第八話 言いかけてたこと
「……とりあえず、お前のコミュニケーション能力は、徐々に改善していくと
して……。
問題は、この世界から戻る、っていうことだ。
お前、さっき何か言いかけてたよな?」
俺はユキヤに言った。
「うん。僕がさっき言いたかったのは、上級生の女の人に、バレンタインプレゼントを渡されたんだ。例によって、あんこが入っているお菓子だったんだけど……」
ユキヤが言う。またあんこか。もう慣れたけど。
「またあんこか、もう慣れたけど。……って顔してるね」
「俺の心を読むんじゃない!」
しまった、ついツッコんでしまった。
「それでさ、重要なのは……。その上級生の女の人は、僕達にとって重要な人になるかもしれない」
「重要な人……?」
重要な人って、それはどういうことだ。まさか……。俺は、はっと息を呑んだ。
俺の表情の変化に気づいたのか、ユキヤが言った。
「あぁ、流石。あんたは気づいたみたいだね」
「それって、まさか……。俺とお前以外にも、元の世界から来た人がいるってことか⁉︎」
俺は興奮気味にユキヤに言う。
重要な人––––俺とユキヤにとって重要な人。
それはもしかすると、元の世界に帰れる方法を知っている人かもしれない。
「どんな人なんだ⁉︎ その人に、話を聞きに––––」
「落ち着けよ、あんたらしくないな。その人と、僕は、少し話をしたから、
まずは聞いてもらっていいかな」
俺がユキヤに問い詰めようとすると、ユキヤが俺を押し留めた。
「話……? どんな話をしたんだ?」
俺は真剣にユキヤに問う。少し俺の勢いに気圧されたようだが、
ユキヤはそのまま続ける。
「その人が元の世界に帰る方法を知っているかは分からないけど、情報共有くらいはできると思うんだ」
ユキヤは静かに言った。俺はそっと拳を握りしめた。
「……あんた、どうしたの? 急に拳を握りしめて、ワナワナと震えて。寒さで
おかしくなった?」
「……やった、やった! どんどん仲間が増えてる!」
俺は喜びのあまりに叫んでしまった。
「え、仲間って……。別に、ゲームのパーティ組むとかじゃないんだよ。ただ、『一緒に元の世界に帰る方法を探る』っていうのが目的なんだよ」
ユキヤは訝しげに俺を見る。
「でもまぁ、仲間が増えるのは嬉しいことだよね。僕はその人に話を聞いたけど、悪い人でもなさそうだったな。ただちょっと……クセが強そうな人ではあったけど」
ユキヤはそう言って少し目を伏せた。クセが強いのか……どんな人なんだろう、良い人だといいけど。
*
「おい、今ってその上級生の女の人はまだ学校にいんのかな。ちょっと俺話してみたいんだけど」
俺はユキヤに聞いてみた。
「ちょっと待ってくれよ。……あんた、さっきから様子がおかしいよ。ちょっと強引すぎるというかさ……。校舎裏で会ったあんたは、もっと冷静だったと思うけど?」
ユキヤは冷静に俺を見て言った。
「だ、だって……元の世界に帰れる方法を知っている人がいるかもしれないんだぞ⁉︎
聞かない手はないじゃないか! ユキヤ、お前だって元の世界に戻りたいだろ⁉︎」
俺は必死に、ユキヤの目を真っ直ぐ見ながら説得する。
「そ、そりゃ僕だって元の世界に帰りたいけどさ……。
あんた、一旦落ち着きなよ。それに、その人が元の世界に帰れる方法を知っているかは分からないってさっき言ったじゃないか」
ユキヤが少し困惑しているのが分かる。少し表情がオロオロしているみたいだ。
その表情を見て、俺はハッとした。
「あ、悪い……。つい、元の世界に帰れるかもしれないと思って、我を忘れてたかもな……。ごめんな、ユキヤ」
俺はユキヤに謝った。ユキヤの言う通りかもしれない。
少し冷静さを取り戻した方がいい。
「……今から、上級生の女の人が僕に話してくれたことを、あんたに話すけど、
聞く準備はできてる?」
ユキヤは確認するように俺に言った。
「あ、あぁ……。頼む」
俺はユキヤに言った。
「じゃあ、話すね」
ユキヤは俺に、上級生の女の人と話した、元の世界に帰る方法の話を
始めた。
*
「……これ、どうぞ」
––––昼休みにタイチと話した後。
昼休みが終了するまであと数分というところで、僕はある女の人にプレゼント
を渡されていた。
女の人は、スラッとした体型をしていて、プレゼントの包みを渡す所作も綺麗で、まさに『美人』という言葉が似合う。
花に例えると、芍薬といったところだろうか。
この人は、同学年では見かけたことがないし、大人っぽいのでおそらく上級生だろう。
プレゼントの包みは、黄色くて、さらに黄色いリボンが結んである。
包みはどうやら、高級店の包みのようだった。包みに書いてある字体も、何か僕でも見たことがある字体だった。
「……あ、ありがとうございます」
僕はおもむろに返事をした。
「どうしたの?」
その女の人が僕の顔を覗き込んで聞いてきた。その瞳は綺麗なアーモンド色で、
思わず見惚れてしまうほどの吸引力があった。
「あ、いや……なんでもないです……」
僕は思わず惚けてしまっていたが、慌ててそう言った。
「ふふ……慌ててるところも、可愛いわね」
その女の人は、花が開いたように笑った。
その笑顔に、思わず見惚れてしまう。
それにしても、この僕を可愛いなんていう人は、この人くらいじゃないか?
僕は女の子にはモテる方だと思ってはいた。けれど、女の子達は大体僕を
『かっこいい』と言うけど、『可愛い』と言われた事は一度もない。
「昨日バレンタインだったでしょ? でも、昨日私休んじゃったから代わりに今日
あげるわ。受け取ってくれる?」
その女の人は言った。僕は言われるままに包みを受け取った。
「えぇと……これ、なんですか?」
僕は女の人に言った。
「あぁ、これね。いちご大福よ。食べたことある?」
「いちご大福ですか……。あんまり、ないですね」
僕は女の人の視線に耐えきれず、思わず地面に視線を逸らした。
いちご大福か……。僕は一回食べたきりだ。それ以来あんまり食べた事はない。
「あんまり食べた事ないから、食べてみますね」
「あらあら、無理しなくていいのよ〜」
僕がそう言うと、女の人は優しく僕に言った。
なんか、包容力があるというか……優しそうな人だな。
「じゃあ、僕はこれで……」
そう言って僕はその場から去ろうとした。
「ちょっと待って! あなたに一つ、言いたいことがあるのよ、ユキヤくん」
え? ちょっと待て。なんで僕の名前を知っているんだ、この人は。
前に知り合ったことあったか……? いや、ない気がする。この人の顔も今初めて
見たし。
あ、でも待てよ。僕って、なんかかなり校内で有名みたいだし、僕の名前くらいは
知ってる人とかもいそうだよな……。じゃあ、この人も僕の名前だけ知ってる可能性がなきにしもあらず……。
「あら、『なんで俺の名前を知っているんだ⁉︎ 』って顔してるわね。その答えは
簡単よ。ずっとここにいたもの」
疑問符を浮かべている僕に対して、女の人は涼しげな顔でしれっと恐ろしいことを
言った。
え? 何? ずっとここにいた? 怖いんだけど。何? いつからいたの?
僕の顔からサーッと血の気が引いた。
「ふふ、ちょっとお顔がパニックになってるわね。あなた、ついさっきまで
無表情だったわよ」
女の人はそう言って妖しく笑った。
「え……なんで……ずっと見てたんですか……? い、一体どこから––––」
「あら、そんな顔しないで。ずっと見てたと言うより、ここの裏に、花壇があるでしょう? その花壇で、お花の手入れをしてたのよ。そしたら、たまたま聞こえたの。
あなたと別の男の子が話をしていたのを」
僕が少しパニックになりながら女の人にそう言うと、女の人はまた妖しく笑いながらそう言った。
「え……僕達の会話を……?」
「ええ。ごめんなさい、盗み聞きなんかして」
女の人は少し目を伏せて謝った。
この人、見た目によらず盗み聞きとかするタイプなんだなぁ、なんかあんまり盗み聞きとかするタイプじゃないと思ってたんだけど……。
ていうか、それにしてもなんでこの人は僕達の会話を盗み聞きしていたんだろうか。
たまたま耳に入ってきたのか?
また僕は疑問符を浮かべた。
「なんで、盗み聞きしてたんですか?」
僕は素直に女の人に疑問を投げかけた。
「うーん……心当たりがあったからかな」
「心当たり?」
僕は反射的に身を乗り出して女の人に聞く。
「だから、あなた達の会話に心当たりがあったの。なんでって……そうね、
チョコ……って言えば、分かるかしら」
「……⁉︎」
僕は、女の人から発された『チョコ』という三文字の単語に衝撃を受けた。
「あら、思った通り、驚いてくれたみたいね。ふふ、このチョコって単語、
この世界の人たちはいまいちピンとこないかもしれないけど、やっぱりチョコがある
世界から来た人––––あなたや、ほら、もう一人の男の子には、効果てきめんだった
みたいね」
女の人は言った。
この物言い……もしかしたら、この人も、僕やタイチと同じ……⁉︎ 元の世界から
この世界にやってきた人なのか⁉︎
僕が驚いていると、女の人は急に真剣な顔つきになり、言った。
「私はあなたたちと同じで、元の世界からこの世界に来たの。でも、この世界は
あんこのお菓子ばかりで、チョコが無いのよね。この時期には、やっぱり私的には
『チョコ』って感じだから、少し違和感があるわ」
女の人は言った。
「あなた、元の世界に帰りたいんでしょう? 私も、この世界は別に嫌いじゃない
けど、元の世界の方が、チョコがあるから安心するのよね」
女の人はそこまで一息に言う。僕はゴクリと唾を飲み込んだ。
「そこで、ね」
あれ? なんかこの台詞僕もタイチに言ったような……もしかして聞かれてた?
うわぁ、聞かれてたんだと思うと一気に恥ずかしくなるな。
「私もあなたに協力するわ。一緒に協力して、元の世界に帰りましょう」
女の人はキリリとした目つきになり、手を差し出してきた。
……なんか、映画とかアニメとかでよくある展開な気がする。僕あんまりアニメ見ないけど。
まぁ、何はともあれ協力してくれるというのなら、仲間が増えるし良いかもしれないな。
「よろしくお願いします」
僕も手を差し出し、二人で握手する。
途端、予鈴が鳴った。
「あら、もう授業始まっちゃうわね。それじゃ、また会える時に会いましょう」
女の人はそう言い、足早に去ろうとした。
「あ、待ってください!」
僕は女の人を止める。
「あ、あなたの……名前、聞いていいですか?」
すると女の人は優しく微笑み、
「私は、サクラって言うの。これからよろしくね、ユキヤくん」
とだけ言い、優雅に白鳥のように去っていった。
僕はただ呆然と立ち尽くすばかりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます