12号車『song for you』
現在地・室蘭市
夕陽の美しさに時を忘れる。前日、函館市でも夕陽を見たのだが、今、目の前に広がる景色は海、空、そして太陽のみ。実にシンプルな風景だった。
しばらくして太陽は水平線へと沈み、辺りは次第に暗くなり始める。それに伴い、空気が冷え込み始め、寒くなってきた。名残惜しいのではあるが、やむなく私たちは移動を始める。このレンタカーは一日借りているので、しばらくはドライブとなる。せっかくの北海道なのだ。最後も温泉にしようと宿泊地を登別と決めた。
途中、
登別に着いた私たちは、宿にチェックインする。部屋に荷物を置いた後は、温泉に入ってからご飯を食べた。食事が終わると、彼女は曲を仕上げると言って、そのまま部屋でパソコンを触り始めた。その表情が暗いままだった事に、私はどうもすっきりできなかった。なので、翌日の昼、飛行機の時間に間に合うようにしながら、少しでも彼女の為になるようにとこの後のプランを立てる事にした。結局、色々考えていたら日付が変わってしまい、私はあわてて眠りに就くのだった。
翌朝。少し曇ってはいるが、問題なさそうな天気だ。起きてきた彼女に曲の進捗を尋ねると、もう少しでできると答え、帰国までには何とかなりそうだった。
私は助手席に彼女を乗せ、北にある
朝の支笏湖。辺りの空気は澄み、目の前にはきれいな湖が広がっている。
「こういう景色も、もう見納めですね」
彼女はさみしそうにつぶやく。それもそのはず。数時間後には、彼女は飛行機に乗って祖国に帰るのだから。
私たちは言葉も交わさず、ただただ静かに湖を眺めていた。
陽も高くなり、時間が迫ってきた。私たちはまずは札幌へと急ぐ。レンタカーの返却の為、営業所に寄るためだ。結局、時間を少々オーバーしてしまったのだが、そこは大目に見てもらう事ができた。支払いを済ませた私たちは、札幌市営地下鉄で新さっぽろ駅まで移動する。そこから千歳線に乗り換え、快速エアポートで新千歳空港へと移動する。
「なんとか12時までには着きそうね。もう少しゆっくり観光したかったでしょうに、振り回してごめんなさい」
私がそう言うと、彼女は首を左右に振って答える。
「いいえ。短かったですが、あちこち連れて行って頂いてとても感謝しています。こんなにアイディアが集まったのはあなたのおかげです」
たった四日間。私たちが一緒にいた時間は短いが、なんだか長年の友人のような感覚になっていた。もう少しでお別れかと思うと、なんだか泣きそうになる。しかし、ほどなく列車は新千歳空港駅に到着する。
駅に着いたものの、まだ少し時間があるようなので、私たちは軽く食事をする。その時、連絡を取り合う為にお互いのメールアドレスを交換したのだった。
食事を終える。すると彼女は立ち上がり、お世話になったお礼にできたての曲を披露すると言って、パソコンから音楽を流し始めた。そして、周りの人にも向けてこう語りかけた。
「
その声に、人々はざわつくが、彼女は静かに歌い始めた。
初めのうちは怒号なども聞かれたものの、歌い進めるにつれてどんどんと静かになっていく。英語で語りかけて歌い始めたものの、歌詞は見事なまでの日本語。後で聞いた話だが、彼女は英語と日本語の両方で歌詞を書いたらしい。
彼女の歌声は初めて聞いた時にも思ったのだが、とてもきれいで透明感がある。それに、今回のこの歌は北海道で生み出された歌詞と音楽だ。聞いている人の中には泣き出す人がいるほどに、彼女の歌は人々に感動を与えていた。およそ5分後、彼女が歌い終わるとしばらく静まり返っていた。そして、誰からともなく拍手が沸き起こり、それは鳴りやむ事がなかった。
「ピンポンパンポン。14:15発、サンフランシスコ行にご搭乗のお客様、只今より搭乗手続きを開始致します」
拍手の嵐を切り裂くかのように、搭乗案内のアナウンスが流れる。彼女は名残惜しそうに私を見る。そして、一緒に出国審査の窓口へと向かう。出国審査はかなりシステム化されているので簡単に終わり、私たちは柵をはさんで会話をする。
「さっきの曲が投稿されるのを楽しみにしているわ。また会いたいから、挨拶は『さよなら』じゃなくて『またね』」
「ええ、私もです。またお会いしましょう!」
私たちは柵越しに抱き合った。また会える日を約束して……。
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