リハーサルは大事





「しゃおらぁ!!」


 威勢のいい声と共にシンクレティの閃光がストーンゴーレムを両断する。

 上から下へ、肩から下へと割断だ。


「わはー。閃き駈ける光の剣クルージンまじ強い! つよつよじゃーん!」


 基本射程はおおよそ数メートルから十数メートル、切れ味はストーンゴーレムを両断したことからわかるように凄まじい。

 以前研修や配信参考として見た英雄騎姫ミス・シュヴァリエの動画では視界の端にしか見えなかったモンスターなどを光の矢で撃ち落としていた。さらには孤軍奮闘として戦っていた動画では光で作った障壁や装甲の形成などをしていたことから習熟さえすれば攻防両立した優れたレガリアなのがわかる。

 土や水、属性を利用した武装を作る恩恵技能スキルも珍しくないし、同じように光を利用して武器に纏うのもないわけではないが、ぴょこぴょこと跳ねているシンクレティからわかるように極めて負担と操作難易度が低いのがわかる。

 事実、ここまで遭遇した三度のモンスターとの襲撃を文字通り一蹴している。


 世界最初のレガリアは伊達ではないということだ。


「この分ならここの攻略も楽勝じゃなーい?」


 その通りだろう。

 ここの最奥審判者キーパーを除けば、一番頑丈なストーンゴーレムが一撃なら苦戦する余地はない。

 シンクレティの後方と周囲は己が警戒しているし、ある程度の数押しでもクルージンなら対処可能だ。


「らくしょうじゃなーい?」


 事前に発見可能であり、真正面から渡り合うことが出来るこのダンジョンは相性がいいといえるだろう。


「らくしょうじゃなーい??」


 三度も言うシンクレティは随分と楽しそうだ。

 これはライバーとしての才能が伺えるな。


「返事しろよー!! ボクが独り言呟いてるだけの寂しい奴みたいだろー?」


 と思っていたら何故か振り向いてきた。

 マイクをオフにし、ため息を吐き出す。


「己はカメラマンだぞ。カメラマンに話しかけるやつがどこにいる」


「寂しいんだけどさぁ!」


「配信者志望だろ、我慢しろ」


「ええー?!」


 ええーじゃない。


 まったく配信者としての心構えというものが出来ていない。


「配信者になるつもりなら、己のことは空気だとでも思え。カメラマンに頼るな、やれることは自分で全て成せ」


「スパルタぁ!」


「常識的なことだ」


 はぁと息を吐き、ホルダーから抜いたクナイを投げた。上から飛び込んできたニギリサルの額を貫く。

 不自然な姿勢で落下してくる――のを喉輪で受け止めて、首をへし折り、音も立てないように床に落とす。


「……」


「どうした?」


 クナイを引き抜き、血払いをしてからホルダーにしまいこむ。

 その間にもカメラは前に向けたままでブレないように気を使ってるが。


「カメラマンさんさぁ、異様に強くない?」


「これぐらいシーカー・カメラマンなら普通のことだ」


「マジで?」


「嘘を言う理由はない」


 配信者のPTと同行するカメラマンは同時転送六人分の一枠の価値がなければならない。

 配信者たちの活躍を見届けるのにカメラを回し続けるのは最低限として、区別なく襲ってくるモンスターからは自分で身を守る必要があるし、カメラはもちろん器具を傷つけられない立ち回り。

 さらに魂の研鑽が進み超人化していく彼ら彼女たちに追いつくためにも体力や走り方の修練は必須だ。

 そこらへんを解決するためにドローンタイプのカメラや、配信者たちがつけてるサブカメラなどもあるが、それだけでは最適な構図とはいえない。

 ダンジョン業界のカメラマン仲間はどれもそれぞれの工夫と暇を見つけてトレーニングを積んでいる。


 といったことを噛み砕いた説明をシンクレアにすると、何故か怯えた顔で。


「この業界のカメラマンこわ。そこまでする?」


「するとも」


「たかが映像なのに?」


「たかが映像だからこそ、だ」


 映像のプロというのはそれだけに矜持を持つべきだ。

 ダンジョン業界だけではないサバイバル系、映画、ドキュメンタリー、戦場カメラマンに至ってまで誰も彼も矜持を持っている。

 純粋な金稼ぎや知名度稼ぎなどのモグリもいるが、信念を持っているものも間違いなくいるのだ。


「それにシンクレティ、君のハンディカメラがあっただろう」


「あーボクのお小遣いと共に砕け散った奴ね、うん」


 きちんと頑丈なシーカー・カメラを選んだようだが、さすがにあの扱いで壊れてしまった。

 放っておけば一定周期で変換するダンジョンに呑まれるから捨てたが、さめざめと泣くシンクレアとしてはひどく惜しいものだったのだろう。

 これからのことを考えればあの程度の支出で傷ついてれば身が持たないが。

 それはともかく。

 

「カメラを回すことに集中していると色々見落としてしまうし、戦いづらいだろう」


「まあね。いやあ世の中のライバーマジ舐めてたわー、すごいよ、うん」


 カメラを捨てて、自由な状態でダンジョンを進むシンクレアの動きは悪くない。

 レガリアという圧倒的な力があるにしてもモンスターを駆逐する判断力に、痛めつけられてたばかりなのにそれを感じさせないタフさ。

 これで本人曰く、初めての本格的なダンジョンアタックというのが信じられないほどだ。

 コロコロ変わる表情に、魅力的な体躯と、少々甲高いが聞こえやすい声。

 有望なライバー志望に間違いない。


「安心しろ。君にも才能がある」


「え? そう? いや、そうだね! うん、さすがボクだよ」


 にやにやと笑い出すシンクレア。

 少し下品な笑い方だが、絵になるから美少女というのは得だな。



「この負担を減らすために己のような記録者カメラマンがいる。君は君の冒険をすればいい、自分は舞台裏バックルームマンだ、いないものとして扱え」



 自分に名誉はいらない。

 映す一人が輝ければそれでいい。


「君は自由だ。君らしく輝け、それが一番キレイだ」


 その一瞬とそれからを見届けるための職務なのだから。


 シンクレアが何故か息を呑んだ。


「そ、そう? しょうがないなあ! うん、ボクってば綺麗だからねえ、うん!」


「なので頑張って、一人で戦ってくれ」


「ええ~~!?」


 何故そこでゴネる。

 繰り返すが、当たり前のことだぞ。

 ソロで活動してるのは業界でも一部だし、大半チームを組んで活動をしている。

 ダンジョン攻略は一般人の想像よりも過酷だ。


 己が前にいた<アリアンス>は五人編成で、主軸ストライカーのエリファを顔役にしつつ、全員が連携したダンジョン攻略を売りにしていたチームだった。

 レガリアを持っているエリファが目立つのは当たり前だが、チームの誰もが一定以上の人気と相応の活躍をしていた。


 ……彼らが業界のトップにまで駆け上がるのを見届けるつもりだったんだけどな。


「まったく寂しいならPTでも組めばよかっただろうに」


 だからこそ愚痴るように漏れてしまった言葉に、何故かシンクレアが固まった。

 ぎぎぎと油が切れたような動きで、振り向いてくる。


「は、はあ? なにいってるの、ボクは一人で十分なんですけど! 別に友達がいないとか、誘える知り合いがいないとかそういうんじゃないんですけどー! ここまで一人で何とかしてたし!」


『ユーザーは単独行動を好んでいます。二度のダンジョンアタックでも単独で挑戦、セーフエリアから脱出しました』


 サブカメラを抱えさせたカイが、ふわりと降りて告げた。


「カイくぅうんん!! それ返答しなくていいから!?」


 なるほど、ボッチか。

 それは悪いことをしたな。


「おいそこぉ! 同情すんな!」


「己は何も言ってないが」


「そんな目をした!」


 マスクをしてるんだが?

 と、そんな雑談をしていると視界の奥に白い大きな門が見えた。


 ダンジョン最奥の試練扉ゲートだ。


「シンクレア。最奥だ」


「お、おお、ついにかー! 長かったなあ」


 彼女の時間からすればおそらく二時間以上を潜ってたのだろう。

 そう考えれば長く感じてもしょうがあるまい。


「でっかいなー。映像で見るよりでっかく見える」


 初見なのだろう純粋な驚きを湛えた目で彼女は見上げる。

 ダンジョンの試練扉は基本的に白く、大理石にも似た素材で彫り込まれている。

 かつて突入したシーカーや研究者たちがその成分や強度を調べたが、傷一つつけることが出来なかった。

 文字通り破壊出来ないという設定がなされているかのようだ。とはダンジョン黎明期の動画に残された有名な言葉だ。

 ダンジョンには未知数の、条理を逸脱した現象や出来事が幾つも存在する。

 この門はその一つに過ぎない。


「おーし「まて」ぐえっ!」


 試練扉に触れようとしたシンクレアの首根っこをとっさに掴んで止める。

 触れてない? 触れてないな、セーフ!


「ゲートに触れるな! 触れた瞬間、門が開くぞ」


「え、マジで? 配信だとそんな様子なかったけど」


「常識だからな。一々言わないんだろう」


 試練門はダンジョンに侵入した知的生命体が触れた瞬間から勝手に解放される。

 指一本でも触れれば自動ドアのように開くし。


「この扉の向こうにキーパーがいるが、キーパーについては知っているな?」


「知ってるよ。ダンジョンを守護する門番、そいつを倒さない限り外に出れないし、キーパーを倒したら褒美をくれるんでしょ?」


「そうだ。褒美は物理的な宝、装備、貴金属など様々だし、未攻略のダンジョンであれば”スキル”を与えられることもある」


「褒美! え、どんなの?!」


「調べてなかったのか? 極々普通の純金インゴットだぞ」


「き、金! え、幾らぐらいになる?!」


 目がドルマークを浮かべている。


「そうだな……今の金相場なら、精々数百万ぐらいか?」


 かつての時代と比べて、ダンジョンから得られる貴金属類は全て大幅に値崩れしているという。

 そこからさらにダンジョン税などから差っ引いてもまあ半分ぐらいだろう。

 企業に所属してればさらにそこから引かれてたところだが。


「わぁ、わぁ」


『ユーザーの精神状態が不安定です。レガリアを解除しますか?』


「まって、まって!?」


 危うく精神崩壊しかけていたシンクレアを置いといて、

 重要なのは今回はそこではない。


「キーパーは門に触れたと同時に動き出す。開き切る前に攻撃してくる奴もいる」


「マジで?」


「マジだ。中にいるのはストーンゴーレム二体、キーパーが一体。動きは鈍いから真っ当にやればお前のレガリアの敵ではないが、一応性質を伝えておく」


 ザックから取り出したメモ帳に簡単にどういう姿か描き、そのページを切り離して彼女に渡す。

 さらに口頭で注意点、動き方、やるべき立ち回りを伝えておく。


「覚えきれるかどうかは当てにしないが、知らないよりはマシだろう」


「おっとバカにしてやがんなーこのやろー。これでもボクってば学校では成績優秀なんだぜー?」


「未経験者の判断を当てには出来ん。失敗はするものとしてリカバリーを考えている」


「む、むぅ!」


 不満を露わにするシンクレアだが、聞くわけにはいかない。

 こちらもダンジョンに潜ってそこそこ長い。

 だからこそよくある失敗談は熟知してるし。


「己も知り合いも、初めてのキーパー戦はとちったことがある。誰でも上手くいくわけじゃない、無理はするな」


 先達として伝えられることもある。


「それと装備は点検しておけ。激しく動くことになるからな」


「全然平気だよ」


「靴紐が緩んでるぞ」


「え゛」


 どや顔から一転慌ててシンクレアが靴紐を結び直す。

 その間に自分もマスクを外して点検作業をする。

 ザックから取り出したミント味のガムを口に放り込み。

 ガムを噛みながらグローブを一度外し、手汗を拭いてもう一度はめ直し、靴も同じようにする。


「なんでガム噛んでるわけ?」


「心拍数の調整だ。こういう作業は余裕がないと見落とすからな」


 余裕がないなら手印でも組むところだが、そこまで慌てるほどでない。


「ふ~ん」


 答えながらカメラのバッテリーを新しいものと交換し、吐き出したガムを包み紙に戻して仕舞い、マスクを被り直す。

 慣れたチームならお互い点呼しながらダブルチェックをするところだが、今回はお互い初対面同士だ。


「よーし、やるぞ!」


「まて、これを渡しておく」


 いざいかんと立ち上がる彼女を静止し、小型の無線ヘッドセットを投げ渡す。

 マイク部分を引き伸ばし、口元で囁く程度で双方向の更新が可能になるやつだ。


 それをつけるように手で示すと、自分も同じシステムインターカムを起動させる。


「三度戦闘を見た。幾つか指導することがある、従え」


「従えって、なに? 別に苦戦してないんだけど」


 少し声が大きいな。

 下げるように手振りをしながら、囁く。


「最低限、。扉を開けたら右側からつっこめ」


「なんで? ちょっ!」




 指示をすると同時に扉を蹴り開けた。



 さて、久しぶりの演出ディレクションだ。



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