13号車『BRT』

 現在地・千歳市


 私ひとり、飛行機の飛び去った後の新千歳空港の滑走路を眺めていた。彼女と別れて、旅は再び一人。にぎやかだった四日間だっただけに、なんとも言えない寂しさがある。しかし、いつまでも湿っぽくもしていられない。私は、スマホでこの後の予定を確認する。

 すると、気になる言葉がメモしてあった。


『部長・増毛』


『ぞうもう』? いや、これは『ましけ』だ。部長が最近、生え際が気になるから願掛けを頼むと頼まれたのを思い出したのだ。次の目的地も決まった事で、私は一路増毛を目指す事にした。増毛へ向かうとなると、どう最短で見繕っても今からなら夜の8時くらいにはなりそうだった。

 ちょっと気持ちも明るくなったところで、私は快速エアポートに乗って、新千歳空港を後にした。


 札幌に着いた私は、そこから北海道医療大学行の学園都市線に乗り換える。かつては札沼さっしょう線と呼ばれていた路線だが、札幌駅~石狩沼田駅を結んだ元々の路線のうち、新十津川駅~石狩沼田駅は国鉄時代に、北海道医療大学駅~新十津川駅も北海道旅客鉄道の路線としては廃止されていた。そして、後者の区間に関しては日本観光鉄道が引き継ぎ、さらには新十津川駅を移転した後に滝川駅との間を新設して運営している。しかも、路線改良も行われた事により、旭川方面からの利用客もそこそこ増えているようだった。

 時間としては夕方よりも前とあって、通勤通学の時間から外れており、混雑はそれほどではなかった。しかし、それでも学生の姿がちらほら見受けられていた。 列車は札幌駅の隣の桑園そうえん駅を出ると、函館本線から分かれて右方向へと進んでいく。高高架で高速道路を跨いだ線路は、しばらくは住宅街を進んでいく。そして、札幌駅を出て約50分後、終点の北海道医療大学駅に着いた私は、そこで異様な光景を目の当たりにする。


 それは何かというと、駅の構内でありながらバスが止まっているというものだった。実はここから先の区間、滝川駅まではバスと列車の共用区間となっているのだ。北海道旅客鉄道から引き継いだ路線である札沼線と留萌るもい本線、そして日高本線の三路線と、この先石狩月形駅から増毛方面へとつながる新線である石狩線は、そのすべてにおいて列車とバスが走る専用軌道となっている。その発想の原点となったのは気仙沼線などに見られるBRTバスラピッドトランジットであり、ここでは道路に線路を埋め込むという形になっている。DMVデュアルモードヴィーグルという形も検討した事もあったのだが、乗客数に応じて使い分ける今の形に落ち着いたのだ。

 現在の札沼線では、朝夕のラッシュ時間帯には気動車が走り、それ以外の時間ではおおよそ一時間に一本のバスが走っている。しかし、話に聞いていたとは言えども、鉄道駅構内でバスを見るという事に違和感はぬぐえなかった。

 私はバスに乗って、分岐駅となる石狩月形駅へと向かう。鉄道路線でありながらバスに乗るというなんとも不思議な経験をしつつ、辺りの田園風景を眺めていた。一度の行き違いを行い、石狩月形駅に到着した。ここで私は気づく。このバスはよく見ると滝川駅行き、増毛方面には行かないのだった。慌ててバスを降りた私は、ホームで次を待つ。増毛方面は時間帯によっては2時間半は待つ事になるので、このまま気づかなかったらどうなっていた事だろうか……。


 さて、ここから乗車する石狩線は、石狩月形駅~増毛駅の間を結ぶ新設の路線だ。ここの地形はかなり複雑で山も多い。当然ながらルート選定にも時間はかかり、工事もかなりトンネルが多い為に難航した。既存の札沼線につなげる経路になった事で多少の遠回りとはなるものの、増毛から札幌方面への直通路線ができた事はとても大きい出来事だった。


 石狩月形駅で待つこと25分、二両編成の気動車が入線してきた。ところがよく見てみると、前寄りの一両は『普通・増毛行』と書かれていたのだが、後寄りの一両には『普通・滝川行』と書かれていた。ちょうど通勤通学時間にあたる列車なのだが、ここからは乗客が減る為にこのような連結が行われているようだった。やはり、地方においては利用者の減少は避けられない状況なのだろう。

 私は増毛行の前の車両に乗り込もうとするが、一旦止められる。検札ではなく、車両の分割作業の為だ。ほどなくして分割が終わり、私は車両に乗り込んだ。

 しかし、列車はまだ発車しない。信号が停止から変わらないのだ。しばらく待つと北海道医療大学行のバスが入線してきた。バスがホームに停車するのを確認すると、信号が変わって増毛行の列車は静かに出発するのだった。


 石狩月形駅を出発した列車は、大きく左にカーブを描く。しばらくは山間の開けたところを進んでいたのだが、気がつくとトンネルばかりが続くようになっていた。元々この辺りは山の多い地形である為に仕方ないのだが、この景色は連日忙しく移動していた私を眠らせるには十分だった。ウトウトとするする意識の中、トンネルの切れ間から見える白い景色は、夕暮れの後だというのに眩しく映っている。そして、その景色はやがて海へと変わるのだが、私はまどろみの中に誘いこまれ、全く気付く事はなかったのだった。

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