まて、怪しいものではない




 レガリアとは。


 


 始まりはダンジョン黎明期。

 政府主導によるダンジョン調査の時代である。

 ダンジョンの化身アヴァタ―調査には様々な試みが送られた。

 老人、子供、男、女、そして精神的な性不一致者トランスジェンダーまで。

 その結果、子供はほぼ子供のままに、老人の多くはほぼ老人のままに、だが一部は大人や若い肉体に。


 トランスジェンダーはその精神的な肉体の姿として変換された(逆に言えば肉体のままなのは思い込みや、自称に過ぎなかった者が判明した)、


 このことから化身は精神的な肉体、精神体というべきもので構築されており、更にその身体能力は現実の肉体ほど性別差がないと判明した。

 ダンジョンに出てくるモンスターを倒し、成長……RPG的にいうなればレベルアップ、宗教家曰く魂の研鑽は行われ、それは難事を乗り越えるほど成長する。

 物理的、肉体的な制約からの解放ともいえる状態。

 その事実を後押しするように男女混合の軍人たちは個人の優秀生を除けば、それほど際立った戦果の差を出さなかった。

 誰もが初心者であり、誰もが訓練のしようがない初めての試み。

 それを分けるのは個人のセンスと立ち回り。

 誰もが常識的にそう考えていたはずだ。



 だが、軍に所属していたある一人の女軍人が異常な成果を出し始めた。



 それも最前線ではない。

 記録、検証担当の実験部隊から異常なほどの化身の成長が起きた。

 何故起こったのか。

 何故そうなったのか。

 当時の誰もが分からなかったに違いない。

 その軍人は他と逸脱するほどモンスターを駆除していたわけでも、ヨガや瞑想に分類される精神修練を行っていたわけでも、百年に一人の戦闘の天才だとか、生まれる世界を間違えたほどの超人でもなかった。

 ただ彼女は検証をしていただけ。

 共に同僚と協力しあい、上の指示を聞き、カメラを回しながら未知のダンジョンを調査していただけ。

 そう記録されていただけ。


 当時のカメラに、


 それだけだった。

 それだけが理由で彼女は祝福チカラを与えられていた。


 前線の誰よりも鋭い風のような動きを。

 前線の誰よりも強い鉄のような力を。

 前線の誰よりも優れた英雄としてのあり方を。


 彼女は選ばれ、見出され、前に、前線に、第一線に、誰も知らない未知の世界に、導かれた。


 そして、与えられた。


 レガリア、そう名付けられた特権神々の権能を。



 閃き駈ける光の剣クルージン



 立ちはだかるものを切り開く光の聖剣を生み出す特権を得た。

 人類最初の英雄ダンジョンライバーである。











「それを何故お前が持っている」


 そのレガリアと出来事はダンジョン事業に関わるものならば誰もが学ぶ歴史の初歩だ。


英雄騎姫ミス・シュヴァリエが死んだという話は聞いたことがないが?」


 レガリアは個人に与えられ、所有するものである。

 誰かが奪えるものではない。

 アバターに付与されるユニーク・スキル、文字通り貴方のための特別な特典オンリー・ユー

 故に特権。

 故に神から与えられた権威レガリア


 その唯一の例外が特権所持者の死亡による再配布だが、英雄騎姫は未だに現役で活動していると記憶している。

 世界的な著名人だ。

 死んだという情報があればトップニュースとして世間を騒がしてるはずだ。


「え? え? えーと」


 キョロキョロと配信者の少女が目を左右に泳がせている。

 なにかやましいことでもあるのか?


 ……いやまて。


「失礼。俺は怪しいものじゃない」


「ニンジャが怪しくないと!?」


「ニンジャではない、通りすがりのシーカーだ。風間 ジンという」


 三歩。

 わかりやすいように距離を開いて、自己紹介をする。

 マスクも外した。

 よくよく考えれば完全覆面で、突然現れた不審者とあらば驚きも当然だろう。

 故に社会人的マナーとして挨拶を返したのだが、何故か少女は両手を合わせて。


「ニンジャだ! 殺さないでください!?」


「何故だ」


「だってでかいし、立ちふるまいがもうなんかドーモって感じで、アイエ!? 挨拶返してない、ごめんなさい!!」


 どこの世界のニンジャだ、それは。

 あと己は鎌倉武士ではない。無礼討ちをするような時代でもない。


「でかいのは元からだ」


「アバターじゃないの!? どう考えてもボクの倍ぐらいあるのに!?」


「倍はないだろう、己は精々210センチぐらいだぞ」


「でけえ!」


「傷つくからやめてほしい。これでもそれなりに苦労をしているのだ」


「ごめんなさい」


 素直に謝るのは美徳だと思う。

 ペコリと謝った少女の前面装甲をみて、うおでっけえと思ったが、口にはしなかったのでセーフだ。


「はわー、はわー、なんでこうなるのさ。ここ人気ないって聞いてたのに、せっかくの初心者なのにボクってば天才じゃん計画が……ががが」


「全部口に出てるぞ」


「!?」


「面白い顔をするな」


「?!」


「困った顔をするな」


 惜しい。

 これが配信者だったら今のはぜひとも挟んでおきたい変顔だった。


「じゃあ、そういうことで」


「まて、どこにいく」


 いきなり歩き出そうとした少女の前に回り込む。

 ザップでも掴もうと思ったが背負っていないし、肩を掴むのは初対面ではセクハラに等しいからな。


「ニンジャ!?」


「ではない。しつこいぞ」


「いや動きがまさにそうとしか、うん」


 話が進まんな。


「失礼ながら忠告する。レガリアの不申告は社会的罰則が発生するぞ」


「え」


「本人が自覚してないケース、偶発的な発露などのケースを除けば、無申請レガリアの運用は”ダンジョン永遠法”違反になる」


「ええ!?」


 驚いてるようだが、これもまたダンジョン業界では最初に教わる常識だ。

 神から与えられた特権、その性質と種類、所持者は各々国で強く管理されている。

 レガリアはダンジョン内でしか原則発現出来ないものだとしても、ものによっては大きな社会的利益、国を揺るがす性質をもつ可能性がある。


 そのためレガリアを得たものは原則、規定の規約に従って役所に申告を済ませる必要がある。


 確定申告よりはまだ難しくなく、出来るだけ手続きも簡略化するように制度は進んでいるが……


「君は個人配信者だな?」


 企業所属のいわゆるハコ持ちではないシーカー、ライバー志望者だと踏んだ。


「そ、そうだけど……おじ――おにいさん、もしかして背広の人?」


 それはサラリーマンと言う意味か。

 あるいは警察とか、政府筋のものかという意味か、返答に困る問いかけだったが。



「就活中の無職だ」



「はんっ」


 おっと視線が下のものを見る目になったぞ?


「なーんだ、無職のおっさんかー。びっくりさせちゃってさ! 偉そうにセッキョウとかするつもり? 言っとくけど、この当てたレガリアガチで強いよ! ダンジョン内で揉めても警察未介入で」


「少し前は企業に努めていたプロだが?」


「すいませんでしたあああああああああ!!」


「土下座はやめろ。パワハラになる」


 驚くべき身代わりの速さだ。

 これは勤め人に向いた素養といえるが、この場でやられても困るだけだ。

 己にはか弱い……いやずぶとそうな婦女子に恥をかかせて悦ぶ性癖はないのだ。むしろ義憤に燃えるタイプだと思われる。


「ともかく、レガリアの名前と能力を聞かせてほしい。登録されてるものなら大体それで思い出せる」


「そ、それで捕まらない?」


「確か三ヶ月以内の申請ならセーフだった、はずだ」


 うろ覚えの記憶をひねりながら思い出す。

 この手の案件は現場担当としてある程度勉強はしていたが、重要なのは企業顧問弁護士に投げてたからイマイチ自信がない。

 ただレガリアを保持していれば、それだけで配信の専用チャンネルに専用マークが付くとかそういうメリットがあったはずはず?


「おし。それならセーフ、まだギフッたの一週間前だし! ヨシヨシ助かった!」


 いやまて、一週間?

 聞き捨てならない事に思わずける。


 だが本当の驚きはここからだった。





「ボクのレガリアは<栄光の刻衣カイロス> 能力は!」





「なにいってんだてめー」



 そう思わず聞き返してしまった己は悪くないと思う。



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