第一章 拾いモノ─1
かつて、人はこの
陸上はもとより、海や空までも。
しかし、今や人は支配者の地位を追われた。
新大陸の軍が秘密裏に産み出した人工生命対『ミリオン』が反乱を起こし、人に成り代わりこの惑星の支配者の地位についた。
被支配者となった人は、ミリオンの監視の元あらゆる文明の利器を手放すこととなる。
そんな世界でも、人々はたくましく生きていた。
この物語の主人公も、そんな人々の一人である。
✳
道は、ひたすらまっすぐにのびている。
見渡す限り荒れ野原が広がる大地を貫いて。
聞くところによると、この道路は『鉄道』や『飛行機』などという文明の利器が移動の主流手段になった頃から通る人がまばらになったらしい。
もっとも文明の利器が人の手から奪われて久しい今も、この一直線の道を通る者はほとんどいない。
いや、ほとんどの人間が自らの足以外の移動手段を持たない今、何も危険を冒してまでも遠く離れた隣街まで行こうなどという酔狂な真似をしようとする輩はいない。
通る者もいなくなったかつてのハイウェイを、一台の大型地上車が快調に飛ばしていた。
巨大なコンテナを引っ張っているところを見ると、この車の持ち主はこの大陸に点在する街を渡り歩き、その先々でなにがしかの稼ぎを上げることを生業としているのだろう。
いささか年代物の地上車は、スムーズに一本道を飛ばしている。
このスピードで走り続ければ、恐らく日暮れまでには『西の聖母の街』にたどり着けるだろう。
そして何より運転手自身、それを望んでいることだろう。
が、快調に飛ばしていた車が、突然止まった。
扉が開き、運転手が道へと降り立った。
そして、車を止めざるをえなかった『原因』に向かい、恐る恐る歩み寄る。
そこに転がっていたのは、真っ黒な物体だった。
その周囲には大きな黒い羽根が数枚散らばっている。
いや、物体と言うのはまだ正しくはない。
運転手はしばらくそれをしげしげと眺めていた。
一体全体、何でこんな所にこんなモノが……?
そう言うかのように、運転手は色の濃いサングラスを外す。
その下から現れたのは、いたずらっぽく光る茶色の瞳だった。
しっかりと作業着を着込んだ運転手は、意外にもまだ若い女性である。
無言のまま彼女は 倒れ伏すモノを見つめていた。
が、その肩がわずかに上下動しているのを認めると、あきらめたように深々と溜め息をついた。
それはまだ『モノ』ではなく、『ヒト』だったから。
このまま見捨てて先へ進むこともできる。
だが、通る者もほぼいないこんな所に置き去りにされては、コイツは遅かれ早かれあの世行きだ。
それがわかって見捨てるのは、何とも後味が悪いし良心の呵責にふれる。
目深にかぶっていたキャップを脱ぐと、瞳よりやや暗い色合いの癖のある髪がこぼれる。
それをぐしゃぐしゃとかきまわしながら、彼女は雲一つ無い青空に向かい絶叫した。
「馬っ鹿野郎ーっ!」
✳
絶えることのない振動が体を揺らす。
意識がはっきりしていくにつれ、重いエンジン音は次第に大きく聞こえてくる。
その時初めて、彼は自分が乗り物の中にある簡易ベッドに横たわっていることを理解した。
注意深く起き上がろうとしたところで、車はひとしきり激しく揺れる。
跳ね上げられた彼は、後頭部を激しく壁にぶつけることになった。
ようやく振動が収まった。
どうやら停車したらしい。
しばらくしてから前方の扉が開き、一人の女性が姿を現した。
「気分はどう? それよりあんた、何であんな所に寝てたの? そんな真っ黒な格好じゃ、日焼けする心配はないだろうけど、この炎天下じゃ暑いんじゃないの? 」
立て板に水を流すような勢いに取り付く島を失い、彼は戸惑ったように数度瞬いた。
だが、女性はそれを無視するかのように矢継ぎ早に続けた。
「乙女のか細い腕で大の男のあんたをここに運び込むのは大変だったんだから。おかげで予定が遅れまくっちゃって……え、と……」
一度言葉をきり、女性は彼をまじまじと見つめた。
黒い髪に、黒い瞳に、黒い服。
その出で立ちは、見事なまでの黒づくめだった。
しかし、東方系の顔立ちをしているのかと問われればそうではない。
抜けるよな白い肌と鼻筋の通ったその容姿は計算されたかのように整っており、どこか異質で作り物めいた印象を見る者に与える。
そこまで考えが及んだ時、女性は目の前の男が自分を見ていることに気が付いた。
現実に引き戻された彼女は、あわてて言葉をついだ。
「あんた、名前は?」
突然の質問に、黒づくめの男は首を傾げる。
癖のない黒髪がわずかに揺れた。
「な……まえ……?」
間の抜けた返答に、彼女は頭をかき回した。
が、気を取り直してもう一度。
「言葉、わかる? じゃあ、あたしは他の人からはパットって呼ばれてる。つまりそれがあたしの名前。あんたはどうなの?」
「……名前かはわかりませんが、確か……フォースと呼ばれていたような……」
「……フォース?」
男の言葉を、パットはしばらく反芻する。
それから改めて、彼女は男を頭の先からつま先まで眺めやった。
多少天然ボケの気があるが、悪い奴ではなさそうだ。
「じゃあフォース、あんたは何であんな所に倒れてたの?」
パットの言葉に、フォースは再び首を傾げる。
「覚えてないの?」
こいつはヤバい。
内心そう思いつつ、パットは引きつった笑みを浮かべ先を促した。
すると、フォースと名乗った男は、まるでバラバラに散らばったパズルの断片を拾い集めるかのように、彼はぽつりぽつりと話し始める。
「覚えていない……と言うより……わからないんです……ただ……」
フォースの黒い瞳が、言い難い光を放つ。
その神秘的な美しさに、パットは言葉を忘れ見入っていた。
「どこかを目指して……行かなければならないんです。そこへ。けれど……」
「それがどこかわからないわけ? ……なんだかなぁ……」
再びパットは頭をかき回した。
しかしそれにしてもフォースのこの格好、どこかで見たような気がする。
だが、肝心のどこかが思い出せない。
これじゃ、自分も大差ないじゃない。
そう考えると、思わず笑いがこみ上げてくる。
きょとんとした顔でこちらを見つめてくるフォースに、パットはおもむろに人差し指を突きつけた。
「じゃ、こうしよう。あたしは今、この道をまっすぐいった所にある『西の聖母の街』を目指してる。乙女の一人旅はそれなりに危険でしょ? 一応それなりに対策はしてるけど、それだけじゃやっぱ少し不安なの」
パットの茶色の瞳がいたずらっぽく光る。
「これも何かの縁でしょ。あんたは自分の目的地がわかるまで、あたしの用心棒ってことでどう? その代わり、ちょっと手伝ってほしいんだけど」
一応提案という形を取ってはいるものの、その言葉にはどこか有無を言わさぬ威圧感があった。
それに押されてフォースがうなずくのを確認すると、満足げにパットは膝を打ち勢いよく立ち上がった。
「じゃ、決まりね。道中よろしくたのむわ」
差し出された手を恐る恐るフォースは握り返す。
二人の旅路の始まりだった。
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