出会い
カメラマンという役割は目立たないが、ダンジョン初期から存在した
ダンジョン外部から内部の様相を知るために録画型のカメラが持ち込まれて、ようやくダンジョンの全貌が大きく広がった。
風聞、文章、証言だけではない実感の伴った真実として伝わったのである。
初期ダンジョン攻略時代では、ダンジョン外部にリアルタイムに映像を送る方法がなかったため、このカメラと録画する人間の重要性は極めて高かった。
幾ら死なないといっても、丸裸で放り出されたら得られるのはシーカーの証言のみ。
だからこそ数少ないダンジョンからの脱出ポイントで最優先されるのがカメラとその撮影した記憶装置だった。
内部の鉱物、植物、出てくるモンスターの一部、それらの採取とそれ以上に優先される映像機器。
いつしかそれは通例となって、誰もが身につけて、よりわかりやすく、より記録が出来るように習慣化し。
そして、あの日が始まった。
祝福の日が。
「しッ」
息を吐きながら、投げたクナイがモンスター二体の額を貫く。
右の猿形モンスター<ニギリサル>は膝から崩れるように倒れるが、左の猪形モンスター<ストライクボア>は止まらない。死んでも数秒単位は動く。
適当に蹴りつけて始末するか?
瞬き一度分の逡巡。切り替える。
呼気を吸って、上に跳ぶ。
壁を爪先で掴んで、上に、斜め上に身体を持ち上げる。
視線は前からゆっくりと斜め下に、画像がブレないように倍率を拡大させながら気をつける。
そうやってストライクボアを飛び越えて、一拍遅れて突撃音。
ゆっくりと振り返ればストライクボアが壁に身体をぶつけて崩れ落ちていた。
「……ぬ」
しくったなと、音声をミュートにしながら舌打ちをする。
どうにも調子がよくない。
いや順調にダンジョン踏破は進んでいる、ここに出てくるモンスター程度なら手武器一本あれば殴り倒していける。
問題なのはカメラ映りが悪いということだ。
「被写体がいないというのがどうにも……調子が上がらん」
言葉にして改めて実感する。
被写体、そう被写体だ。
誰にピントと倍率を合わせて、どうカメラを回すのか。そのイメージを掴んでこそのカメラワークだと思う。
ただただ単純に自分目線でダンジョンアタックを撮影していっても、それはただの記録映像だ。
出来得る限り出てくるモンスターの動きや位置を見やすく、自分が映らないように処理しているが、はたしてこれで自分の腕が伝わるかどうか。
「まずいな」
言葉にして確認する。
ああ、まずい。
カメラマンとしての腕よりも、シーカーとしての力量で弱いと判断されてしまうのではないか?
いやそれは妥当な話だ。
己はシーカーとしては弱い。間違いなく前のチームでは戦闘力が求められる立場ではなかった故に最弱でも問題はなかったが、もしカメラマン就職が出来なかった場合はシーカーになるはめになる。それはまずい。
なんせ。
己はカメラ映えしないキャラ薄い男だ。
だから、間違いなく
アバターガチャにしくじった負け組ぃぃいいいいいいいいい!!
「うん?」
所詮自分はタッパだけしか取り得がないハズレだと再認識していた時だった。
どこからか人の声が聞こえた気がした。
「気の所為か……いや」
手袋の片手を外して、指を舐めて、軽く振るう。
三度軽く風を切ると、少しだけ冷たいような感覚を覚える。
この周囲で属性が変化しつつある。
自分は
そして自分はここまでゴリ押しの腕力と体術、武器のみでモンスター共を始末しているため属性に変化が生じる余地はない。
このダンジョン内で属性操作を行うようなのは
ホルダーから集音マイクを取り出し、肩のホルダーに設置。探索用に購入したシーカー・タブレットにコードを接続し、インストしておいた音声解析アプリを立ち上げる。
カメラはそこそこ自腹で良い性能のものを買ったが、こっちのタブレットは仕事で使っていたものよりもやや型落ち品だ。
それでもまだ許容範囲な処理速度で解析、集音マイクが拾った音の量をグラフで表示していてくれる。
同時に耳に手を当てて、音を拾えるように備える。
こういうのは物理的な音以外にも、
「12時、3時、6……7時方角か」
音の出どころを確認し、手早く機材をホルダーに仕舞い、駆け出した。
おそらく誰かが戦っている。
それを助けるにしても、放置するにしてもどのような状況か確認が必要だからだ。
――エリファなら率先して駆けつけて、救助支援と……少しだけ撮れ高を目指しただろうな。
そんな感傷が少しだけ脳裏に過ぎった。
駆けつけたことを後悔した。
「あびゃぎゃあああああああああああああ!!」
そこはなんというか言葉にするのもむごたらしい惨状だった。
おそらく。おそらく……
奇声を上げて。
濁ったような声を上げて。
「おびょおおおおおおおお!!」
声は可愛いとか綺麗とかそういうレベルじゃない。
なんで配信者だと判断したのかというと、手にはハンディカメラを持っていたからだ。
いや血まみれだし、凹んでるし、というか明らかにカメラ部分が割れてるんだがな。いや殴ったのか、カメラで殴ったのか??
馬鹿なのか?
顔はいい。淡紅色の淡い髪色はツインテールに、見るからに整ってる(?)顔だ。変顔してるが。
あと両手ぶんぶんさせているところで目立つのがでかい乳である。
胸がでかい。めっちゃ揺れてる、というか気持ち悪い動きをしてる。
「しびだぐなああああああい!!」
声もでかい。
完全に囲まれてタコ殴りにされてパニクっている。
『うぎぃいい!』 『うぎぃい!』 『うっぎー!』 『うっざい!』 『うぎぃい!』
十数匹はいるだろうニギリ猿共に囲まれて、ボコボコにされていた。
「たすけてー! たすけてー! はあくきてーカカッときてー!!」
そんな叫び声を上げる、ヨモギ色のヒラヒラしたドレスっぽい衣装をした奴が叫んでいた。叫びながらめちゃくちゃ逃げ回っていた。
――見なかったことにしていいんじゃないか?
一瞬。いやほんとうに一瞬そう思ってしまった。
――いや別段死ぬわけじゃないし、マヌケな配信者志望が乙るなんてよくあることだ。
多少痛い目を見るだろうが、ダンジョン内で死ぬことはない。
ただその時に死亡した数分後の状態で外に放り出されるため、装備や持っていた道具、そしてなにより服の類が使い物にならなくなるから、死に戻りは女性にとっては出来るだけ避けたい事態だろう。
「おびゃああああ!!!」
いやでもあんな元気なら別に死んでも大丈夫そうじゃないか?
悲鳴を上げながらも猿の一匹にヤクザキックを叩き込み、カメラまで投げつけ出した逞しいところを見てそう思う。
これも強いシーカーになる試練だと思って強く生きて欲しい。
そう考えて背を向けようとした時だった。
「本気出したらああああああああ! ≪カイロス・タイム≫!」
なにっ!?
少女が手を叩く。
甲高い音と共に少女が光に包まれて、ニギリ猿たちが硬直した。
次の刹那だった。
少女のいた場所から放たれた閃光が寸断した。
文字通りの寸断。
猿たちの身体がズルリとズレて、バラバラにずれて消滅する。
「しゃあ! アタリきたあ!」
そこにいたのはつい先程までの少女ではなかった。
髪型がツインテールから、ポニーテールに。
そして、両腕が白銀色の手甲に覆われた騎士風のドレスを纏っていた。
そんな彼女の背後から、一つの影が立ち上がる。
とっさに地面に伏せて、死んだふりをしていたニギリサルの生き残り。
それが後ろから、彼女めがけて棍棒を振り抜こうと。
「させるか!」
『GUGI?!』
飛び込んだ己の蹴りが、ニギリサルの首をへし折った。
「はい」
「横槍失礼」
ようやく振り向いた少女に軽く一礼をする。
バックアタックに気づいていたなら余計なでしゃばりだったが、どうやら無駄ではなかったらしい。
目を丸くしている少女の様子を見て、思ったよりも背丈が低い事に気づいた。
「に、NINJA?」
「ニンジャではない」
「いやどうみてもニンジャでは? アイエ!」
失礼な、忍術など使えないし、そのスキルも取得したことはない。
手印は組めるが、あくまでも瞑想やルーティーンにしか使えない代物だ。
「ライバーとお見受けするが、間違いないか?」
「あ、はい。殺さないでください!」
「何もしない」
何故怯えているのだろうか。
いや立ち回りからしてソロ、あまり場馴れしてない新人なのか?
「一つ答えてもらいたい」
単刀直入に、少女……目の前のあり得ない存在に訪ねた。
「何故お主――
世界一有名なレガリア。
世界最初のレガリア。
「それは彼女だけが神から与えられた<
英雄と呼ばれた世界最初の
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