第三章 混乱─2
──敵襲! 製造番号を確認! 管理登録番号一〇〇四! ──
耳障りな騒音に、パットは思わず耳をふさいだ。一方ハンドレット達は表情を動かすことなく互いに顔を見合わせる。
「一体何事だ? 」
「奴は来たんだろう? 」
「外に配置したのは精鋭だ。問題はないだろう」
一番壁際に立っていたハンドレットが、むき出しになっていたスイッチを押す。
すると扉と対称面にある壁が明るく光り、スクリーンのように外の様子を映し出した。
人相の悪いハンドレット達が等しく銃器を構え、一定方向にねらいを定めている。
それらを一身に集めているのは、パットの言うところの『黒ずくめの天然ボケ』だった。
しかしフォースには全く動じる様子はない。
いつもとは異なるどこか冷めたような視線をハンドレットに向け投げかけると、彼は一歩足を前に踏み出した。
その氷のような威圧感に、恐れを知らぬはずのハンドレット達がわずかにたじろぐ。
気圧されたような空気に焦ったのだろうか。
指揮官とおぼしき一人があわてて右腕を振り下ろす。
それを合図として、一斉に引き金が引かれようとする。
さすがのパットも顔を覆おうとした、まさにその時だった。
「────……! 」
声にならないハンドレット達の叫び声が、スクリーンを、そしてスピーカーを通して室内に漏れ聞こえてくる。
同時に、それこそドミノのようにばたばたと彼らは倒れていく。
その一方で、フォースの周囲はあの不思議な光に包まれていた。
だがそれはいつもの暖かく柔らかなそれではなくて、怒りと悲しみとに満ちていた。
やがて、光は彼の背中の部分に集まっていく。
「あ……?」
倒れ伏したハンドレット達の前に立つフォースの背には、いつしか漆黒の翼があった。
そしてむき出しになっている肩口に浮き上がる三つの文字は『MIV』。
単語としては成り立たないそれに、パットは見覚えがあった。
……これはね、大昔の数字を表しているんだよ。今の数字に直すと、一〇〇四……
パットの耳に、父の言葉がよみがえる。
初めて『彼』がうちに来たとき、父が言ったあの言葉。記憶をたどろうとしたとき、ハンドレットの声が響いた。
「何をしている! 早く始末しろ! 」
怒号に呼応するかのように、車載の機関砲がフォースに向けて固定される。
その様子を冷たい視線で一瞥する彼の手に、光の粒が集まり、いつしかそれは不気味に黒光る巨大な鎌を形作っていた。
ほぼ同時に、一斉射撃が始まる。
それに対して彼はまるでスローモーションのように大きく鎌を振るった。
無数の弾丸がフォースを目指して放たれているのだが、一つとして彼に危害を与えることはできない。
いや、彼に到達することすらできなかった。
鋼鉄のつぶてはばらばらという音を立てて大地に散らばっていく。
一瞬、弾丸の補給のためか発砲音が途切れた。
その瞬間を待っていたのか、ばさりとフォースの黒い翼が広がると同時に、彼の身はふわりと宙に浮く。
それから閃光を放つと同時にかき消すように見えなくなった。
「進入! 目標に進入されました! 」
怒号とも悲鳴ともつかない報告が響く。
扉の向こうから、機関銃の音と拳銃の音が入り乱れ聞こえてくる。
耳をふさいだままうずくまるパットだったが、いつしかそれが次第にまばらになり水を打ったように静かになったのに気がついた。
顔を上げるその耳に飛び込んできたのは、がちゃがちゃという金属質の音だった。
装甲服を着込んだ兵員を導入して接近戦へ持ち込もうというのだろう。
確かにこんな狭いところで銃を乱射しても、味方に被害が出るのがオチだ。
いや、そんな基本的なことにすら気付かぬくらい、彼らはあせっていたのだろう。
しかし、白兵戦となれば多勢に無勢。
加えてハンドレット達は筋金入りの『生きた兵器』である。
体格一つ取ってみても圧倒的にフォースの方が不利だ。
常識的に考えれば。
けれどフォースは普通ではない。
少なくとも今の外見は。
しばしの沈黙の後、ぐしゃりといういやな音がした。
たとえるならば、蛙を踏みつぶしたようなという形容詞そのままの音が、繰り返し響く。
やがてそれらも静まり返った中、足音が次第にこちらへと近づいてくる。
それはついにパット達がいる部屋の前で止まった。
固唾をのんで扉を見つめるパット。
必死に身を起こそうとしている少年。
あわてて腰の銃に手をかけるハンドレット達。
その時だった。
「ぐわああああ! 」
一番真ん中に立っていたハンドレットが、前触れもなく頭を抱えて崩れ落ちる。
我に返った残りの二人が、扉に向かって銃を乱射した。
持ち弾をすべて撃ち尽くし、身構える両者。
だが次の攻撃は思いもかけないところから仕掛けられた。
「あぐっ!」
「げへっ!」
背後から首を締め上げられて、それまで銃を構えていたハンドレット達は等しく情けない悲鳴を上げる。
それまでひざまずいていたはずの一人が突然、仲間に襲いかかったのだ。
目の前で起きた突然の仲間割れに、パットは言葉を失った。
やがて力つきた二人が床に投げ出されると、穴だらけになった扉が静かに開いた。
立ちふさがる敵を切り伏したであろう巨大な鎌の刃は、どす黒い物で汚れていた。
が、パットの視線がそこにたどり着くやいなや、それは再び光となって空気の中に溶けた。
忘れたはずの恐怖に身を固める唯一残ったハンドレットに向かい、フォースは氷のような視線を向けた。
「……戻って主に伝えろ。この街には何もなかった。皆はシステムの異常で暴走し勝手に殺し合った、と……」
冷たい声がその唇から漏れる。
かすかにうなずき夢遊病者のようにふらふらとした足取りで部屋を出ていくハンドレットを見送るパットの視線と、フォースのそれとが重なった。
底のない深淵のような瞳だった。
「……兄……ちゃ、ん?」
かすれた声でつぶやく少年の脇に、フォースは静かに膝をついた。
何も言えぬままのパットをよそに、フォースは静かに語りかけた。
「すみません。私のせいでつらい思いをさせました。もう大丈夫ですよ」
言いながらフォースは少年の額に手をかざす。
暖かい光に包まれると、それまでの苦悶の表情は穏やかな寝顔に変わっていた。
「……フォース?」
パットの呼びかけに、フォースは顔を上げる。
深い漆黒の瞳が彼女をとらえた。
じっと見つめられるとその中に吸い込まれていくような錯覚にパットは陥った。
が、再び暖かい光がフォースからあふれる。
もう、大丈夫。
優しい声が聞こえた、そんな気がした。
同時に緊張が途切れたのか、パットは倒れ伏した。
折り重なるパットと少年とをフォースはしばし見つめていたが、二人を左右それぞれの腕に抱き上げる。
そのまま金属質の嫌な臭いが充満する装甲トレーラーを抜け出、彼は再び大地へ降り立った。
すでに夕闇に閉ざされた中、二人を抱きかかえたフォースは大きく息をつく。
と同時に背中の黒い翼が広がった。
その身体はゆっくりと浮き上がり、いつしか暗闇の中へと消えていった。
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