14号車『マシ・ケ』

 現在地・増毛町


「お客様、終点ですよ」


 私は、その声で目を覚ます。辺りを見回すと列車の中には誰もおらず、眠っている間に終点に着いた事を把握する。目の前には運転士と思われる男性。眠った私を起こしに来たようだった。私はぺこりと頭を下げると、荷物を持って恥ずかしそうにホームへと移動した。


 増毛駅ましけえき


 かつて存在した北海道旅客鉄道留萌るもい本線の終着駅だ。利用者の減少により廃止されたのだが、日本観光鉄道が留萌本線を引き継ぐ際に道鉄両用区間の終着駅として復活させた。この増毛駅は廃止駅の少し南に建てられ、留萌方面と石狩月形方面はスイッチバックで接続している。

 駅構造は、地上部分がバスの停留所で、2階部分が鉄道用の1面2線のホームとなっている。バスの停留所では、やって来たバスは前向きに入場して乗客を降ろし、バックで左後ろの乗車スペースに移動して乗客を乗せる。そして、入って来た道を再び出ていく構造となっている。これは、移転に伴い用地が確保できなかった為に、省スペースを図った結果である。

 現在は留萌本線、石狩線ともに、海産物や郵便物などの輸送にも利用されているらしい。


 増毛駅の駅舎はニシン漁などで栄えた頃をイメージした趣きある駅舎となっている。私はその駅の切符販売の窓口に行ってみるものの、さすがに夜の7時とあっては営業を終了していた。

 仕方なく駅前の案内板で宿を探していると、地元の人だろうか、買い物帰りと思われるおじさんに声をかけられた。


「おや、旅の人かい?宿がないっていうんならうちに泊まっていくかい?」


 いきなりの言葉に私は驚く。臆せずおじさんと話をしてみると、どうやら地元で食堂を営んでいる方のようだ。今日は備品の急な買い出しの為に外に出ていたらしく、たまたま通りがかったところで、困った様子の私を見かけて声をかけてきたそうだ。


「泊めていただいてよろしいのですか?」


 都会育ち故なのだろうか、懐疑的に私は聞いてしまう。ところがおじさんは、


「はははっ!こちとら、困ってる人を見て放っておけない性分なんでね。ここで会ったのも何かの縁だ、遠慮しないでくれ。なに、朝の営業を手伝ってくれるなら礼は要らんよ」


 と豪快に笑い飛ばした。あっけにとられた私だったが、折角のご好意に甘える事にした。

 おじさんの家まではトラックでの移動となるのだが、その道中、おじさんは色々と私に話をしてくれた。話を聞く限り、本当にこのおじさんは増毛が好きなんだと思った。


「おうっ!今帰ったぞ」


 おじさんは家に着くなり、入口を開けてそう声をかける。夕食の時間帯とあって、店内には数名のお客さんがいたのだが、いつもの事らしいのか冷静に『おかえりっ!』と声が返ってきた。カウンターにいる奥さんと思われる女性も、こちらに気づいて反応する。


「あんた、お帰り。って、後の女性ひとは誰だい?」


 ……まぁ当然そうなりますよね。私は必死に事情を説明すると、納得してくれたようで一晩ご厄介になる事になった。私はおじさんと店を交代した奥さんに案内され、お風呂に入る。その後は店のお客さんにまぎれ、夕食を頂いた。その間、私の事情から始まり、気がつけば増毛の事で話は盛り上がる。留萌本線の部分廃線で一時消沈した町だったが、日本観光鉄道の路線再設定の話がきっかけで、それまでもこつこつと続けてきた町興しに一気に熱が入ったらしい。


「路線復活を機に、うちで作り始めた弁当がこれさ」


 話の途中、おじさんが一つのサンプルを持ってきた。それは駅弁らしく、カモメの形をした入れ物に食材が詰まっている。商品名は『カモメのゆりかご』。地名の由来となったアイヌ語を元に、地元増毛で取れる食材をメインに彩られた小箱弁当だ。


「明日の朝は、これの仕込みと朝の営業の手伝いを頼む。なぁに、愛想良くしていれば問題はないさ」


 お世話になっているのに断る理由もない。それになかなかできない貴重な体験なので、私は快く引き受けた。翌朝は午前3時起きだが、このワクワク感の前には大した問題ではなかった。


 翌朝3時、私は洗面も着替えも済ませ、気合十分準備万端だった。おじさんに連れられて厨房へと移動する。まずは奥さんが仕込んだ具材を見本通りに詰め込む作業だ。帽子にマスク、そして手袋をつけた私が調理台に立つと、厨房の中にはいい匂いが漂っていて、ついおなかを鳴らしてしまった。

 しかし、今は我慢だ。私はおかずを丁寧に一品一品箱に詰めていく。こうやって作ったお弁当を誰かが買って食べてくれるのだと思うと、緊張する一方でなんだか楽しい。


「この弁当は一日25食限定と少ないんだが、それでもうちの味を選んでくれる人がいると思うとな、この仕事はやめられんよ」


 おじさんはそう言いながら、私が詰め終えたお弁当を一つ一つ丁寧にチェックしながら包装していく。そして、一時間くらいですべての支度を終え、いよいよ出荷だ。


「それじゃ、俺は今からこれを駅に納入してくるから、家内と一緒に食堂を頼む」


 私は元気よく返事をして、店先を掃いたりテーブルを拭いたりと開店の準備を済ませる。そして、軽くおにぎりと仕込みの余りを頂いて、朝5時の開店にそなえる。

 お店は町の人の生活に合わせて、朝の営業を5時から9時で行っている。この時点からちらほらと人が来始め、5時半におじさんが納入から戻ると本番。6時ともなれば満員御礼という状況で、今日の予定や漁の成果などの会話が行われ、食堂の中は活気にあふれていた。


 ドタバタと忙しい時間も過ぎ、ようやく9時なり朝の営業を終える。慣れない仕事と忙しさでへとへとになった私は、テーブルに突っ伏す。この仕事を毎日しているのかと思うと、おじさんたちはすごいと思った。


「おう、お疲れさん。この後、旅の続きに出るんだろ?これを持って行きなさい」


 疲れきっていてあまり動きたくない私だったが、さすがに失礼なので顔を上げておじさんの方を見ると、おじさんは私に何やら包みを渡してきた。中身を聞くが、『大した物じゃない』とそっけない返事が返ってきた。しかしだ、あれだけいろいろ動いていたはずなのに、一体いつ用意したのだろうか。私は不思議に思いつつも、お礼を言って受け取った。

 私は荷物を整理して、出発の準備をする。私はこの後、おじさんの運転するトラックで増毛駅まで送ってもらうのだった。

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