契約成立





 ゴゴンっとけたたましい轟音が響き渡った。


「ほわぁ?!」


 思わず飛び上がろうとして、重い具足に足を取られてすっ転ぶシンクレア。

 それに手を貸そうとして、忘れかけていたミュートに切り替える。


「安心しろ。キーパー撃破の報酬だ」


「お、お?! わああ!!」


 ゴーレムがいた場所に残っていたのは純金のインゴットが数十本。


「マジだ! マジで金だ、やったー!! 大金持ちじゃーん!」


 金のインゴットを抱えてくるくるとシンクレアが舞う。

 自然体の喜びを身体で表現するいい絵だったが、舞踏会にはごつすぎる鋼靴が床を叩いている。


 SMボンテージめいた格好と相まって酷くシュールだったが、あの様子だと気づいてもいないだろう。


「あ、でもどうしょう。これめっちゃ重いんだけど、これもっていくの?」


「出口はすぐそこだ。これで縛っていけ」


 梱包用のワイヤーを投げ渡し、続いて指したのは壁に出現した光のゲート。

 これを通ればオベリスクに戻れる。


「あのゲートを通れば、自分が入ったオベリスクに戻れる。ダンジョン管理官にダンジョン名とクリアしたことを伝えて鑑定をしてもらえ」


「あーそうか。入ったのと同じ場所に出るんだっけ、じゃあ忍者さんは」


「とりあえずここでお別れだな」


 これがダンジョンの奇妙なルールだ。

 同じオベリスクで、同時に六人まで侵入は可能だ。

 しかし続いて新しい六人が同じダンジョンに侵入しようとすると

 ダンジョンA-1に入るとすると、ダンジョンA-2に入ってしまい、さらに同じオベリスクから入るとA-3,A-4etcetc……と続いていく。

 そのくせ、他のオベリスクからそのダンジョンに入ると同じダンジョンに入れてしまう。


 このため他の地域チームとの思わぬ遭遇や共闘、あるいは”襲撃”狙いの侵入もあったりするが……それはともかく。


「そっか。ここでお別れかー。なんていうかあっという間だったような、長かったような」


「シンクレア」


 渡したワイヤーで下手くそにインゴットをまとめてるシンクレアに声をかける。





「うん。覚えてる。それで、あれでしょ?」


 見上げた彼女の顔が、己を見上げる。


「それでよさそうだったら、忍者さんの撮影動画で投稿するって。あ、そうだ、これでお願いね」


 金のインゴットを一本抜き取り、己に渡してくるシンクレア。

 手がブルブル震えているから大金の自覚はあるのだろうが、いい決断力だ。


 このダンジョンで出会ったシンクレアに、己は被写体モデルとしての可能性を感じた。

 だからここをクリアするまで撮影対象にさせてもらうかわりに、彼女にこのダンジョンの情報を渡してクリアの補助をする。

 どこかのチームにカメラマンとして売り込むにしても、ただの攻略動画よりも配信者ライバーを生かした動画のほうが間違いなくセールスポイントを稼げる。


 そう踏んでの軽い契約のつもりだったが。


「シンクレア」


 うんうんと唸るシンクレアに、電話番号を記入したメモ用紙を渡す。


「なに? あ、そうか。動画のやり取りとかもここ出てからやらないといけないもんね」


「それもあるんだが、一つ追加の提案がある」


「ほえ?」


 首を傾げる彼女に、中腰で……でも見上げるので、膝まで落として、目線を合わせる。



「己を配信者ライバー活動のカメラマンとして雇わないか?」




 目をパチクリと開いて、硬直するシンクレア。

 一秒、二秒、三秒とゆっくり数えてから、彼女はおずおずと声を出した。


「なんで?」


「君に可能性を感じた。これでも幾つもの配信者ライバーを撮ってきたが、君はその誰にも負けないぐらいの才能がある」


「それはあー、このチー……レガリアがあるから?」


「それもある」


「あるんだ」


 いやガチャでレガリア別物出せるってのはネタとして強いだろう。

 少なくとも確変を起こせる乱数要素はある。

 飽きられない、人を引き寄せる、面白く出来る、その3つはライバーとして大事だ。


「あとおっぱいがでかいから?」


「うむ」


「マジトーンで即答しやがったな、こいつ」


「マーケティングポイントとして点が高いからな」


 人は誰しも大いなる物理母性に引き寄せられるものだ。

 外見的なビジュアル特徴は、セールスポイントとしてデカい。


「だが、それ以上に大事なのは、君が輝こうとしているからだ」


 ? と見えそうなぐらいに首をぐい~と曲げるシンクレアに、苦笑しそうになる口を手で覆う。

 マスクをしていることを確認。

 自分の笑顔はかつての同僚に人様に見せるのはよろしくないという記憶は強く焼き付いている。



「アイドル、芸人、演者に限らず、誰もがそれぞれの拘りと信念を抱えてどんな色を魅せるか考えている」



 人を引き付け、歌い踊り、賑やかせる輝ける偶像アイドル

 それはまるで夜空に輝く星のようだ。


 己が才覚と、それ以上に積み重ねた修練で磨き抜かれた凄まじき芸人パフォーマー

 それはまるで磨かれた宝石のようだ。


 人が持つ感性を、感覚を、記憶を響かせ震わせる魂の演奏者ミュージシャン

 それはまるで夢見る空想のようだ。


 この世界には魂がある。

 その魂が輝き、活動し、前へと歩くことは証明された


 


「その共通点は一つ。自分を磨き、輝こうとする意思がある」


 己の信念。



「英雄にならんとするものだけが英雄ヒーローになれる」



 どう受け止められようとも、決めるのは自分の意志と選択、そして行動だ。

 シンクレアは自分からレガリアを使って、一生懸命輝こうとしている。

 それを己は目撃した。

 だから。



「君が輝きたいのならば、誰もが知る素晴らしい者になりたいのならば、俺にその手助けをさせて欲しい」



 まあ魅了されたのだろうな。

 このちょっと色々抜けている駆け出しの、英雄の卵に。


「いいよ! 手助けさせてあげる!」


 それにシンクレアは八重歯を見せながら微笑った。



「ボクの名はシンクレア! この世全ての配信者の羨むすげーライバークイーンになる女だからね!」



 レガリアが解除される。

 白と黒の花びらを撒き散らしながら、質素な……本当にどこにでもいるような少女になりながら、天使カイを携えて、少女は手を上げた。



「了解した。己は風間 ジン、その過程を撮らせてもらう者だ。よろしく頼む」


「うん! よろしくね、ジン!」


『ぱぱぱーん、仲間が増えました。おめでとうございます』


「なんだそのアナウンス!?」


 

 わーぎゃーと騒がしく騒いで、それからここから出た後の情報のやり取りを確認し、己たちはダンジョンを後にした。



 全てはまた後日、詳しい話をつめるとしよう。























「あはは、同じオベリスクだったんだね」


「そのようだな」


 そう決意してひとときの別れを告げた数秒後に、再開した時はとても気まずかった。


 話は早いがな??




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