忖度という名のサイレント修正



 間に合った。

 数十に分かれた鉄の塊が降り注ぐ――間一髪、掴んだシンクレアがそこから脱した。


「くそが!」


 つい先程まで彼女がいた場所に轟音を響かせる鉄塊の山に思わず罵りが出た。


「ちょ、わ!?」


 ここにいるのも危険だとシンクレアを鷲掴みにしたまま後ろに跳ねる。

 右、左、右、右、後ろ。

 真っすぐ跳ぶだけだと補足される。


「よぶ! よぶぅ! 酔うぅ!?」


「我慢しろ」


「むちゃをおっしゃる!? とぇ! 前!」


 そのうちの一つが弾んで飛んでくる。

 一際大きな鉄塊。

 躱すにはでかすぎる、ランダムで散らしたのか、狙ってか。


「ふっ」


 それを認識した瞬間に息を吸う。

 脱力。

 抱えていた荷物を上に放り投げる。

 自由。

 おびょっ!? と汚い悲鳴が上がるのを聞きながら、僅かに肘を曲げながら左掌を出す。

 鉄塊が触れると同時に掌を廻す、膝を畳んで、体を落としながら捻る。


 ――捌いた。


「っ」


 僅かに痛む。鍛錬不足か。

 鍛え直さなければなと実感すると同時に上の荷物を受け止める。


「おぼっ!?」


 予想通りの重みから続けざまに予想外の衝撃が後頭部を打った。

 でか乳の重み。

 未体験の重さがぶつかって思わずたたらを踏みかけたが、気合で耐える。


「今のなに?! なんかのスキル? すげえ!」


「ただの合気だ、黙ってろ!」


 続けざまに飛んでくる小さめの鉄塊を左に捻りながら気合で避ける。

 下半身は低く備えて、腰のバネだけで跳んで動く。

 巨乳の女を抱えるとこんな重みを覚えるのか。

 元チームのエリファは軽くて楽だったなと変な感動を覚えつつも距離を取った。

 おおよそ16メートル。

 己なら2秒で詰めきれる距離で静止した。


「あのー降ろしてくれない?」


「待て。あれを見ろ」


 視界の奥のゴーレムだったものの鉄塊が、超自然的な力で浮かび上がり、元の形へと積み上がり始めていた。


「……うわ。あれって聞いてたやつ?」


「そうだ」


 キーパー戦に入る前、伝えた注意事項があった。








「ここのキーパーは何度か攻略しているからおそらく間違いはないが、過信し過ぎるな」


「し過ぎるなっていわれても、なにをどう気をつけるのさ?」


「得た情報から変化していることがある」


 ダンジョンは定期的に内部構造が変化し、以前に作った地図が無駄になることがある。

 そのため踏破目的のシーカーは戻れるギリギリまで侵入してから、入口まで戻って攻略距離となによりもダンジョンの傾向に慣らす。

 それは装備だったり、人員だったり、立ちふるまいであったり、時には死んで戻ることを前提とした調査隊を送り込む。


 そうやって苦労を重ねて攻略し、クリア手順が確立されたダンジョン。


 そこまでやって安心して後続が攻略していくようになったが、そこから絶望のどん底に叩き込むような事態が起きた。


「修正だ」


 トリガーは一定期間の経過か、あるいは攻略数のカウントか。

 一組前まで潜っていたのと違うモンスターの種類が変わる。

 潜っている最中で、途中から景観が変わる。

 モンスターの動きに、知らないものがまじり始める。


 それも大体確立していた攻略法を踏み砕くような種類のものだったり。


「それをシーカーたちは――」








 難易度調整テコ入れと呼んでいる。


 それが今まさに己たちに牙を向いていた。

 それを仕掛けた奴らの思い通りに。


「おそらくばらばらにしてもあの通り組み直して再生する」


 ここらへんの下りは後でカットするしかないな。

 そういまさら判断しながら背負った少女に、口頭で説明する。


「積み木ブロックかよ~粉々にしてやるしかないとか?」


 組み上がり、両手が繋がり、両足が浮かび上がった胴体部位と接合する。

 その様子をおそらく眺めながらシンクレアが呟く。

 とりあえず頭の上に胸を置くのはやめろ重い。はしたないぞ。


 がどうでもいいので指摘せず、必要な事を告げる。


「それは悪手だな」


「どうしてさ? ぶっ壊せば流石に治らないでしょ」


「鉄混じりの砂嵐に飛び込んで無事でいられるか?」


 自分の合気で防げるのはある程度の大きさの塊までだ。

 所詮人間が編み出した運動力学の合理。

 津波を薙ぎ払うには違う理がいる。


「あ~~」


「切断していない箇所までバラけた以上、おそらく単純な破壊は効果が薄い」


 鉄の塊に意思があるかないかは哲学者に判断を任せるとして、繋がってない部位に神経めいた伝達意思はない。

 だからあの全身を動かし、念動力のように動かしてるのは別の作用だ。


「倒すならあれのコアを破壊するしかないが……」


 純鉄巨像ピュア・アイアンゴーレムの核は頭頂部の額、正中線の胸内部の部位を破壊すれば討伐出来た。

 シンクレアのクルージンがそのどちらも両断した。


「聞き忘れたんだけどさ……コアの見分け方ってなに?」


 地響きと共に立ち上がっていく巨像を見上げながら、シンクレアに答える。


「ない」


「なんだって?」


「見分け方はない――少なくとも鑑定や、属性感知がないものには」


「ニンジャさんさぁ、持ってたりしない?」


 はは。


「あったら先に伝えている。採用確定の当たりスキルだからな」


「でーすよねー!」


 床を削りながら、巨体が踏み込んできた。

 それをバック走で下がりながら、観察する。

 最初からずっと観察し続けている。


「シンクレア、クルージンの多剣身スプリッドは出せるか?」


「なにそれ知らない! どういうの?」


「多弾頭ミサイルみたいに打ち込んだ光撃で粉砕する技だ。英雄騎姫ミス・シュヴァリエの代名詞だが」


「それってどうやんの?」


「わからん」


 己はレギオスを持ってないのでわかるわけがない。


「無理じゃん」


 カイニス曰く得たレギオスは完全に同じものとして、さすがにその習熟までは同じではない。

 シーカーとして、ライバーとしての経験値も天と地の差がある。


 こちらでなんとかするしかない、か「だけど」


なら多分出せると思う」


 巨兵の攻撃を避けながら、シンクレアの言葉を聞いた。

 言葉尻だけなら自信がなさげ。

 けれども響いた声に自信があった。


 初めてのキーパー戦でパニックにもならずに、こう強く言えるのは強くなる。


 ――かつて組んでいた彼女がそうだったように。

 




 シンクレアは断言した。

 彼女の天性技能アビリティは知らない。未配信では恩恵技能スキルも持っていないだろう。


 己たちはお互いをまるで知らない。

 今ここで共に闘ってるのはただの同行、だからお互いの手の内は最低限にしか明かしていない。


 それでも。

 それだからこそ。


「わかった。それを信じる」


 信用は大事だ。

 己も手札を切る。


「俺が奴を縛る。お前はそれを片っ端から打ち砕け」


「出来るの?」


「出来るさ。構図を整えるのはこちらの仕事だ」


「はは。こんな状況なのに、まだ画面映えのこと考えてるんだ?」


「仕事だからな」


「今、無職なのに?」


「それはこれから決まる」


 純鉄の巨像が緩やかに距離を詰めてくる。

 盛り上げてくれるな。

 ピントを調整する、倍率を上げる、カメラを前に。




「ここから先はノーカットだ。やれるな?」


「もち!」


「いくぞ!」


 上へとシンクレアを跳ね上げる。

 同時に前へと踏み込む、鋭く、尖らせて。

 アビリティを発動する。



 ―― <風よ。貴女に届いているか>――



 自己対象型能動魂律パッシブ・アビリティの発動。

 能力は

 《《息を止め、足音も立てなければ誰にも見えやしない


 此処から先は息をしないで動く。


 同時にガチンと奥歯を噛みしめる。

 周囲の時間が緩やかに進む、色彩を失う、白黒めいたものに、輪郭だけになる。

 意識の切り替え。

 術式や技能・能力ではない、ただの鍛錬とキッカケによる意識加速。

 それは<集中強化>などという他愛も無い言葉で記された自己の魂の能力。

 だが身につけ、研鑽したのは己自身。

 神々が記す価値もないと認定した無記技巧アーツ


 ミュートを解除し、前へ。

 この状態は酸素を多く使う、動かずに三分、動いて十数秒。


 巨像の頭が、いきなり姿を消した自分の位置を怪しむように傾き。――唸りを上げて、拳を叩きつけた。

 轟音・粉砕。

 一呼吸前に斜め前へと軌跡を変えた自分には当たらない。


 ――判断がのろい。


 舞い上がる粉塵に触れないように跳び上がる。

 実家と会社の鍛錬で積んだ鋼線渡りに比べれば目を瞑っていても乗れる巨大な手の上。

 その上を体重を分散させるように踏み、ザックから取り出したワイヤーを投げる。

 スナップを利かせた艶消ワイヤーは遠心力に従って巻き付いて、己が飛び降りたことによって腕まで縛り上げる。


 ――動きがのろい。


 亀裂が走る。

 拘束系の攻撃を防ぐためか、あるいは一部位に集中して動くためか。定められたように分割を始める純鉄の巨像。

 崩れてワイヤーから逃れるつもりだろう。

 が、遅い。

 

 ――既に観察は終えた。


 お前の

 規則性はあるのだ。

 それは積み木のように、決まった形はある。崩しても大きさは固定されている。


 ――だから。



「≪カイロス・タイム≫」



 カメラの向こう越しに、回り込んだ彼女に向かって飛び出そうとして――踏ん張る己に硬直する。

 このワイヤーは大重量荷物用に開発されたもの。人類が作り出した工学品。

 理外の数百トンの重さに耐えきれるものではないが――一瞬で切れるほど甘いものではない、


 初見殺しは初見殺し。

 抜ければ、こちらが勝つ。 


「ガッチャ!」


 カメラの向こうでシンクレアが踏み込む。



『クロック・クロノス・カイオス・カオス』


                          「我が手に栄光を!」


 突き出した掌から光の輪が生まれる。



『貴女の道に混沌の未来を』



                          「我が未来に秩序を!」



 その纏っていた騎士装束は光になって解けて花弁の如く散る。

 漆黒のアンダースーツが露わに空間が静止する。

 匂いはない。

 時間が止まったような不自然な停止。



『運命の刻はいまここに』


                           「掴む!」



 その上で踊るカイロスが天使のように手を叩いている。



                「『我が■■に手向けの彩華をエントリー!』」


 己はそれを見た。

 無数に重なるシンクレアの姿を。


 笑って、

    泣いて、

       怒って、

          喜んで。

 時計の針のように展開される幻像。

 その一人が踏み出して、彼女と重なり――纏う。

 巨大な革の靴。そこから伸びる灰色の革紐に、全身を締め付けられ、結ばれた拘束具。

 頭から生えるのは灰色の狼耳。


「      !!!」


 伸びた犬歯を剥き出しに吠えて、彼女は足を振り抜いた。

 

 轟音。


 巨像が砕け散る。否、消滅した。

 彼女が蹴り抜いた靴の一撃で。


「<蹂躙の徹槌靴ヴィザール>」


 踏みしめるものを全て蹂躙する破壊の具足。

 彼女は当たりを引いた。



「ガッチャ、大当たりだよ!」



 ガンと靴音を立てて、ピースを浮かべるシンクレア。


 それが決着の言葉だった。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る