第五章 真実─1
「私を殺して、ここを立ち去りなさい。君とパトリシア、両方を助けるにはこれしか方法がない」
「そんな……そんなことができるとでも思っているのですか?」
沈痛な面もちで叫ぶフォースに、ジョンはすでに決意を固めた者しか持ち得ない強い意志を秘めた視線を向ける。
「君が軍に連れて行かれれば、私たち親子はミリオンに対して反逆者となる。軍の方が勝利を収めたとしても、君は再び実験の材料とされてしまうだろう。」
どちらに転んでも八方ふさがりなんだ。
それならば何もしないでいるよりもせめてあがいた方がいい。
吹っ切れたようにそう言い笑うジョンに、だがフォースは食い下がった。
「私がここにいるのが諸悪の現況ならば、私が消えればいい。そうではありませんか? あなたもパトリシアもその術を持っているはずです」
言いながらフォースは両手首をジョンの前へかざす。
たびたび高圧電流を流されたため焼けただれた皮膚。
そしてしっかりと電子錠が下ろされた戒め。
一つうなずくと、ジョンはポケットから小型のリモコンを取り出した。
覚悟を決めたのか、目を閉じるフォース。
けれど次の瞬間、ごとりという思い音が二つ静かな部屋の中に響いた。
「……何故、こんなことを……」
唖然としながらもフォースは解放された両手首を見やる。
寂しげな笑みを浮かべたジョンは、リモコンを床の上に放り投げると勢いよく踏みつぶした。
「奴らのことだ。こいつに発信器でも仕込んでいるんだろう。まあ、これでレーダーで君の居場所を知ることは不可能になった。君の力をもってすれば、ハンドレットから逃げおおせるのは簡単だろう? さあ、早く」
もう時間がない。
そう言うジョンに、フォースは激しく首を左右に振った。
「何と言われてもできません。そんな……恩人を手に掛けるなんてことは……」
「君とパトリシアを守るためなんだ。頼む。君を助けると言ってこんなところへ連れ出して、挙げ句にこんな思いをさせて……そして何より、あの子を残していくのが心苦しいんだが……お願いだ」
穏やかな茶色いジョンの瞳が、黒曜石のようなフォースのそれを正面から見据えた。
そこにはもう迷いも後悔も見いだせなかった。
何物にも代え難い決意だけがあった。
その意志の力に押され、フォースはジョンに歩み寄った。
「できれば……できれば君が自由に空を飛ぶところを見てみたかったな」
それこそ天使みたいだったろうに。
そう冗談めかして言うジョンに、フォースは泣き笑いのような表情を浮かべた。
「私は残念ながら翼も黒いので、天使と言うよりは堕天使でしょうけれど……」
うなずき、ジョンは目を閉じる。
その目頭から二筋の涙がこぼれ落ちた。
ありがとうございます。そして申し訳ありません。
小さくつぶやいて、フォースはその首に両の手をかけた。
程なくジョンの足は床を離れ、同時に引きつった悲鳴が聞こえた。
パトリシア……?
その声の主を認め、反射的にフォースは手を離した。
と、ゴム人形のようにジョンの体は床の上に崩れ落ちる。
おびえきった少女に一瞬彼は視線を向ける。
ここで何を言ったとしても、彼女はそれを受け入れ信じてくれることはないだろう。
ならば遺言を守らなければ。
淡い光がフォースを包む。
呼応するように黒い翼がその背に広がった。窓に歩み寄り、彼はベランダから中空へと身を躍らせた。
漆黒の翼は初めて風をはらみ、彼の体を中へと舞い上がらせた……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます