何かがおかしいプロローグその二

 ––––何なんだ、一体……。俺は通学路を進みながら考える。

 ちょっとしたカルチャーショックだ。チョコの代わりにあんこ?

 ふざけているのか……。

 まぁ、さっきのは姉さんと母さんによるちょっとした悪戯だろう。学校に着けば

きっと机の中いっぱいにチョコが詰まっていることだろう。

 俺は、自分の机にチョコがぎっしり入っている想像をして、思わず期待に胸が

膨らんだ。

 そのとき、俺の肩を何か硬いものが掴んだ。


「おーっす、おはよ、タイチ!」


 明るい声が俺の耳に響く。どうやら、いきなり肩を掴んできたのはコイツ––––

友達のユウゴだった様だ。俺より背が高く、色黒で、ニカッと笑う笑顔が印象的な奴だ。


「……おはよう」


 俺はそっけなくユウゴに返事をする。


「なんだよ元気ねぇじゃん。今日はお前が輝く日だろ、?」

「や、やめろよそのあだ名……」


 ユウゴは悪戯っぽく俺の肩を小突きながら言う。

 どうやら、俺は毎年この時期になるとこのあだ名をつけられる。口ではやめろよと

言っているが、正直悪い気はしない。優越感に浸れるからだ。


「今年は、どっちの方が貰えるんだろうな……」


 俺は何の気なしに呟く。


「そりゃ、お前の方が貰えるだろ。お前は、他の奴より運動ができるし、

それになにより『顔』だ。顔では俺でもお前に勝てん」

「ははっ、そうか。……ま、悪い気はしねーな」


 俺はそう呟く。いいぞ、もっと褒めろ。

 そうだ。ユウゴに今朝の出来事を話してやろう。きっと、笑い話になるぞ。


「そういえば、今朝面白いことがあってさ。俺が『ココアちょうだい』って

母さんに頼んだんだよ。そしたら、あんココアっていう変な飲み物が出てきてさ。

俺困惑したわ〜」


 俺はそう言った。


「何言ってんだよ、普通だろ」


 ユウゴがさらりと言った。

 は、普通? ユウゴまで、俺をからかうのか?


「いやいや、普通って……。あんココアって何だよ。普通のココアじゃないのか?

ほら、チョコレートを粉末にして、お湯で溶かして液体にするやつ……」


 俺は慌てて説明をする。


「チョコレート? 何だそれ、昔のイギリス人の偉い人の名前か?」


 嘘、だろ……。チョコレートが通じない奴なんているのか……?


「チョコレートって、お前も好きだろ。ほら、甘いやつ! お菓子で定番のやつ!」

「んー、なんだそれ」


 しかしユウゴには通じないようだ。


「おい、ふざけてるのか? チョコを知らない奴なんて、滅多に見ないぞ」


 俺はユウゴに言う。


「本当に、それ何なんだよ?」


 ユウゴは困り果てた犬のように眉を寄せて俺を見る。そんな顔されてもなぁ……。


「だって、今日はバレンタインだろ⁉︎ バレンタインといったら、チョコレートが

貰える日じゃないか! 俺たち男子にとっては!」


俺は必死に説得する。


「タイチこそ、バレンタインといったら、あんこのまんじゅうとか、どら焼き、

あとはたい焼きとかが貰える日だろ。お前、あんこ嫌いだったっけ?」


 ユウゴは不思議そうに俺に聞いた。


「うーん……そんなにあんこは好きじゃないかも……。和菓子もあんまり、口に

合わないかな……」


俺は混乱した頭でそう絞り出すのがやっとだった。ユウゴも母さんも姉さんも

おかしくなっているのか? バレンタインの主役といえばチョコなのに……。


「珍しいな。日本人で和菓子が嫌いな奴なんてあんまり居ないと思うけど」


 ユウゴが不思議そうに言った。


「というか、和菓子自体がそんなに好きじゃないんだ。

 小さい頃からチョコレートとかクッキーとか、洋菓子ばかり食べていたから、

あんまり口に合わないのかも……」


 俺がそう言うと


「お前、和菓子が好きじゃないなんて、人生半分くらい損してるぞ」


 ユウゴがため息を吐きながら言った。


 って、そんな事より……! 俺はスマホを取り出した。


「今検索してやるから待ってろ。チョコレート、検索……っと」


 俺はスマホを手にチョコレートを検索した。

 はは、俺としたことが、当たり前の事を検索するなんてどうかしてるな……。

 思わず乾いた笑いが漏れる。チョコレートなんて検索したらすぐ出てくるだろ、

馬鹿馬鹿しい……。


 しかし、画面に表示された文言を見て、俺は目を疑った。


『チョコレート

検索結果:0件

チョコレートの検索結果はありません』


 おい、嘘だろ? そんなことはありえないはずだ。俺は絶望に打ちひしがれた。

 今の時代、チョコレートくらい検索すれば、百件くらいレシピとかヒットする

けどな……。

 よし、こうなったら、ありとあらゆる文言で検索してやるよ!

 俺は、そう決意を燃やし、数分間スマホとにらめっこしていた。



             *


「おい、歩きスマホは危険だぞ。さっきから何してんだよ。よっぽど面白い漫画でも見つけたか?」


 ユウゴが俺を心配して声をかけてくれたが、ユウゴにかまっている場合では

なかった。

 無い。いくら検索しても、チョコレートが検索でヒットしないのだ。いくら文章を変えても、ヒットする気配は無かった。


 たとえば、『カカオ 豆』で検索しても、一切画像も動画も、記事でさえも出て

こない。

 色々な文言で試した。


『チョコレートチップクッキー レシピ』

『カカオ 豆』

『バレンタイン チョコ』


 これらの文言で検索しても、画像も動画もレシピも、あまつさえ記事も出てこない

のだ。

 これは検索エンジンがどうかしているか、俺のスマホが壊れたのか、その二択だ。        

 もし後者だとしたら、早急に買い換えるべきかもしれない。


 しかも、それだけでなく、有名なチョコレートのブランドなども、一切出て

こない。

 日本でよく知られているブランドと、世界的に有名なブランドの二つを検索しても

効果は無かった。


『明○ チョコ の検索結果はありません』

『ゴデ○バ チョコ の検索結果はありません』


 何故だ…。チョコレートは日本から姿を消したのか……?


 そうだ、コンビニ! コンビニにはきっと、チョコレートがあるはずだ。


「ユウゴ、悪い。俺コンビニ行ってくる!」


 俺はユウゴにそう告げ、現在地点から一番近いコンビニに走った。


「おい、もうすぐホームルーム始まる時間だぞ! ……って、聞いてねぇや。

今日のタイチは、なんなんだよ一体……。なんか様子がおかしいな」



            *

「はぁ……はぁ……コンビニ……着いた……」

 俺はそう呟き、自動ドアを通る。

 そして、バレンタインコーナーに行く。


 しかし、そこに広がっていた光景は……



『どら焼き 職人が厳選した自慢のあんこ!』

『たい焼き あんこがぎっしり詰まった自慢の一品!』

『あんドーナツ 今日限定で一個買うとスタンプシールが付いてくる!』



 なんだこれ……チョコのチの字もないじゃないか。チョコはどこだよ、チョコは。


「あんたさー、今年って、誰にたい焼きあげんの?」


 俺が呆然としていると、ふとそんな声が耳に入った。


「あー、うちはね、今年は友あんこだけにしよっかな」


 女子大生らしき二人組が俺のそばを通り過ぎて、そんな会話を交わしていた。


 と、友チョコならぬ友あんこ……。


 俺は急いで店内を吟味したが、チョコのお菓子も、チョコが入っている菓子パンも

チョコそのものもなかった。あるのは、チョコの代わりにあんこのお菓子や、

あんパンなどの菓子パンだった。

 俺は最後に、店を出て、店の上にある横断幕を見る。そこにはデカデカと



『バレンタインキャンペーン あんこのお菓子セール中!』



 と書いてあった。それなら、これはどうだ!

 俺は急いでSNSを開き、バレンタインと検索する。すると、サジェストに


『バレンタイン あんこ』


 と出てきた。


『バレンタイン チョコ』


 と検索しても


『バレンタイン チョコ の検索結果はありません』


 と出てくる。


 落ち着け––––。俺は深呼吸をし、今朝からの出来事を思い出す。


 『あんココア』と称された飲み物を出され、困惑したこと。

 飲んでみたら、小豆の粒々の食感と共に、あんこの味が口いっぱいに

広がったこと。

 ユウゴの「チョコレート?なんだそれ、昔のイギリス人の名前か?」

という発言。

 女子大生の『友あんこ』発言。


 そしてコンビニにチョコ菓子はおろか、チョコレート一箱すら無く、

横断幕の『あんこセール中!』という文言。

 極めつけは、やはり


『バレンタイン チョコ の検索結果はありません』


 というインパクトある文言。


「……もしや、俺今チョコレートの概念がない世界にいる?」


 俺はそこで、チョコがあんこに置き換わっている世界に来てしまったのだと

悟ったのだった。












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