第五話 不気味でコワい奴が……

「ねぇ、あんた。何か知ってるの?」


 はい、なぜか隣のクラスの男子に校舎裏に呼び出されましたタイチです。いやこれ、絶対殴られるやつじゃん……。


 順を追って説明すると、今朝はいつも通り学校に行って、ユウゴと話をしていた。

そしたら突然隣のクラスの男子に校舎裏に呼び出された。


 俺は内心、「これ絶対ヤバいやつじゃん……」って思いながらおずおずと

校舎裏についていったら、案の定ヤバそうでした。なんか睨まれてるし……。

 俺この人に何かしたっけ……。


 目前の男子は、俺よりも背が高く、俺より体格は良かった。しかも何故か白髪。

ストレス溜まってるのかな? まぁ目つきも悪いし、何らかのストレスは溜まってるんでしょうね……。


「何? 何も知らないの?」


 目前の男子は言う。


「えーと……その前に、君誰ですか?」


 俺はその男子に問う。


「あぁごめん。名乗ってなかったね。僕は雪城ゆきしろユキヤ。

あんまり面識ないよね、僕とあんたは」


 ユキヤ……? なんか聞いたことあるような……。俺は顎に手を当てて、

思い出そうとする。


「どうしたんだよ、急に神妙な顔になって……」


 ユキヤ、と名乗った男子が首を傾げた。


 あぁ、思い出した! こいつも、確か女子にモテてる奴だ。隣のクラスを覗いたら、机に大量にたい焼きやおはぎがあったので、思わず注目してしまったが、あれは

こいつが貰ったものだったのか。

 目つきが悪いけど、端正な顔立ちをした男子が、げんなりした顔で、椅子に座って

たい焼きとか見つめていたのを、ちらっと見たけど、それがこいつ–––ユキヤだったのか。


「あ……お前って、隣のクラスの奴か!」


 俺は思わず、声に出してしまった。


「そうだけど、何?」


 ユキヤと名乗った男子は、淡々とした口調で問う。


「いや、その……隣のクラス覗いたら、机に大量にたい焼きがあって、それを

お前が参った顔で見てた気がしたんだ」


 俺が言うと


「うん、当たり。僕はたい焼きを女の子たちに貰って、ちょっとげんなりしてた」


 ユキヤは無表情で言う。まるで機械人形の様に無機質な表情に、俺はゾッとしつつ、一体こいつは何が言いたいんだ、と思った。


「……あんた、名前は? 見たところ、あんたも女の子にチヤホヤされてるらしいけど……」


 ユキヤが言う。


「お、俺はタイチ……藤見タイチだけど」


 俺はユキヤの眼光に怖気付きながら言う。


「なるほど……タイチっていうのか」


 ユキヤは小声でそう確認したあと、俺をまっすぐ見据え


「タイチ、単刀直入に言う。あんたは、この世界についてどう思う?」


 ユキヤのその言葉に、俺は耳を疑った。こいつ、今

「この世界についてどう思う?」

 って聞いたのか?

 もしかして、こいつも俺と同じ世界から来た奴なんじゃ……。


 俺が狼狽えている姿を見て、ユキヤは何かを確認する様に頷き、言う。


「その反応だと、どうやらあんたも僕と同じ世界から来たっぽいな」


 淡々とそう言ったユキヤに、俺は言う。


「ちょっと待て……。お前も、俺と同じところから来たの? 俺と同じ世界から?

本当に?」

「ああ、本当だよ。だって、この世界には”チョコ”が無いだろ。これが何よりの

証拠だ」


 ユキヤから発された、”チョコ”という単語に、俺の全神経が反応した。

 おそらく、この世界に来てから、この”チョコ”という単語をこんなにまともに

発したやつがいただろうか。


「お前……今、なんて言った?」


 俺はユキヤに恐る恐る聞く。


「だから、チョコって言ったんだ。この世界からチョコが消えている。

 いや、チョコという存在自体が消えている。これは明らかにおかしいだろ。

 僕たちが元いた世界では、普通にチョコがあって、バレンタインにも、チョコを

贈り合う、っていう習慣じゃないか。なのに、この世界ではたい焼きやおはぎ、

まんじゅうがバレンタインの主役になっている」


 ユキヤは淡々と説明する。機械人形の様だ。


「……それは俺も気になってたことだよ。コンビニに行っても、チョコレートが

一つも売ってない。SNSにもチョコに関する呟きや写真、画像が一切載ってない。

どう考えてもおかしいよな」


 俺はユキヤに言う。


「そこで、だ」


 ユキヤは俺の目をまじまじと見つめる。


「あんたに協力してほしいんだ。僕と一緒に、この世界から脱出して、元いた世界に

帰る方法を探ってくれないか?」


 なるほど、帰る方法を探す、か。確かに、それは良い方法かもしれない。

 でも、こいつと一緒に帰る方法を探すのか。なんかこのユキヤって奴、目つきも悪いし、俺より背も高いし、ほとんど無表情だし、怖いんだよなぁ。


 女子的には『クールでかっこいい!』って感じなんだろうけど、俺はちょっと、怖いって感じちゃうんだよなぁ。


「頼むよ。今のところ、チョコの存在に気づいてるのはあんたしかいないんだ」


 ユキヤは俺にそう懇願する。あっ、少し困った様な顔になった。こうやって観察するのも楽しいかもな。まぁちょっと悪趣味かもしれないが。


「まぁ俺、たい焼きとかおはぎとかはそんなに好きじゃないし、一刻も早く元の世界に帰りたいんだけどな……。チョコがないのは寂しいし」


 俺がそう言うと、ユキヤは急にパッと明るい表情になり


「おぉ、あんたもそう思うんだ! 僕も実は、あんことか入ってる和菓子よりも、チョコの方が好きなんだ」


 と言った。


 急に表情明るくなるじゃん……。じゃあさっきの態度はなんだったんだよ……。

あれかな? 好きなもの語るときに急にスイッチが入っちゃうタイプの人かな?


 俺的にはさっきの無表情サイボーグみたいな顔より、こっちの表情が明るいモードの方が好きだな、なんか。

 やっぱり表情が活き活きしてる方が、こいつも華がある感じがするし。


「あんたもチョコが好きって判明したことだし、僕に協力してくれるか?」


 なんだよ、めっちゃグイグイくるじゃんコイツ。


 チョコが無い世界は寂しいし、何より俺がチョコレートを食べたくなってきた。

 一ヶ月に一遍はチョコレート食べないと蕁麻疹が出るっていうのに、このままチョコが食べれないなんて俺にとっては地獄すぎる。


「……チョコレートが食べれないなんて、僕にとっては一大事。地獄でしかないな」


 ユキヤが小さくそう呟いた。……こいつにとっても、チョコが食べられないのは地獄らしい。

 ユキヤは元の世界に帰りたい。俺も元の世界に帰りたい。利害が一致しているし、

ここはコイツに協力するとしよう。


「……分かった、協力する」


 俺はユキヤにそう言った。


「……あんたなら、そう言ってくれると思ってたよ。押しに弱そうだし」

「はぁ⁉︎ そ、そんなことねぇから!」


 俺はユキヤの最後の一言を聞いて、思わず飛び上がりそうになった。

 俺が押しに弱いって、なんで知ってるんだろう。しかもよりによってコイツに知られてるなんて……。

 恥ずかしさで頭に血が昇ってきた。


「あはは……顔赤いよ? だって、あんた見るからにお人好しじゃん。

まぁ、良い意味でお人好し、悪い意味だと馬鹿かもな」


 ユキヤは意地悪そうに笑って、そう言った。

 あれ、俺今こいつに馬鹿って言われた?


「……お前って、そういう奴だったのかよ……」


 俺は内心ユキヤに引いてしまっていた。


「そういう奴って、何が?」


 しかしユキヤは、首を傾げている。無自覚かよ! 一番タチ悪いやつじゃん、

それ……。


「平気で毒づくじゃん、お前……。そういう奴だとは思わなかったよ」

「毒づく? ああ、そういえば、僕が何か発言したら、周りの奴らは

固まってたな……。そうか、なるほどな、原因は僕の発言だったのか」


 ユキヤは俺の発言を聞いて、意外そうに頷いた。


 うわ、こいつ本当に無自覚で毒舌な奴じゃん! そりゃこんな奴とはあんまり関わりたくないって思うよな……。


 コイツ、雰囲気自体が掴みどころがないし、謎すぎるな。


「お前、本当に自分が悪いとかも分かってないんだな。なんなんだ、一体。

さっきの意地悪そうな笑みだって、お前ちゃんと自覚してるのか?」


 俺は半ば呆れながら、ユキヤにそう問いかける。


「あれ、さっきの意地悪だった? ごめん、自覚してなかった」


 しかしユキヤは例によって首を傾げるだけだった。


 ……あ。こいつ本当に駄目な奴だ。言われないと自分が悪いって気づかないタイプだ。


「……ごめん。僕、結構そういうところあるっぽいけど……」


 少ししょんぼりした顔になったユキヤを、俺はジッと見る。


 ユキヤは謝ったつもりだろうが、俺にとってはそうは感じなかった。


「……お前、その性格だと、今後も苦労すると思うぞ」


 俺はため息をつきながら、ユキヤにそう言った。


「……今後は、気をつけるよ」


 ユキヤは再び無機質なサイボーグの様な表情になってしまった。


 本当に、こんなよく分からない奴と一緒に、元の世界に帰ることなんて

できるのだろうか。


 俺の心には、暗雲の様に不安が渦巻いていた。














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