第四話 早く帰りたい
「はぁ〜、なんか今日は疲れたな。帰ったらゆっくり休むか……」
俺はそう独りごちる。それにしても、何故俺はチョコがあんこに変わった世界に
来てしまったんだろう…。
これは最近流行っている異世界転生、異世界転移ってやつだろうか。
いやでも、俺は元いた世界で死んだ記憶もないし、そもそも死んでないと
『転生』はできないよな。よくあるパターンだと、主人公が別の世界に転生したら
全く別の人物になってるってパターンが多いし。
対して、俺は俺そのもの、全く別の人物になったりもしてない。
それに加えて、この世界は限りなく現実に近い。友達も、家族も、先生も、何ら
元いた世界と変わっていない。
なら、これはパラレルワールド……いわば、並行世界だと考えるのが自然だ。
並行世界に何故か転移してしまった、と結論づけるのがいいだろうか。
いや、それにしても、こんな異世界転移があってたまるか。
チョコがなくなって、代わりにあんこが主導権を握る世界……?
あんこが好きな人にとっては良いかもしれない。けど、生憎俺は生粋の和菓子嫌いなもので、可能なら今すぐにでも元の世界に帰りたいよ。
もしこの世界に俺を召喚した神様がいるんだったら、そうそうに元の世界に帰してほしい。
俺はそう考えながら、自宅へと足を進めた。
*
「ただいまー」
「あっ、おかえりなさい!」
家に帰ると、姉さんが俺を待ち構えていた。何故姉さんが家にいるんだろう。
いつもならまだ大学にいる時間のはずだが……
「姉さん、大学は?」
「もう大学は春休みよ」
そうか、大学は春休みか。良いなぁ、大学生は休みがいっぱいあって。
俺はそう思うと同時に、姉さんがやけにニヤニヤしているのに気づいた。
……さては、また”アレ”か。やれやれ、毎年恒例でよく忘れないよな。
俺はため息をついた。
「もったいぶらないで、早く出しなさいよ」
姉さんは意地悪そうな笑みを浮かべながら言う。
「はいはい、分かったよ。……ほら、これ」
俺はたい焼きやまんじゅう、その他のあんこが入っているお菓子を、テーブルに並べる。
「わー、今年もいっぱい貰ってきたのね! さすがは私の自慢の弟ね」
姉さんはそう言い、笑った。毎回こうだ。いつも俺がバレンタインデーにチョコを
大量に貰って帰ると、必ずこう言うんだ。……まぁ、この世界ではチョコじゃなくて
あんこな訳だけど。
「あっ、ねぇねぇ、このたい焼き美味しそ〜! 食べていい?」
姉さんが、俺がハルさんから貰ったたい焼きを取り出して、言った。
しまった。ハルさんのたい焼きは後で食べようと思っていたのに、姉さんに食べられては、ハルさんに面目が立たない。
「いや、それ俺が食べようとしてたやつ!」
俺がそう言って姉さんを止めると、姉さんは意地悪そうな笑みを浮かべ
「はは〜ん。さては、これ本命の子から貰ったたい焼きかな?」
……あ、しまった。つい口に出してしまった。まぁ正確には本命の子、というわけでもないのだが、それでも俺と連絡先を交換してくれた大切な子だ。
俺も、いくらあんこが苦手だろうと、たい焼きを食べて感想を伝えたいな。
「本命って……別に、姉さんには関係ないだろ」
俺はそう言い、姉さんからたい焼きを取り上げ、自分の部屋に行った。
「あら、あの子……ずいぶん強引ね」
姉さんがそう呟いた気がした。
*
俺は勉強机の前にある椅子に座り、たい焼きを頬張った。あんこの風味が口いっぱいに広がる。外はサクサクしていて、中のあんこの甘さを引き立たせている。これ、店出せるレベルなんじゃないか……⁉︎ ハルさん、たい焼き作るの上手いな……。
これが手作りの力なのか、本当に⁉︎
……確かに、たい焼きもたまに食べると美味しいかもな。俺はそう思い直していた。
全部食べ終わると、スマホで、ハルさんにメッセージを送る。
『ハルさん、たい焼きありがとうございました。美味しかったです。外の皮はサクサクしていて、中のあんこが甘くて、外の皮が中身のあんこの甘さを引き立たせているなぁ、と感じました。お店で出しても良いレベルなんじゃないかと思いました!』
これでいいかな。俺は青い送信ボタンを押す。そしてスマホを置き、ベッドに倒れ込む。
…全く、この世界は一体なんなんだ。チョコがあんこに変わっていて、誰もそれに
つっこまない。それどころか、むしろそれがこの世界では”普通”だ。
母さんも、姉さんも、ユウゴも、ハルさんも、バレンタインにあんこを食べるのが
普通だと考えているみたいだ。
俺みたいに和菓子が嫌いな人間にとっては、この世界は苦痛以外の何でもない。
ハルさんから貰ったたい焼きは美味しかったけど、でもまだあんまり慣れないな。
ふと、スマホから軽快な電子音が鳴った。ハルさんから返信が来ていたようだった。
急いでメッセージアプリを開く。そこには可愛い猫のスタンプと共に
『美味しかったなら、良かったです! 私も、作ったかいがありました!」
という文言のメッセージが送られていた。やっぱり、この子は素直だな。
俺は適当なスタンプを返し、安堵のため息をついた。
俺は頭の中で考えを巡らせる。もしかしたら、この世界は、別にパラレルワールドでもなんでもなくて、本当はこの世界が俺の元々いた世界で、バレンタインにチョコを送る世界の方がパラレルワールドなのかもしれない。
だとしたら、こんなに戸惑うのも筋違いなのかもしれないな。
俺以外の皆がチョコという存在を知らなくて、あんこだけがあるのなら、当然小豆は貴重なものになる。チョコがないのなら、カカオもないよな……。
カカオがないんだったら、逆に小豆が貴重なものになるってことかな?
やばい、頭が混乱してきた。あんまり難しいことを考えるの、得意じゃないんだよな…。だんだん眠くなってきた。
誰か、俺みたいに、この世界の異常さに気づいてくれる人はいるのだろうか……。
いるんだったら、へんじをしてくれ……。
俺はそのまま寝落ちしてしまった。
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