にハルさんの仮説が合ってるとして、チョコレートを食べて元の世界に戻れるのなら万々歳ですけど、ここにはチョコがないですよね……」


 俺は話を切り出した。


「そうなのよね。せめてチョコがあれば、それを食べさえすれば元の世界に帰ることができると思うのだけれど……」


 サクラさんがそう考え込んだ。


「それがないのが問題です」


 ユキヤがため息をつき、そう言った。

 もういっそのこと、俺たちがチョコレートというモノの存在を、世間に布教してやろうか?

 思わず、そこまで思い詰めてしまう。


「まぁ、今日は一旦ここまでにしておきましょう。自己紹介できただけで一歩前進だし」


 サクラさんがこの場を仕切り直すように、手をパンと叩いてそう言った。

まぁ確かに、サクラさんとハルさんが姉妹だったり、ハルさんを探し回ったりと

衝撃が多すぎたからな。疲れているのも無理はない。


「うん、私も疲れちゃったし……。お二人は、どうですか?」


 ハルさんもサクラさんに同意し、俺とユキヤに問いかけた。


「僕は、明日も空いてるから良いですよ。……あんたはどうなの?」


 俺も明日は特に予定はない。四人全員、なんとか集まれそうだ。俺は三人に


「俺も明日は特にこれといって用事ないし、明日集まりましょっか」


 と言った。


「じゃあ決まりね。明日、帰りのHRが終わったら、この教室に集まりましょう。

それでいい?」


 サクラさんがそう提案してくれた。さすがは最上級生なだけあって、しっかりしている。


「うん、さんせ〜い!」

「分かりました」


 ハルさんとユキヤが、サクラさんに同意した。


「了解です」


 俺も、サクラさんに同意する。


「じゃあ、そうしましょう。……そうだわ。一応、私たちで、グループチャット

作らない? なにかあったら、グループチャットで共有すればいいんだし」


 サクラさんがふと、思い出したようにそう言った。

グループチャットか……意見交換とかもできるし、いいかもしれない。


「おぉ! 一気に楽しくなりそう!」


 ハルさんが目をキラキラと輝かせながらそう言った。


「……対面で会話するよりは、楽かな」


 ユキヤはグループチャットの方が、気楽らしい。まぁ、こいつの場合、対面で会話するよりは、文字で会話した方が話しやすいか。俺も別に嫌ではない。



「じゃあ作りましょうよ」


 俺もサクラさんにそう言って、結局四人全員でグループチャットを作ることになった。



     *


「よし、できた!」


 結局、グループチャットを作り終えると、もう完全下校時刻になっていた。


「もう帰らないとね」


 ユキヤがそう言ったのを皮切りに、自然と解散する流れになった。


「じゃあ、今日は話せてよかったわ。また明日ね」

「また明日会いましょう! タイチさん、ユキヤさん!」


 サクラさんとハルさんはそう俺たちに言い残し、帰っていった。


「……じゃあ、俺も帰るとするか」


 俺は学生鞄を持ち上げ、歩き出した。


「うん。僕も帰ろうっと。先生たちにバレたくないし」


 ユキヤも、俺より先にスタスタと教室から出て行ってしまった。

あいつは、いつでもクールというかなんというか……。やっぱり、無表情なところは変わらないな。サイボーグそっくりだ。


 俺はそう思いながら、教室を出て行くのだった。



       *



「困ったな」


 私はざっと並んでいるどら焼きを見ながら途方に暮れていた。

 さっきまで、ここはチョコの販売コーナーだったはずだ。それがいつの間にか、

どら焼きの販売コーナーに変わっている。


「何が起きたんだ? 私は幻覚を見ているのか?」


 思わずそう呟いてしまった。チョコの販売コーナーが、一瞬にしてどら焼きの販売コーナーに変わってしまうなんて、そんなことあっていいはずがない。


「いらっしゃいませ〜。おいしいどら焼きはいかがです? あんこもたっぷり入っていて食べ応えがありますよ」


 そう私に話しかけているどら焼き販売員のおばさん––––ついさっきまではチョコの販売員だったはずだ––––は、まるで最初からチョコレートなんて売ってなかったかのように、あっけらかんとしている。


「え……えーと。すみません、つかぬことをお尋ねしますが、このコーナーって先ほどまでチョコの販売を行っていましたよね?」


 私はそう販売員のおばさんに尋ねた。

しかし販売員のおばさんは、怪訝な顔をしながらこう言った。


「え? チョコ? なんですかそれ。ここはどら焼き屋さんですよ」


 いやいや、そんなことあるわけがない。あんたは今までチョコレートの販売を行っていたはずで、私は企画会議のために美味しいと評判の、このデパ地下のチョコレート販売コーナーに来ているはずなのだ。


「あ、良かったら一口食べてみます?」


 そう言っておばさんは試食用のどら焼きを、爪楊枝でぷすりと刺して手渡してくれた。


「あ……ありがとうございます」


手渡されたものを食べないのも悪いので、混乱しながらも受け取って一口食べてみる。


 あんこの味が濃厚で深みがある。それでいて、あんこを包み込んでいる皮も、もちもちとしていて大変に味わい深い。


「……美味しいです。ありがとうございます」


 私は、爪楊枝を試食コーナーの隣にあったゴミ箱に捨てながらそう言った。


「あら、とっても嬉しいわ。良かったら一つ、買ってみない?」


 ……せっかく試食したものを買わないのも悪いので、私はとりあえずどら焼きが

六個箱に詰めてあるやつを、一箱買った。



     *


「はぁ……」


 私は家に帰るまでの道で、歩きながら途方に暮れていた。


「これ、部下になんて説明しようか……」


 とりあえず今日は会社帰りにデパートに寄ったので、会社で社員の面々に見せる

必要はないが、明日からどうしようか……。


 私は大手菓子メーカーに勤めていて、そこの企画開発部の部長をやっている。

 今日は敵情視察……という名目で、明後日の企画会議に向けて策を練るために

今美味しいと評判の、地下デパートのチョコレート屋さんに行ってみた。


 ……はずなのだが、なんということだ。チョコレートは、あんこに変わっているではないか。


 こうなったのは何故だろう。ぐるぐると考えていると、いつの間にか自宅にたどり着いていた。


 とりあえず家に入ると、鍵を閉め、カバンを所定の位置において、手を洗い、ベッドに倒れ込んだ。……ご飯はひとまず後で食べよう。


 こうなったのは何故だ? まぁ、私の見間違いで、本来あそこはチョコレートの販売店ではなく、見た通りどら焼きの販売店だったという方が正しかったりするのだろうか。


 しかしあそこはチョコレートの販売店だったはず。前に、部下に教えてもらった時も、ちゃんと「チョコ販売店」と言っていたはずだし、スマホのメモにも記載が残っているはずだ。


 私はメモアプリを開いて、チョコレート販売コーナーの記載があるはずの欄をタップした。

 そこには目を疑う光景があった。


「……あれ?」


『デパ地下の美味しいどら焼き販売店 明日行く』


 ……え? どら焼き屋? 何故だ、私は確かに『チョコ販売店』と書いたはずだが……。


 そこには確かに『どらやき販売店』と書かれている。

……なんてことだ。


 私はとりあえずデパートに入ったときの行動を思い返していた。

















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チョコがあんこに置き換わった世界に転移してしまったので、どうにかして元の世界に帰りたいです 翡翠琥珀 @AmberKohaku

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