第十八話 びっくり

 これはさすがにびっくりした。まさかハルさんとサクラさんが、姉妹だったなんて。


 ユキヤも、無表情サイボーグの割にはキョトンとした顔をしている。こいつも、段々最初に会った頃よりは表情豊かになった気がしなくもない。


「えっ……ハルさんとサクラさんって、姉妹だったんすね……」


 驚きのあまり、敬語が崩れてしまった。やばいなぁ、ただでさえ気まずいのに、ここで醜態を晒してはどんどん気まずさが増していく気がする。


「えぇ、そうよ。……それにしても、ハルとタイチくんが面識あるなんて、知らなかったわ」


 サクラさんが悠然と首を傾げる。

どうやらサクラさんは、ハルさんと俺がデートしていたことを知らないみたいだ。

ちらりとハルさんを見ると、顔を赤らめて俯いている。家族にデートを悟られるのは恥ずかしいから、気持ちは分かる。それに、ハルさんの場合は、お姉さんだもんなぁ。俺にも姉がいるから、ハルさんの気持ちが手にとるように分かる。


 しばしの沈黙が続く。気まずいから、なんとかしたいんだが……。


「え、ちょっと待って。なんでお姉ちゃんがタイチさんと一緒にいるの⁉︎」


 ハルさんが叫ぶ。まぁまずはそこだよな。


「あぁ、これはね。たまたまタイチくんとユキヤくんと会ったのよ。

それで、一緒にいるって感じかしら」


 サクラさんがそう言って、俺とユキヤを振り向きざまに見る。


「まぁ、俺たちはサクラさんを探してたって言うか、なんというか……」


 むしろ俺たちがサクラさんを探してたら、バッタリ会ったっていう感じだから、

なんとも言えないな……。


「僕たちがむしろサクラさんを探してたんだよね。そうしたら、バッタリ会ったんだよ」


 ユキヤが俺の言いたいことをそのまま言ってくれた。


「なるほど、そうだったんですね。お姉ちゃんとタイチさんとあと……もう一人の

方は、誰ですか?」


 ハルさんがたった今発言したユキヤを不思議そうに見ながら尋ねた。


「僕は、雪城ユキヤ。二年です。よろしく」


 ユキヤが単調な口調で挨拶をした。相変わらず、簡素な挨拶だな。


「よろしくお願いします! 私は多田音ハルです」


 ユキヤに対し、ハルさんは元気な挨拶で返す。挨拶で見事に対比している気がするな。

 すると、ハルさんの自己紹介を聞いたユキヤが眉をピクリと動かし、俺に問う。


「ハルさん……。あ、この子がもしかしてタイチの言ってた子?」

「あぁ、そうだ」


 俺は頷く。


「えっ、タイチさんって、ユキヤさんに私のこと話してたんですね」


 ハルさんがそう不思議そうに尋ねる。そうだけど、気に障ったかな?

恐る恐るハルさんを見ると


「さすが、タイチさん! しっかりユキヤさんにも私のことを伝えてくれてる!」


 ハルさんが俺のことを褒めてくれた。おぉ、これは喜んでいいのか?


「いや、大したことないよ」


 とりあえずそう言った。他にどう言えばいいか分からなかったからだ。


「ところで、お姉ちゃんとタイチさんとユキヤさん。何を話してたんですか、

こんなところで。私は、部活が終わったから帰ろうとしたらここにたまたま通りがかって……」


 ハルさんがそう尋ねた。ふむ、確かにハルさんは部活がある、ということをハルさんの友達が言っていたな。


「あぁ、それはね。皆で元の世界に帰るっていう話をしていたのよ」


 サクラさんが説明をしてくれた。


「元の世界に帰る……。もしかして、チョコがある世界に帰るって話ですか?」


 ハルさんがそう尋ねた。あっ、この子、理解が早い!


「そうよ。皆で協力して、元の世界に帰りましょう」


 サクラさんがそう言う。


「うーん……とはいえ、その帰る方法が分からないっていう感じなんだけど……」


 ユキヤがそう言った。


「帰る方法ね……。そうね、どうやって探すのがいいかしら」

「あの、提案なんですけど」


 おっとりした口調で考え込んだサクラさんに、俺は言った。


「さっきこいつ、ユキヤとも話したんですけど、ユキヤはこの世界に来る前の

記憶があるらしいんですよ」

「えっ⁉︎」

「あら、そうだったのね」


 俺が、ユキヤのことを話すと、姉妹二人は驚く。


「ユキヤさんが、この世界に来る前の記憶があるって、本当⁉︎」

「何か手がかりになるかもしれないわね」


 ハルさんは驚きっぱなし。しかしサクラさんはどうやらユキヤが手がかりになるかもしれないと、期待をこめているようだ。


「一応、この世界に来る前の記憶はあるけど、断片的なものでしかないし。

それでもいいのかな」


 ユキヤが念を押す。


「えぇ、それでも何も手がかりにならないよりはマシだわ。話してくれる?」

「うん。断片的なものでも、ユキヤさんの記憶で何かわかるかもしれないし」


 ハルさんとサクラさんはそうユキヤを励ます。


「じゃあ、話します。この世界に来る前は、あんこが入ってるお菓子を食べて、

この世界に来たんです」


 ユキヤは、そう真っ直ぐ二人の目を見据えて言う。


「なるほど。あんこが入っているお菓子……それを食べて、あなたは

この世界に来たのね」


意外にも、というべきなのか。サクラさんはあっさりとユキヤの言ったことを理解したようだ。


 あんこが入っているお菓子なら、俺もこの世界に来る前に食べた気がするんだよな。でも、それがどんなお菓子だったのか、思い出せない。


あれ、さっきは思い出せたはずなんだけどな。うーん、なんだっけ?

俺はゆっくりと記憶を探る。

おはぎだっけ? 違う気がする、もっと白かったような……大福か? なんだかそんな気がしてきたぞ。


 ていうか、重要なのはあんこが入ってるお菓子の種類なのか?

 もうだめだ、考えれば考えるほど分からなくなっていく……。


「そうです。僕は、あんこが入っているお菓子––––たい焼きを食べたんです。

たい焼きを食べて、その日は寝たんです。そして、目が覚めたらここにいたって

感じです」


 俺が悶々と考え込んでいる中、ユキヤはそう言った。俺にさっき話してくれた通りの返答だ。


「そうなの。話を聞くことができて良かったわ。ユキヤ君も、私たちと同じなのね」


 え? それってどういうことだ?


「まさか、ユキヤさんも私たちと同じだなんて、びっくりしましたよ」


 ハルさんも目を丸くしながらそう言った。


「え、どういうことですか……。ハルさんとサクラさんも、あんこが入ってる

お菓子を食べてここに来たんですか、僕と同じで?」


 ユキヤは目を白黒させながらそう言った。どうやら混乱しているっぽい。

 表情が少し青ざめていて、声もすこし狼狽えている気がする。


「そうよ。私は、どら焼きを食べてこの世界に来たの」

「私も同じです。お姉ちゃんと二人でどら焼きを食べたんです」


 サクラさんとハルさんも、どら焼きを食べてこの世界に来たようだ。

 どら焼きは、いわずもがなあんこが入っているお菓子だ。


「なるほど、今のところ、私たちに共通しているのはあんこが入っている

お菓子を食べて、この世界に来たっていう点が共通しているわね」


 サクラさんがそう言った。確かに、三人ともあんこが入っているお菓子を食べて、

この世界に来た。


「ところで、タイチさんはどうなんですか?」


 ハルさんが俺にそう尋ねてきた。俺も、確かユウゴと一緒にあんこが入っているお菓子を食べて、この世界に来た気がする。でも、そのお菓子はどんなお菓子だったっけ……。そうだ、たしか大福とかだった気がする。それで、その大福をユウゴと一緒にコンビニで買って食べたんだ。

 思い出していくうちに、段々とユウゴと大福をコンビニ前の空きスペースで食べた思い出が蘇ってきた。この世界に来てからは、ユウゴと大福をコンビニ前で食べた覚えはない。なので、ユウゴと大福をコンビニ前で食べたという思い出は、自然と元の世界の思い出ということになる。


 段々思い出が鮮明化していく中で、俺は三人に


「俺も、友達と一緒になんかあんこが入ってるお菓子を食べてこの世界に来たんですよね。友達と一緒に、大福をコンビニの前で食べたんですよ。それで、寝て、起きたらこの世界に来たっていう感じです」


 と打ち明けた。

 ユキヤは、なんだ、思い出してるじゃんというような、呆れているのか安堵しているのか分からない顔をしていた。……いつの間にかそんな表情もできるようになってるのかよ。


「じゃあ、タイチくんもあんこのお菓子を食べてこっちの世界に来たのね。

 四人全員、こっちの世界に来た共通点はあんこのお菓子を食べた点、ということになるわ」


 サクラさんはそう考え込みながら言った。

 確かに、俺も、ユキヤも、ハルさんも、サクラさんも、全員あんこのお菓子を食べてこの世界にやってきたのだ。


 それが、今確信に変わった。





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