第4話 数人の声


「ふぁあ」

コウキは気だるげにあくびをしながら

廊下を歩く、学校が始まるにしては少し早い時間、

生徒も少なくて静かな廊下が窓から差す光に照らされ、その眩しさで目が覚める。


「おはよー皆んな。」


扉を開けると、

後ろの席で皆んなが集まって話して居た。


こちらを見たと思ったら、

カツキ、デタオ、マドナが走ってきて肩を掴まれ、教室の外まで押し出される。

「どうしたの?」



「お前謝ってねーだろ」


コウキは何も言わず気まずそうに

顔をゆっくり逸らす。


「...ああ忘れ」

質問に若干の肯定の声を出すより

先に食い気味に全員の重い言葉が投げられる。

「なんでだよ、こう言うのは

男が謝ればすぐ終わるんだよ。」


「サラちゃん悲しそうでしたよ。」


「家近いから夜謝ったのかと思ったのに、意気地なし」


罵声の言葉を言う皆んなは

明らかに顔に怒りを浮かべている。


「謝ってこないと、」

デタオが心配している顔で、目をじっと見つめてくる。


「でも」

コウキが何かを言おうとした時、

カツキに肩を抑えられて止められる。

「まあ今じゃなくても良いけどよ、皆んな心配してんだから、謝っとけよ。」

その腕のままポンポンと肩を叩かれると苦笑いで教室に帰っていく。


コウキは扉の前で、体が止まってしまう、

動かそうにも、身体が何かに引っ張られて、

動かせない。


違う


そう頭の中で大きく響いた時、

何かで頭を叩かれる。

「おう!どうした、コウキ。」

こんな風に出席簿を頭に乗せて来る人、

そんな人一人しか思い付かない。


「先生...」


タムラ先生はコウキの頭の上から、

教室内を眺める。

「お前らやっぱり早ーな仕事増やすなよ、

お、サラは一人で黄昏てるぞ、お前のこと待ってんじゃねーの。」


「...いやそんなこと、」

「なんだ喧嘩でもしたか?」

コウキの感情を知らずに勝手に掻き乱される様な言葉を言う先生にコウキは苛立ち、


「なんでも無いですよ!」


頭に乗っているものを払い落とし、

ドアを強く開けると教室に入っていく。


「おお、そうか、こえーな思春期の子って...」

ガラララガッ


「おはよー、

今日も変わらずにお前ら揃ってんな。

...カツキ髪切ったか?」

「切ってねーよ。」

教室に入って早々カツキは先生にメンチを切り喧嘩腰だった。


「...そーか嘘でもいいから

切ったって言えよいい先生に見えるだろ。」

先生は悪そうな顔をより笑顔で怖いほど歪ませて、カツキを睨む。



「もう無理だろ。」


「よしマドナ、髪切ったか?」



「エッえーと切りました。」

突然の事で驚いたマドナは、

髪をいじりながら、嘘を言う。


「そうか!じゃあカツキは罰ゲーム!」

「なんでそうなるんだよ!」

先生は嬉しそうに言うと、いきなりの理不尽な罰にカツキがツッコム。


コウキ達が集まって、数十分

先生がふと気づいた様に、話す。

「あーそう言えば後で全員にも言うけど今日席替えだから、ついでに汚い机は交換後

すぐに校舎裏にある

ゴミ収集場にある焼却炉で処理されます。」

先生から指を刺され、

コウキは自分の汚れた机を見る。


かなり年季の入った机だ、木の部分は薄く亀裂もあり金属の部分は錆が入ってきている。


やっと交換か。


キーンコーンカーンコーン

キーンコーンカーンコーン



「机、変えまーす」

先生の無気力な声が生徒でほぼ埋まった教室に響く。

歓喜の声と絶望の声が同時に聞こえる。

「えー、座席は例年通り、くじ引きで決めます。」

「えーー」

クラスのみんなからの声が聞こえるはずなのに、それを無視して先生は話を進める。


「じゃあ出席1番から来てください。」


他の子が次々席を決められて嬉しがったり、

がっくりして席が決まっていく、

コウキは窓から空を見て、別のことを考えて少しホッとしていた、やっとこの汚れた机を使わなくていいんだと。


席決めの自分の順番になり、くじ引きの箱に手を入れる、掴んだくじは。


「オ!コウキは席一緒か、まあ机は変えるし気分転換にはなるだろ。」


「まあ、そっすね。」

コウキは少し遅く机に戻る。


その時、くじを先に取ったサラと目が合い、

サラの手にあった、後ろの席の番号と違う番号のくじが目に止まる、


サラも

二人して目を背けて、椅子に強く座る。


ガタン!ガダン!


「じゃあ席移動!机変える子は机前に持ってきて。」

パンパン

先生は偉そうに手を2回叩き、

指揮者の様に手を振ってふざけている。


拍手を合図に皆んなは動き出す。

ガラガラゾロゾロ


椅子と机を持つ奴


別々で運ぶ奴


置いてかれる椅子


囲まれて動けない奴


ガン

「痛った〜指挟んだ。」

「ごめん〜」


指を挟む奴


コウキはしばらく全体を一周する様に見ていた、先生が視界の右に移動するとハッとして気づく。

「俺も机交換しに持って行かないとだ。」


最前列の利点だ、何にも邪魔されないで、

机を運ぶことができる。

コウキは、机を持ち上げ、前まで持っていく。


そこには綺麗な机を持って来ては

「交換してよ」と言う、問題児。


「綺麗な机だ、変える必要はない、

帰るんだ。」

それを綺麗な机だからと優しく断る先生。


問題児は不機嫌になり教室を出ていく。

よくある光景だ。

優等生にも問題児にもお構いなしの先生は

問題児をわざと怒らせて、帰らせる事がよくある、

そうすると先生は心底嬉しそうな悪魔みたいな笑顔になる。


みんなは怖がったり引いたりしてる、

俺は全然怖くないけど!

「おおコウキ、コウキの机は交換だな。」


「ああ、ありがとうございます。」

コウキはとっさに敬語の返事になった。


「なんだ、いつものコウキらしくない、

まあこれ持っていけ。」

ラップでグルグルに巻かれた、机を渡される。

「めんどいから自分で開けて。」


ラップをビリビリと破く、ゴミの山が出来てる横で、あんなに汚かった机が新品の机に変わった。


ツルツルに磨れている机に鏡の様に自分が映る、目の内がからで、口元が少し歪んで、食いしばった様な顔になる。

「なんだよ...。」

髪、目、口、首、と見ていって視線が段々と下がると左胸の辺りに大きくは無いが小さくも無い、黒い線が走っていた。


ん?これゴミじゃ無い。

コウキが指先で線を触ると少し窪みがあって

インクの線や糸屑じゃ無い事に気づく、

でも交換するほどでは無いけど、確かに少し気になる傷。


(少し嫌だなぁ)

「放課後、先生にでも言うか。」


少し悶々とした空気の教室で、授業が過ぎて放課後。


「一緒に帰ろうぜ」

カツキが声をかけてくる。


「あ、今日はごめん先帰ってて。」

コウキは申し訳なさそうに両手を合わせて、

断る。


「...あ、あんまり思い詰めんなよ。

じゃあな!」


「ああ」


コウキは言えなかった、勘違いさせてしまったかな、でも少しはまだ割り切れない気持ちがあったのかもな。


「フー...違うのに、

早くいけば間に合うかな。」


先生とコウキだけになった教室で

二人は喋り合う。


「どうした、いつもの奴らは?」

先生はいつもおちゃらけている。


「先に帰ってもらいました。」


少し言いづらそうに言葉が詰まる。

「ッ相談なんですけど。」


先生は両手を広げて、

何でも来いの態勢で構える。

「進路相談から恋愛相談まで

なんでも聞くぞ!

人生相談だけは無理だが。」


無理な事には手で大きくバツを表す。


「この机の事です、傷ついてるんですけど。」

そう言われて、先生は簡単に机やラップのゴミを見合わせて見ると。


「ああコレは持ってくる時付いちゃった傷だな、業者の責任だな。先生の責任じゃあないが」


少し考える様な素振りを見せると、

「ん〜そうだな、ごめんなコウキ、少し我慢することって出来るか、ごめんこの通り」


めんどくさがりで知っている、

いつもの先生じゃあ無かった、いつに無く真剣な顔をした、昔から知っているタムラだった。


机の傷の事で頭がいっぱいになる。


何となく考えて居たけど、

間近で言われると少し苛立ちがある。


変えてくれないのか。

「分かりました。」


俺はこれから、この机でずっと友達と先生とクラスメイトと学校生活かぁ。


一人の帰り道はすっかり夕暮れだった。

昨日の喧嘩した場所の地面を見る、足場が悪くて道の端っこはガタガタ、もし口喧嘩じゃなかったらそんな想像をしてしまう。

「俺が殺されてたかな、ハハ」

コウキの冗談と乾いた笑い声が

一人、耳に響く。


その頃家の薄暗い天井を見つめて

ベットに一人寝っ転がっている。

サラが小さく小さく、呟く。

「コウキ...コマチくん。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る