時代の始まり、再スタートの始まり






「私は女神です。人の子よ、その成熟した魂を持って我々を信仰しなさい」


 時は20世紀。

 突然として人類の全てに響いた声はそう宣言した。

 赤子から、老人に至るまで全ての人類が聞いた。

 あらゆる人種の区別もなく聞こえた宣言と共に突如とした現れたのが奇妙な鍵門柱オベリスクだった。

 世界遺産の神殿から、ピラミッドの頂上、時には首都のど真ん中から、南極の中央にまで数千にも及ぶ柱。

 そして、それに興味本位で触れた人間が消失。

 人間を消し去るものだと騒がれるも、突如として帰還。衣服や装備を失うも無傷で帰還し……その一部の人間が見たこともない道具や鉱物、武器を持ち帰ったことから事態は急変した。


「そこにあったのは地球上ではない未知の空間、いや迷宮。そうだ……まるでゲームで体感したダンジョンのようだった」


 怪物が出る、それに遭遇し、それに殺されたものや生還したものが揃えて共通した言葉だった。

 宇宙でも、地底でも、海底でもない新しいフロンティアとの遭遇。

 各国の政府が軍人や研究者を動員して判明したことは大まかに5つ。



 ・ダンジョンの中に入れるのはオベリスクに触れた生物のみである。


 ・オベリスクに3つの単語を問われ、それを答えると適合したダンジョンに飛ばされる。


 ・ダンジョン内に入った場合、自分の肉体じゃない違う姿の化身アバターに変換される。そしてそれは怪物を倒すことによって成長できる。


 ・ダンジョンから持ち帰れるのは非生物のみ。


 ・ダンジョンで死ぬことはない、死んでも生き返ってダンジョン外に放り出される。



 生と死を超越し、通常の物理法則を凌駕した出来事に多くの科学者が憤激と興奮を覚え、女神を名乗る声に多くの宗教が激怒し声明を立ち上げた。

 多くの血や混乱が起こり、国と人心が乱れた。

 ダンジョンから手に入る道具や物質に、それを奪おうとした大国が侵略戦争をおこしかけたことがある。


 だがそれを起こした国からオベリスクは消失した。


 まるで天の意思のように、否、女神を名乗る何者かの意思があるのは明確だった。

 世界はその常識を凌駕した超越した意思に屈した。いや、それ以上に得られる利益に目が眩んだというべきだろうか。

 最初は軍人と研究者を、次は選別された探検隊を、その次は有志の民間人を、次々とハードルを下げて探索者を増やした。


 いつの間にかダンジョン探索は日常になった。


 ダンジョン探索の専任する職業人をシーカーと呼び、さらにそこから持ち込んだダンジョン探索の様子を投稿するものを配信者(ライバー)と呼ぶようになった。


 ダンジョンライバーと呼ばれるシーカーは次々と数を増やした。


 彼らが女神に選ばれた<寵愛>を授かったために。

 

 神々を喜ばせる。


 その愉快な偶像アイドルとして人はダンジョンに潜り続ける。


 レガリア特権のために。










 まあそんなことは己とは関係がないのだが。


 化身アバターに変換されながら通り抜けた迷宮の先、その独特の空気を吸う。

 相変わらずの冷たく、乾いた空気だ。


「しかし、仕事とは関係のないダンジョンアタックも久しぶりだな」


 地元近くのオベリスクから突入したダンジョン【起伏する・単純な・栄光】

 中級者向けの起伏にとんだ迷宮である。

 目の前に広がるのは狭っ苦しい通路を、その左右に広がる石壁。


 ちょうど谷底に落ちたような景観といえば伝わりやすいだろうか。


 なだらかではない坂と左右に精々6~7メートルぐらいしか広がれない幅狭さ、複数のに分かれる通路と曲がる所を間違えれば容易く迷い、時間ばかりがかかる。

 このダンジョンはその道中に出てくるタフさをメインとしたクリーチャーとギミックとして落ちてくる岩壁などの対処に、戦闘向けのPTが推奨されている。

 間違ってもソロで挑むところではない。

 が。


「鍛え直しにはちょうどいい」


 アバターに変換され、やや細くなった手首にシーカーグローブのベルトを嵌め直す。

 己の場合、アバターと迷宮外リアルの自分の背丈に体躯にほぼ変化のないタイプだが、数センチからミリ単位のサイズ誤差が生じている。

 黒い髪も灰色がかったものになり、黒目が赤い目つきになるぐらいで面白みのない変化だ。

 どうせならムキムキマッチョなヘラクレスみたいなボディになれたら、日々の筋トレにもモチベーションが湧くのだが幾らプロテインと筋トレをしても引き締まるばかりでろくに太くなれないこの体が憎い。

 背ばかりが伸びる遺伝子が悪いのか、遺伝子が、おのれ風間の血め!


「靴のチェックヨシ。服のチェックヨシ。ザックの位置ヨシ」


 武器のホルダーを確認し、両手を数度握りしめて、握力を確認。


「あ。あ。あ、あ、た、たたた、らららら。ぱぱぱぱ、かかかか。声ヨシ」


 セルフチェック完了。

 最後にポケットにいれておいたマスクを被る。

 のっぺりとした髪を抑えるキャップに、その上から顔を覆うやや褐色の黒い覆面だ。これに反射防止加工を備えたゴーグルをつける。

 自分のようなアバターとリアルにそれほど差異がないシーカーのための顔隠しだ。


 配信者ライバーでもないやつには不要な気もするが、そのカメラにうっかり写って気分を害するわけにはいかない。というのがマナーだと叩き込まれた。


「さて、と」


 最後にザップから取り出したのがビデオカメラ。

 かつて支給品として与えられていたものよりも数段性能が落ちるが、立派なシーカー仕様のカメラである。

 これをザックのホルダーにはめ込み、そこから伸ばしたケーブルを自分のゴーグルに接続。

 これで自分の視界とカメラが同調し、撮影と録画が可能になる。


 今どきのは無線式や、ドローンとして自動的についてくるタイプが流行りらしいが、これはこれで使えるのだ。

 少なくとも自分がいたチームではそれほど不評はされなかった。


「いくか、売り込み!」


 録画ボタンを押し込んで、己は音も立てないように走り出した。

 これより撮影するのはダンジョンアタックではない。

 その内部の撮影。



 自分はシーカーだが、配信者ではない。



 撮影者カメラマンである。











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